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「原爆の日 国際署名にかける思い」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

広島、長崎に原爆が投下されて73年となりました。この1年、核兵器禁止条約の採択と、それに貢献した国際NGO、ICAN・核兵器廃絶国際キャンペーンがノーベル平和賞を受賞した一方で、日本政府が条約には参加しない方針を示しています。
 
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解説のポイントです。
▽「ヒバクシャの期待高めたこの1年」
▽「期待に水を差す核大国と日本政府の対応」
▽「ヒバクシャの思いは国際署名に」
以上3点を中心に考えます。

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9日行われた長崎の平和祈念式典では、日本被団協・日本原水爆被害者団体協議会代表委員の田中煕巳(てるみ)さんが「平和への誓い」を読み上げました。田中さんは、「2017年7月、核兵器禁止条約が国連で採択されました。被爆者が目の黒いうちに見届けたいと願った核兵器廃絶への道筋が見えてきました。これほど嬉しいことはありません。」と述べました。被爆者の方々の率直な気持ちが込められた言葉です。
 
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被爆者にとって、去年、核兵器の廃絶という目標へのステップアップと期待を高めた2つの出来事がありました。国連の核兵器禁止条約の採択とICANのノーベル平和賞受賞です。
被爆から73年、被爆者の平均年齢は、今年82歳を越えました。生きているうちに核兵器を廃絶することを訴え続けてきた被爆者にとって、核兵器禁止条約の採択は悲願でした。条約は、核兵器の開発や保有、使用に加えて、核による威嚇も禁止し、抑止力としての核の存在も否定しています。このため、核保有国の反発は強く、非核保有国との軋轢を広げているとの指摘もあります。それでも核兵器が道義的なだけでなく、法的にも存在が否定されたことの持つ意味は、被爆者にとって核兵器廃絶への希望です。
 
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この条約への賛同を各国に呼びかける主導的な役割を担ってきたのが、ICANです。そのICANのノーベル平和賞受賞。ノルウェーのノーベル委員会は核兵器禁止条約に核保有国などが反発する中で、そうした国々に条約への参加を強く求め、「核廃絶に取り組むすべての個人や団体を讃えるものだ」としました。ノーベル委員会のこの言葉は、被爆者やICANと連携する被団協の人たちの活動を勇気づけるものとなりました。
 
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こうした被爆者の期待に冷や水を浴びせる形となっているのが、核保有国の動きです。とりわけ世界の核兵器の9割以上を占めるアメリカとロシアは、再び核戦力を増強しようとしています。世界の多くの人たちが望む核廃絶の声に耳を貸そうとせず、核軍縮に背を向けているのです。
さらに、ほかならぬ唯一の戦争被爆国である日本政府の対応も被爆者の期待をそぐ形となっています。
田中さんは、「平和への誓い」でこう続けました。「被爆者の苦しみと核兵器の非人道性を最もよく知っているはずの日本政府は同盟国アメリカの意に従って核兵器禁止条約に署名も批准もしないと、去年の原爆の日に総理自ら公言されました。極めて残念でなりません。」
 
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そうした政府の考えは、変わることはないのか。安倍総理大臣は、9日の長崎でも6日の広島でも、記念式典のあいさつの中で、去年に続いて核兵器禁止条約に一言も触れませんでした。式典のあと、今年も安倍総理と被爆者団体の代表の面会が行われました。被爆者団体側は、米朝会談が行われるなど、世界が核兵器廃絶への分岐点に来ていることを踏まえ、日本も核兵器禁止条約に署名・批准をするよう要望しました。これに対し、安倍総理は、「世界から核兵器を廃絶しなければならないというのは共通の認識であり、核兵器国と非核兵器国の双方が参画する形で日本政府として国際社会にアプローチしていきたい」と述べるにとどめました。
 
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さらに現地での記者会見で、安倍総理は、「核兵器禁止条約が目指す核廃絶というゴールはわが国も共有しているが、わが国の考え方とアプローチを異にしている」ことを理由に、条約には参加しない考えを改めて明言しました。日米同盟に日本の安全保障を依存せざるを得ないという現実を踏まえた判断です。被爆者からは、「日本が双方の橋渡しをするというが、具体的には何も進んでいない」という声も聞かれました。
 
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長崎の式典には、国連のグテーレス事務総長が初めて出席しました。「広島、長崎を繰り返さないこと、被爆者を出さないことが国連のメッセージだ」と語るグテーレス事務総長は、被爆者が世界の各地で核軍縮運動の中心となっていることを讃えるとともに、核軍縮が停滞している現状に強い危機感を表明しました。唯一の戦争被爆国として、核廃絶を世界に訴えることができる特別な存在とみられている日本が、核兵器禁止条約に距離を置く形となっていることに、被爆者だけでなく、核兵器禁止条約の採択に尽力してきた国々の理解が得られるのかという意見もあります。
 
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日本政府の態度が変わらない中でも、被爆者が目指すのは、採択された核兵器禁止条約の発効です。50か国が批准することで核兵器禁止条約は発効します。そこで被爆者が期待を寄せるのが「ヒバクシャ国際署名」です。
「ヒバクシャ国際署名」は、世界中の人が核兵器廃絶を求めることで、核兵器廃絶を実現することを目的に、国内外の被爆者が呼びかけて、おととし4月に始まりました。核兵器禁止条約が採択されたことから、条約が議論されている国連総会に署名を届けることで、条約への賛同を後押しします。2020年までに世界数億人の署名を目標に掲げています。国内では、今年中に1000万人の達成を目指していて、被団協などが参加するヒバクシャ国際署名連絡会の集計によると、これまでにおよそ873万人分の署名が集まったということです。
この中には、国内の自治体の長のうち3分の2にあたる1132人の署名が含まれています。自治体の長が署名することで住民の意識を高めたいという被爆者の思いが達成されつつあります。
今年、連絡会が重視するのが、海外での署名の呼びかけの強化です。「ヒバクシャ国際署名」は、これまでに海外でも40か国以上に広がっています。しかし、先月末の時点で、核兵器禁止条約を批准したのは、14か国にとどまっています。海外の平和団体との連携をさらに広げることを目指し、海外で核廃絶の気運を盛り上げることで、1日も早い条約発効を目指すこと。さらに海外のそうした動きこそが、日本政府への圧力につながるとの期待があります。
 
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去年1年間に被爆地ヒロシマを訪れた外国人観光客は151万人と、前の年を30%近く上回り、悲惨な原爆被害の実態を知ろうという外国人が増えています。ヒバクシャ国際署名を広げるには好材料です。こうした観光客に高校生たちが直接原爆の悲惨さを訴えかけようという取り組みも始まっています。
ただ、ヨーロッパの平和団体は、冷戦後は核廃絶運動と一線を画しているところも多いのが実状だと言います。100%足並みをそろえることは簡単なことではありません。
長崎で被爆し、去年亡くなった谷口稜曄(すみてる)さんは、原爆によって背中一面にやけどを負った自らの写真を手に核廃絶を訴え続け、「ヒバクシャ国際署名」の開始にも尽力しました。その谷口さんは、「核兵器と人類は共存できないのです。こんな苦しみは、もう私たちだけでたくさんです。」という言葉を残しています。「あなたの署名が核兵器廃絶を求める何億という世界の世論となって国際政治を動かし、命輝く青い地球を未来に残すと確信します」というヒバクシャ国際署名の呼びかけの持つ意味を改めて考える必要があります。

(西川 龍一 解説委員)

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