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「習近平指導部『独裁』の行方と日中関係」(時論公論)

加藤 青延  解説委員

日本と中国とが平和友好条約に署名してから、きのうでちょうど40年になりました。
今後の日中関係を読み解く上で、大きな鍵となるのが中国国内の政治の動きです。実は、どうもこのところ「異変」ともとれる、きなくさい動きが目立つようになりました。
そこで、中国の政治に今何が起きているのかを分析しつつ、日中関係の今後を考えることにします。

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最初にご紹介したいのは、先頃、インターネットに投稿された動画です。
【VTR:墨汁かけ女性の映像】
「私の後ろに習近平をたたえる看板がある。私は習近平の独裁専制的な暴政に反対する! (看板に墨汁をぶっかける) さあ私を捕まえてみなさい。」
若い女性が、自らスマホで撮影しながら実行したこの映像は、SNSサイトを通じて次々に転載され中国内外に拡散しました。

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何より人々を驚かせたのは、この女性が、習近平政権を公然と批判し、「独裁専制の暴政」と言い放ったことです。さらに、次第に神格化されつつあった習主席の肖像に墨汁をかけるという大胆な行動にでたことも衝撃的でした。この事件の後、各地で真似をする人たちも現れたようで、当局は全国の習近平氏の看板を撤去するよう指示を出したと伝えられています。

この女性の背景に何があるのかはまだはっきりしません。ただ、どうしてそこまで強い不満をいだくようになったのか、それを読み解く意味からも、まず、習近平氏が、過去にどのような手を使い、権力を掌中に収めたかを振り返ってみましょう。

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5年余り前、党と国家のトップの地位に就いた習近平氏は、まず、「中華民族の偉大な復興」という言葉を政治スローガンとして打ち出しました。この言葉は、かつて皇帝が絶大な権力を握った明や清の時代のように、再び中国が世界最大の経済大国としてよみがえろうというもので、習主席が皇帝を目指す意図が隠されているとの憶測も呼びました。

習主席が就任後、ただちに始めたのが反腐敗キャンペーンでした。汚職に手を染めた党幹部を大量に摘発し、政治局常務委員や政治局員をつとめた最高幹部まで容赦なく断罪しました。ただ、それが結果として、当時最大勢力だった「江沢民派」による支配体制を瓦解させたことから、政敵を排除する道具にもなったという受け止めも見られました。
さらに、習近平国家主席は、古くからの友達や知人、それに地方で忠誠を尽くして仕えた部下たちを次々と抜擢し、自分の取り巻きにしました。党の重要なポストの多くを、最も信頼できる腹心たちで固めたのです。
こうして自らの勢力を拡大する一方で、強く進めてきたのが、マスメディアに対する言論統制と、党や政府に批判的な言動をしてきた人たちの摘発でした。

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おととし春には、習主席自らが主要メディアを視察し、マスコミに対して、党の意見を代弁するよう求めました。また、習近平指導部は、都合の悪い情報を徹底して排除する一方、習近平主席だけを別格の指導者として、特別扱いで報道するように求めてきました。さらに、国民に密告を奨励し、党に批判的な人たちを次々と摘発してきました。

しかし中国経済が順調に発展し、人々の暮らし向きがよくなる流れの中では、さほど大きな抵抗も見られず、習近平氏は着実にその地位を固めてきたといえます。具体的に見てみますと、、、

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習近平氏はまず、おととし、党の最高指導部の中で一人だけ別格の指導者であることを意味する「核心」と呼ばれるようになりました。そして去年秋には、中国共産党の党規約に自らの名前を冠した「習近平思想」を書き込み、毛沢東、鄧小平と並ぶ図抜けた地位にあることを示しました。さらに今年春の全人代では、憲法を改正し、憲法の中にも「習近平思想」や習近平氏の政治スローガンを書き込む共に、2期10年までと規定されていた国家主席の任期を撤廃したのです。

習近平氏はいよいよ毛沢東のように生涯最高指導者の地位に居座ろうとしているのではないかという憶測も出始めました。実際、中国ではつい最近まで、市内の目立つところに習近平氏の肖像やスローガンを掲げる大きな看板が設置され、毛沢東時代をほうふつとさせるような政治宣伝が行われていたのです。
冒頭ご覧いただいた女性の抗議映像は、まさに、そのような習近平氏に対する極端な権力の集中と、個人崇拝を目指すかのような動きが強まる中で起きた出来事でした。
これに対して、当局側からは、習主席への権力集中を正当化しようとする巻き返しの動きもありました。

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習近平氏の側近、全人代の栗戦書(りつ・せんしょ)常務委員長は、先月16日、中国共産党全国組織工作会議で次のような支持を出しました。「定于一尊、一錘定音(ていういっそん、いっすいていおん)」これは、「習近平指導部の決定は、秦の始皇帝の決断のように変えられないものであり、鶴の一声として聞かなければならない」というものです。つまり習近平指導部への絶対服従を求めたものと言えます。

こうした巻き返しの動きには更なる反発の声もあがりました。先月末、習近平主席の母校、清華大学の許章潤教授が習主席への権力集中を批判する論文をネットに発表したのです。

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この論文の中で許教授は、「指導者の肖像を高々と掲げ、メディアが神のように持ち上げる様は、まるで昔の時代の専制国家のようだ」と批判し、習近平氏に対する個人崇拝の動きにブレーキをかけなくてはならないと主張しました。
また、憲法改正で国家主席の任期を撤廃したことに対して、「国際世論を唖然とさせ、国民を恐怖に陥らせた」として早期に任期制の復活を求めています。

許章潤教授は、かつて「傑出した10人の若手法学家」の一人に選ばれた中国法律学会のホープでとして知られていますが、今回の論文は、許教授独自の見解というよりは、むしろ、集団指導制から個人独裁へと時代を逆戻りするような政治の流れに内心危機感を抱く、中国の広範な人々の気持ちを代表したものといえそうです。
では、なぜ今この時期に、こうした習近平集権体制への批判が相次いで噴きだしたのでしょうか。ひとつには、米中の貿易摩擦が激化する中で、これまで好調だった中国経済がいかにアメリカ頼みだったかを思い知らされることになったことがあると思います。中国経済がアメリカをも追い越す勢いで発展していると誇らしく思ってきた人たちの目が、冷静な現実を見るようになったこともあります。「全ての権力」と同時に「全ての責任」も背負い込む形となった習近平指導部の経済政策に対する風当たりも増しています。

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そして、もう一つは、ちょうど今月初めから渤海湾に面した避暑地「北戴河」で、今後の政策について、江沢民氏や胡錦涛氏ら引退した長老指導者らと現役の指導者とが意見交換をする秘密会議が開かれていることとも関係がありそうです。長老たちからは、習近平氏への権力集中やこれまでの対外強硬政策に対して、批判が出ているとの観測もあります。
ただ、このようなときこそ、日中関係はむしろよい方向に向かうのではないかという見方もできると私は思います。

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中国の思惑を推し量ってみると、まず、経済面で、アメリカとの対立や摩擦が激化しているときこそ、別の重要な相手である日本やヨーロッパとの関係は重要視し、うまくつなぎとめなくてはならないと考えるでしょう。また、首脳同士の相互訪問が波にのりつつある日本を、来年、習近平国家主席が公式訪問することは、習指導部にとって、歴史的な実績作りにもなりえるのです。

いずれにしましても、日中両国双方にとって、何より大切なことは、ちょうど40年前に署名された日中平和友好条約で示された「平和と友好」の精神を、肝に銘じて守り続け、相互信頼と互恵関係を一層深められるよう努力することではないかと思います。

(加藤 青延 解説委員)

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