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「物価目標 長期戦へ 日銀の課題は?」(時論公論)

今井 純子  解説委員

 日銀は、目標としている2%の物価上昇について、早い時期の達成は難しいとして、「長期的な目標」へと位置づけを変えました。あわせて金融緩和による副作用を減らす措置もとりましたが、その効果は限定的で、短期戦を前提としてきた今の大規模な金融緩和を続けていけば、長期的に副作用が膨らみ続ける懸念が残ります。日銀の決定の狙いと今後の課題について考えてみたいと思います。

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【解説のポイント】
きょうのポイントは、こちら。
▼ まず、日銀が長期戦に切り替えた。その背景として、物価が上がりづらい社会構造になっていることを日銀が認めざるをなくなったという点があります
▼ そして、日銀は、長期戦に備えて副作用を減らすための修正に踏み切りましたが、その効果は限定的だという見方がでています。
▼ しかし、本来、日銀に求められるのは、2%の物価目標そのものを含めた政策の根本的な検証・見直しではないのでしょうか。
この3点です。

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【きょうの決定と背景】
(見通しの引き下げ)
 まず、きょうまで開かれた決定会合の結果です。最大のポイントは、
▼ 物価上昇の見通しについて、このように大幅に引き下げたことです。2年後の2020年度にも、2%には達しない見通しです。

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(意味合い)
日銀は、「長い間デフレが続いてきた日本で、本当にデフレから脱却して、経済の好循環につなげるためには、2%は物価が上がらないといけない。それより低いと、すぐにデフレに戻ってしまう」として、5年前に「2年」で2%の物価上昇を達成するという目標を掲げ、大規模な金融緩和に踏み切りました。それ以降、これまで6回、目標達成の時期を先送りしましたが、常に「その2年後には、2%を目指す」という姿勢をとり続けてきました。それを、今回、2年後に2%を達成するのは、無理だと、はっきりと認めたことを意味します

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(背景には、上がらない物価)
背景にあるのは、こちら。消費者物価の推移です。
景気拡大が続き、人手不足が44年ぶりの深刻な状態となるなか、日銀は、いよいよ、企業が人を集めるために賃金を本格的に上げて、そのコストを価格に上乗せざるを得なくなる。価格改定の節目となる、今年4月以降、物価は一段と上がるはずだ、とみていました。ところが、実際には、むしろ勢いが弱まり、特に、高騰しているエネルギー関連を除くと、このように、一段と勢いが弱まる結果となりました。これまで日銀は、物価の勢いが弱まるたびに、消費増税、あるいは、原油価格の下落といった、一時的な要因のせいだとしてきました。しかし、今回は、こうした説明ができない事態で、あと2年で2%を達成するのは難しいと、認めざるをえなくなった形です。

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(物価が上がらない要因の分析)
 なぜ、当初考えていたように物価は上がらないのか。今回、日銀は、その要因についても分析しました。
▼ まず、短時間でも働いて欲しいという企業が増えたことで、働きにでる女性や高齢者が増えたという点です。ある程度、人手不足が和らいだ上、低い賃金で働いている人も多いことから、全体の賃金引上げの動きを抑える要因となっていると日銀は分析しています。
▼ そして、長い間デフレが続いた結果、人々の間で「物価は上がらない」という考えが根強くある点も挙げています。値上げをすると、売れなくなる。だから、企業は、営業時間を短くしたり、ロボットやパソコン作業を自動化するソフトなどを導入したりして、コストを吸収し値上げを抑えているという見方です。
▼ さらに、ネット通販が拡大した結果、ネットで安いものを探したり、フリーマーケットのアプリを使って、より安い中古品を買ったりする人が増えているという点です。消費者としては、当たり前のことですが、スーパーなどの側からみると、それによって、値下げせざるをえない事態に追い込まれている。日銀はそう分析しています。

【副作用の削減策】
(めざす長期戦)
 ただ、それでも日銀は、2%を諦めたわけではありません。記者会見で、黒田総裁は「こうした要因は次第に解消していき、これまでの想定よりは時間がかかるが、2%に向けて物価は上がっていく。そのためにも、当分の間、今のきわめて低い金利の水準を続ける必要がある」と述べ、長期戦で2%をめざす考えを示しました。

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(たまる副作用)
そうなると、問題になるのは、副作用です。これまで、日銀は、短期決戦をめざして、国債の買い増し、ETFと呼ばれる、株式を組み込んだ上場投資信託の購入、マイナス金利の導入、長期金利の0%誘導と、次々に、過去に例のない大規模な金融緩和策を打ち出しました。その劇薬のような政策が、5年あまりにわたって続いている結果、
▼ 預金の金利がほぼゼロで、預金に頼るお年寄りの生活に影響が及んでいますし、
▼ 地方銀行は、利ざやが縮小し、利益が急激に減っています。銀行が手数料を引き上げる動きも広がっています。
▼ 日銀が大量の株式を買うことで、株価を日銀が支える。あるいは、日銀が大株主となる企業が増加する。といった市場のゆがみも指摘されています。
金融緩和を短期戦から、長期戦に切り替え、長く続けるのであれば、この副作用を減らさなければなりません。日銀もわかっていて、すでに、国債を買い増す額については、メドとしている年80兆円から、事実上、半分に減らしています。

(副作用の軽減策)
 そして、今回、それに加えて、
▼ ETFについては、購入額の減額を容認すること。
▼ そして、短期金利のマイナス金利について、適用する額を減らすこと。
▼ さらに、長期金利の誘導目標について、0%程度としているのを0.2%程度までは上昇を容認すること
副作用に配慮して、こうした政策を一部、修正することを決めました。

(効果は限定的)
今回、多くの人が、達成が難しいと感じていた2%の物価上昇について、日銀が、早期に達成できないと認めたことは、「ようやく」というか「遅すぎた」というのが正直な実感です。副作用を減らす措置についても、運用でどこまでやるのか、見極めなければいけませんが、効果は限定的。金融機関の収益悪化が続くようであれば、もう一段の金利の引き上げといった修正が求められるという見方も、経済の専門家の間からはでています。

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【本来は、5年を総括すべき】
 ただ、そもそも構造的に物価や賃金が上がりにくくなっていると認めたのであれば、日銀は、いつ達成できるかわからない、しかも、生活する側にとっては厳しい2%の物価目標にどこまでこだわる必要があるのか。もはやデフレではないのに、それに、景気拡大も続いているのに、今後も異例の金融緩和を続ける意味があるのか。本来、そういった点について考えなければいけないのではないでしょうか。それをしないで、金融緩和を続けるとしたら、いつまでもやめられず、多くの人が超低金利に慣れきってしまったり、利払いが減ることで国が安易に借金を増やす要因になったり、といった長い目で見た副作用がどんどん膨らむ懸念が高まるばかりです。

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【まとめ】
 この先、米中の貿易摩擦の影響で、世界経済が悪化する懸念も指摘されています。日本経済が落ち込むようなことになっても、今の日銀には、ほとんど打つ手はありません。そうなる前に、日銀は、根本的に政策のあり方について検証し、見直しをしていくことが求められているのではないでしょうか。

(今井 純子 解説委員)


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