NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「西日本豪雨1カ月~『早めの避難』に何が必要か」(時論公論)

松本 浩司  解説委員
飯野 奈津子  解説委員

(松本)
西日本豪雨から1か月がたちました。この災害では避難の呼びかけは早めに出されていましたが多くの住民の避難には結びつかず、被害を小さくすることができませんでした。「早めの避難が大切」ということはわかっていても、実際に行動を起こす難しさが際立つかたちになりました。高齢者や福祉問題を担当する飯野解説委員と避難の問題を考えます。

180806_00mado.jpg

飯野さんはこの災害で何が一番問われたと考えますか。

(飯野)
介護が必要だったり障がいがあったりして、災害時に自力で避難が難しい人たちの問題です。今回の災害では、避難に支援を必要とする人たちが相次いで亡くなりました。そうした人たちの避難をどう支えるのか、今回の災害が突きつけた大きな課題だと思います。

(松本)
そこが最大の課題のひとつだと思います。ここから
  
180806_01_0.jpg

▼避難勧告などは適切だったのか
▼高齢者をはじめ、住民の避難はなぜ遅れたのか
▼避難行動につなげるために何が必要か、の3つのポイントを見ていきます。

【避難情報は適切だったのか】
予報と避難の呼びかけについては、これまでの取り組みが一定の成果をあげたと言えると思います。予測がきわめて難しい集中豪雨で事前に強く警戒を呼びかけたことや避難を判断する仕組みが生かされたことです。77人が亡くなった4年前の災害を教訓に避難対策に力を入れてきた広島のケースを見てみます。
 
180806_02_4.jpg

広島県と広島市は4年前の土砂災害で危険箇所が公表されていないところで大きな被害が出たことから危険箇所の公表を急いできました。また新しい危険度の判定システムを導入したうえで緊急速報メールやSNSなど新しい伝達手段を整備しました。企業や学校に個別に働きかけて危険箇所と避難所を知ってもらう地道な取組みも続けてきました。

180806_03_0.jpg

180806_03_2.jpg

180806_03_4.jpg

広島市の危険度の判定システムです。気象庁の情報をもとに、5キロ四方ごとに土砂災害の危険性が高まると地図上の色が変わります。

11人が死亡した矢野地区では7月6日の午後6時過ぎ、北部の一部で非常に危険な状態であることを示す薄紫色が表示されました。事前に定めたルールにしたがって、ただちに避難勧告を発表しました。

180806_04_2.jpg

矢野地区から消防に119番通報が入り始めたのは午後8時前。避難勧告が出た2時間ほどあとのことです。大きな被害があったほかの3地区でも勧告は通報が入り始めるよりも前に出されていました。今回は長い時間雨が降り続いたあとに災害が発生したこともあって、避難の余裕時間は2時間弱から4時間ほどあったと見られます。

180806_05_4.jpg

また広島市は小学校区ごとに細分化し地域を絞り込んで避難勧告などを出していて、現在の予測技術のもとではできるだけの対応がとれていたと考えられます。
それでも広島市では32万9000人に避難勧告や指示が出されましたが、避難所に避難したのはおよそ9500人で3パーセントにとどまり、情報を避難行動につなげることの難しさがあらためて浮き彫りになりました。

【なぜ避難が遅れたのか】
ここから2つ目のポイントです。なぜ避難が遅れたのかを考えます。
倉敷市真備町では川の堤防が決壊して広い範囲が浸水し、多くの人が逃げ遅れました。飯野さんは真備町を取材しましたが、何が理由だと考えられるのでしょうか。

(飯野)
真備町地区でも川の堤防が決壊する前に、避難勧告は出ていたのですが、住民の避難につながりませんでした。それがなぜなのか、逃げ遅れてボートやヘリで救助された人たちに話をききました。

180806_06_3.jpg

●まず、自分だけは大丈夫と考えるいわゆる正常化バイアスの問題です。避難勧告が出ていたことは知っていた。でもこれまで川が氾濫しても床上浸水くらいですんでいたので、今回も自宅の2階にいれば大丈夫と思ったという声を多く聞きました。
●介護が必要な高齢者がいる家族は、避難所の環境の悪さを指摘しています。体育館の床は固いし、和式トイレは使えない。それなら避難所に行くより自宅にいた方がいいと考えたというのです。
●真備町に避難勧告や指示が出たのは深夜の時間帯だったのですが、そのことも影響しています。情報が出る前に床についていて気がつかなかったとか、気づいても、夜中に雨の中避難するのは危険と思いとどまったという高齢者が少なくありませんでした。

(松本)
▼広島市の土砂災害の被災地でも、避難をしなかった理由として多くの人が「自分は大丈夫だと思った」と話していました。例えば広島市の多い地域では避難勧告ないし避難準備情報が年に5回前後出されていて確かに毎回、避難をするのはたいへんです。今回に限らず、ひとたび災害が起これば甚大な被害を受けるというリスクから目を背けたいという心理があると指摘されています。

▼そのうえで避難所が遠い、環境が悪い、深夜の避難勧告、さらに愛媛のダム放流で見られたように情報の伝え方がまずく危機感が伝わらない、などさまざまな問題が今回の災害でも避難のハードルをあげたということがわかってきました。

(飯野)
もうひとつ、今回の災害が突きつけたのが、自力で避難することが難しい人の問題です。真備町では、自力での避難が難しいとされていた人たちが、支援を受けられないまま相次いで亡くなりました。

