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「戦争伝える『遺品』 どう引き継ぐ」(時論公論)

清永 聡  解説委員

今年も「終戦の日」を迎えました。先の大戦で戦闘や空襲などによって犠牲となった方々は、310万人にのぼります。
終戦から73年。戦後生まれの人が今は1億400万人を超え、戦争の記憶がある人は年々少なくなっています。
高齢化の中で、当時の記録や資料など、戦争を伝える「遺品」を引き継いでいくことの難しさと、求められる取り組みを考えます。

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【戦争や平和を考える資料館の役割】

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全国には、戦争の歴史と平和の大切さを考える展示施設が数多くあります。政治経済研究所の山辺昌彦主任研究員が3年前に行った調査では、展示が実施された施設は、全国260か所に上るということです。
ただ、このほかにも小規模なものを含めると、施設は全国数百か所にあるとみられます。
この中には、民間の資料館も数多くあります。特に1980年代後半から戦後50年を前にした90年代前半頃にかけて、各地の遺族会や戦争体験を伝え、平和について考える市民グループが携わったものなどが多いということです。戦争証言や記録を集め、戦跡を整備し、遺品の寄贈を受け入れ、あるいは収集する一方、子供たちなどに当時の体験を語ってきました。こうした地道な取り組みが、各地で大きな役割を果たしてきました。

【苦境に立つ民間の戦争資料館】
しかし、それから場所によっては、30年近くが経過しています。私は今回、高齢化に直面する各地の民間の資料館などを訪ねて、話を聞いてきました。
長崎県佐世保市では、閉校した小学校の一室に、佐世保空襲の歴史を伝える「資料室」があります。空襲の遺族会が運営しています。戦時中の写真や、空襲で逃げ惑う中、実際に身に着けていた防空頭巾など、遺族の方々がそれぞれ持ち寄った資料などが展示されています。

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市からの補助は月1万円だそうです。連日の猛暑ですが、資料室にはクーラーがありません。展示品もそのまま置いているため、ここ数年、錆が出たり、衣類に穴が開いたりして、痛みが目立つようになっています。遺族会も亡くなった方が多く、現在は200人あまりに減っています。予算がなく、資料を入れるガラスケースを購入することもできないそうです。
すぐ隣の倉庫にも、資料が置かれたままでした。遺族会は市に資料館の設置を要望していますが、実現していません。遺族会は「このまま自分たちで保管し続けるのは限界がある」と話していました。

一方、岡山市では、去年、民間の資料館が閉館しました。日笠俊男さんは、「岡山空襲資料センター」を作って資料を自宅の一部で展示してきました。家には今も空襲の絵や記録などが残されています。
書斎には今も大量の資料が箱に収められたままです。一部は行政に寄贈されましたが、大半は行先が決まっていないといいます。元代表の日笠さんは「掘り起こされた資料があるから、正しい歴史を残すことができる。資料が引き継がれず空白になれば、歴史に虚構が生まれてしまう」と危機感を抱いています。

【流出しネットで取引される遺品も】
こうした資料も、引き継ぐ人がいなければ、流出し、散逸してしまいます。インターネットのオークションサイトでは、寄せ書きが書かれた日の丸や、戦地での無事を祈った千人針が、売買されています。保管していた遺族が亡くなり、地元で引き継がれることなく、流出したケースもあるとみられます。かつてはアメリカ兵が持ち帰り、海外で売買されることが多かったということですが、現在は国内で出品されたものも少なくないということです。
戦時中に寄せ書きが書かれた日の丸や千人針が売買されることについて、厚生労働省はホームページで「戦没者のご遺族にとっては耐え難いことだ」とする呼びかけを行っています。

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ただ、売買を禁止することはできません。このため、現在は遺族へ配慮を求めることなどにとどまっています。

【行政と民間の協力】
遺族が高齢化する中、これから資料や記録はどのように引き継がれるべきなのでしょうか。
本来は、行政の力を借りることなく、市民自らの手で取り組みが継続されることが理想です。ただ、高齢化で活動が難しくなった場合、自治体が記録や資料を引き継ぐことが望ましい手段だと思います。実際に全国には、自治体と住民が協力し合って取り組みを続けているところもあります。

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岐阜市では、市民グループが自治体に資料館の設置を要望し、それまで収集してきた資料を市に寄贈しました。市が資料館を作り、市民グループはここで、ボランティアとして子供たちへ空襲の経験を語る活動などを続けています。
新潟県長岡市では、自治体が作った資料館の運営に市民も参加しています。遺品の収集や、特別展の企画などに積極的に関与しています。
自宅に保存している遺品をどこかに寄贈したいという遺族も少なくないと思います。ただ、行政の中には、資料館がないことや、個別の資料が文化財ではないことなどを理由に、受け入れていないところもあるといいます。
しかし専門家は、「まずは自治体ができるだけ資料と記録を収集し、保存と管理を行うことが必要だ」と指摘します。専門の資料館をすぐに作ることはできなくても、地域の博物館や郷土資料館、そして地域のアーカイブなどが積極的に受け入れ、一部のスペースを使って展示する。それも難しければ、地元の空襲被害があった日などに合わせて特別展を開くなどの取り組みを検討することも可能ではないでしょうか。

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何より、遺族が高齢化し、亡くなる人も増える中で、今保存しなければ、捨てられたり、散逸したりして、2度と取り戻すことができなくなります。

【若い世代へ伝える力】
もう1か所、今回の取材で資料館を訪ねました。東京・千代田区の昭和館です。ここでは今、戦時中の家財道具や衣類、おもちゃなどを集めた特別展が開かれています。

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この特別展は、こうの史代さんの漫画で、これを原作に制作され、一昨年から今もロングランが続く映画「この世界の片隅に」に出てくる生活用品などの実物を展示したものです。多い日には1日に普段の3倍の1100人が訪れ、特に若い人の姿が多くみられます。漫画や映画をきっかけに、戦時中の暮らしや人々の姿を知りたいと考え、若い人々が足を運ぶ。
それは資料が今も、戦争を知らない世代に語りかける力を持っていることを示しているのだと思います。

【今こそ収集保存し次世代へ】
今回、各地を訪れて、たくさんの記録や遺品を見て感じたのは、1つ1つが、戦争の中で、毎日を、懸命に生きてきた人々の証しだということでした。
その遺品を通じて、戦地で亡くなり、あるいは空襲で突然命を奪われた人たちに思いを馳せ、歴史を正しく継承する。
そのために、今こそ、市民も自治体も一緒になって、資料や記録をできるかぎり収集、保存し、次の世代へと伝えていく。それが現代の私たちに課せられた、責務のように、思えてなりません。

(清永 聡 解説委員)


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