180806_07_3.jpg

「避難行動要支援者名簿」。これは、多くの災害弱者が犠牲になった東日本大震災を教訓に法律で市町村に作成を義務付けたものです。介護が必要だったり障がいがあったりして、災害時に支援が必要な人の名前や連絡先などが記されています。本人の同意をもとに地域の民生委員などに提供して、避難の呼びかけなどに活用してもらうことが目的です。今回真備町で亡くなった51人のうち、8割にあたる42人が「避難行動要支援者名簿」に掲載され、このうち34人の名簿が地域の民生委員などに提供されていました。しかし民生委員たちも自分の身を守ることに精一杯で、十分避難を呼びかけられなかった人が少なくないといいます。今回の災害は、名簿を避難につなげる体制づくりの遅れを突きつけたと思います。

【どうすれば避難行動に結びつくのか】
(松本)
ここから3つめのポイント。どうすれば避難行動に結びつけることができるのかを考えます。
真備町では想定していない災害の混乱のなかで、お年寄りを避難させることはできませんでした。とても難しい問題ですが、ひとりでも多くの人を救うためには平時、普段からの取組みが鍵になると思います。何かヒントはあるでしょうか。

(飯野)
先ほどの支援が必要な人の名簿はどこの市町村でもできていて、国はその名簿を元に、避難の手段や誰が支援するかといった個別計画を作るよう求めています。しかし地域の負担が大きく、進んでいないのが現状です。その中で注目したいのが、日ごろから関わっている福祉の専門職の協力も得て計画作りを進める大分県別府市の取り組みです。

180806_08_4.jpg

最大の特徴は、災害時の個別支援計画を、支援を必要とする人が日ごろ利用している介護や障がい者サービスの利用計画と一緒に作っている点です。なじみの福祉専門職が本人や家族と話し合って必要な支援を把握し、その人の状況にあった災害時の計画を作ります。
その支援計画をもとに、地域の自治会の人たちと調整会議を開いて情報を共有し、具体的な避難方法などを考えます。本人を良く知る福祉担当者が、いざという時に動いてくれる自治会の人たちにどう対応すればよいかアドバイスします。
その上で、地域で避難訓練を行います。去年古市町で行われた訓練には、地元の住民や障害者など200人が参加。車いすを引っ張るための綱やリヤカーなども活用して、自治会の人たちが避難を支援しました。今後は支援が必要な本人の声をききながら、避難所の整備も進めていくということです。

(松本)
福祉部門の人が防災に一緒に取り組んでくれることは防災部門の人にとっては頭が下がる思いでしょう。この取組みは別府市全域で行っているのですか?

(飯野)
いいえ、まだモデル的に一部の地域で行っている段階ですが、別府市は全域に広げたいとしています。福祉専門職に計画を作ってもらうとなると、財政的な手当が必要ですし、地域を調整する人材の育成も必要で、課題もあります。ですが、今回の災害で、名簿を作るだけでは命は守れないことが明らかになったわけですから、自力での避難が難しい人を支えるこうした取り組みが全国で進むよう、財政的な支援も含めて考えることが、国の責任ではないでしょうか。

(松本)
高齢者などをどう支援するかを含め、避難を進めるためには行政だけでなくひとりひとりの意識を変えていくことが前提になります。ハザードマップで自分が住む場所にどういう危険があるのかを調べ、避難場所やルートを家族や近所で話し合っておくこと、これをあらためて確認したいと思います。そのうえで避難のハードルを下げるために何ができるのか、いくつか提案をしたいと思います。

180806_09.jpg

▼まず避難所には学校の体育館や公的な施設が多く指定されています。お年寄りなどが避難しようという気持ちになるよう、環境を整える、つまり居心地をよくする必要があります。公立小中学校の耐震化率はほぼ100パーセントになり、次は「避難所」としての機能を思い切って充実させることが急がれると思います。

▼住民が自ら地域の防災計画や防災マップをつくる取組みが少しずつ広がっています。例えば、指定避難所が遠い場合にすぐに逃げ込める自主的な避難所を決めて、みんなで逃げようという取組みです。

「よく知恵をしぼったなあ」と感じる取組みがあります。

180806_10_1.jpg

180806_10_4.jpg

7年前の台風で大きな被害を受けた和歌山県の那智勝浦町では、住民組織と地元の旅館組合が契約を交わし、避難準備・高齢者等避難開始の情報が出たら3000円程度で宿泊できるようにして高齢者が早めに避難をできる体制を整えています。住民たちが考え出して組合の協力を得たもので住民による主体的な取り組みとして参考になると思います。
専門家の中には同じような考え方で避難情報が出たらホテルなどに避難をするための費用を負担してもらえる保険を作るべきだと指摘する人もいます。

▼避難訓練への参加をより強く働きかけたり、
▼学校の防災教育をより実践的なものにして災害の危険箇所や避難場所を具体的に学び、家で家族と話し合うよう促すことも有効だと思います。

(飯野)
これまでみてきたように、行政任せにするのではなく、住民自ら考え動くことが大事ですし、自力で避難が難しい人たちも意識を変えていく必要があると思います。迷惑がかかるから避難訓練に参加しないという人も多いのですが、積極的に参加して、地域の人たちに自分のことを知ってもらい、どんな支援が必要か、避難所をどう変えてほしいか声をあげる。平時から地域とつながりをもつことが、いざという時に自分の命を守ることにつながるのだと思います。

(松本)
西日本豪雨から1ヶ月がたちましたが、被災地では3600人あまりが避難所の生活を強いられ、町の復旧は大量の土砂や災害廃棄物に阻まれています。行方不明者の捜索と被災者の支援に引き続き全力をあげてもらいたいと思います。
あわせて平成最悪になってしまった今回の豪雨災害を受けて、高齢者をはじめ避難のあり方をどう変えていくのか、行政だけでなく社会全体で向き合っていくことが求められています。

(松本 浩司 解説委員 / 飯野 奈津子 解説委員)

キーワード

関連記事