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「児童虐待緊急対策 実効性を高めよ」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

東京・目黒区で5歳の女の子が十分な食事を与えられずに死亡した事件を受けて、政府は児童虐待を防止するための緊急対策を決定し、公表しました。しかし、その内容はすでに行うことになっている取り組みを徹底させるというものがほとんどで、今後実効性をどう高めるのかが課題となります。
 
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▽児童虐待防止の緊急対策の内容と評価
▽問われる児童福祉司の質の問題をどうするか
▽今回の事件を教訓になすべき事は何か
以上3点を中心に考えます。
 
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まずは、緊急対策の内容です。今回の事件で、死亡した船戸結愛ちゃんへの虐待は、当初住んでいた香川県の児童相談所が把握し、対応していました。しかし、結愛ちゃんの一家が東京・目黒区に引っ越し、東京の児童相談所が引き継ぎを受けたものの、女の子に一度も会えないまま死亡するという最悪の事態となりました。
 
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このため重点対策として、まず、虐待などを理由に支援の対象となっている家庭が転居した場合の児童相談所間の情報共有を徹底することを求めました。また、子どもの安全が確認できない場合は、原則として立ち入り調査を実施すること、児童相談所と警察が虐待の可能性がある家庭の情報の共有を強化するとしています。さらに乳幼児検診を受けていなかったり、保育園や幼稚園に通っていなかったりする子どもたちがどうしているか、市町村を通じてことし9月末までに現状の確認をするなどとしています。
今回の事件をなぜ防げなかったのかや、児童相談所の対応のどこに問題があったのかなどについては、香川県、東京都双方で検証が進められていて、報告がまとまるには時間がかかります。まずは短期間で当面、出来ることを示したことは重要です。ただ、緊急対策そのものは、子どもたちの現状確認を除けば、制度上行うことになっているものを改めて徹底するものがほとんどです。なぜ、こうした取り組みを再度徹底させなければならない事態になっているのかを考えなければ、児童虐待が相次いでいることの解決にはつながりません。
 
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今回、緊急対策とともに示されたのが、児童相談所の体制の強化策です。児童福祉司を4年後の2022年度までにおよそ2000人増やすことが盛り込まれました。児童福祉司は、児童虐待への対応など子どもの養育や保護などの相談や指導にあたる専門職員で、資格はありません。今は全国でおよそ3200人いて、1.6倍と大幅な増員となります。ただ、2016年度に児童相談所が対応した児童虐待の件数は、12万2500件余り。ここ数年は、毎年、前年度より10%から20%の増加が続いているのが現状です。国の基準では、児童福祉司1人あたりが抱える相談事案は40件と規定されています。諸外国と比べれば過重な負担と言われていますが、関係者によりますと、100件を超える事案を抱える児童福祉司も少なくないと言います。児童相談所ごとに抱える事情は異なるだけに、実態に応じて児童福祉司を効率的に配分する必要もあり、どこまで負担を減らせるのかは未知数です。
 
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数が増えるのはいいのですが、児童福祉司には子どもや保護者の相談に乗り、問題の解決を手助けするための専門知識に加えて、時にはプライベートな事情に踏み込む必要に迫られるなど経験も重要です。2つ目のポイント、「問われる児童福祉司の質の問題」です。
厚生労働省によりますと、児童福祉司のおよそ40%が3年未満の勤務経験です。向こう4年間で児童福祉司の数が1.6倍となれば、ますますこうした経験の浅い児童福祉司が現場に入ることになります。質の確保をどうするのか。
2年前の児童福祉法の改正で、児童福祉司は任用の前後にそれぞれ5日間程度の講習会と研修を受けることが義務づけられました。厚生労働省は、こうした研修等を通して、一定の質の確保は可能だとしていますが、実際に行われるのは座学が中心で、経験値を高めるのは、児童相談所の現場に出てからです。イギリスの児童相談所にあたる施設では、新たに入った職員は、1年ほど個別の相談事案は持たず、ベテランの職員について現場での職業教育、いわゆるOJTを充実させて経験値を上げていくと言います。日本の児童相談所の現状を見ると、そうした体制を取ることは難しいかもしれません。しかし、結局現場でのしわ寄せは子どもたちに向かうだけに、若い児童福祉司をバックアップする体制をどう構築するのかを考えていく必要があります。
 
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さて、最後のポイント、「今回の事件を教訓になすべき事は何か」について考えます。
まず、今回の事件のどこに教訓があるのかを考えてみましょう。死亡した女の子は、香川県の児童相談所で2回、一時保護されていました。自宅に戻った後も、女の子は母親とともにケアを受けるため医療機関に通っていました。その際、女の子の身体にあざがあるのを医師が確認したり、女の子が自宅に帰りたくないなどと話したりしたことから、医師が児童相談所に3回にわたって虐待の可能性を知らせる「通告」を行っていました。それにも関わらず、児童相談所は母親との関係が悪化して連絡が取れなくなるような事態を恐れ、「関係を優先させる」ことを理由に、いずれも何の措置も取りませんでした。
 
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女の子を2度保護していることや、父親がその都度、傷害の疑いで書類送検されていることを考えれば、児童相談所が下したこの判断そのものの妥当性は厳しく問われる必要があります。しかし、こうした判断にいたった背景にあるのが、児童相談所が抱える制度矛盾です。児童相談所は、虐待から子どもを守るため、子どもを保護したり、時には強制的に自宅に立ち入って親子を引き離したりするなど、「介入」と呼ばれる取り組みと、親と面会を重ねることなどを通して虐待行為を防いだり、保護した子どもが親元に帰れるように親を指導したりする「支援」という取り組みを同じ機関が行わなければなりません。そして多くの場合、同じ児童福祉司が「介入」と「支援」の両方を担当しています。今回、香川県の児童相談所が「母親との関係を優先させる」ことにこだわったのには、こうした背景があるのです。
児童福祉司が「介入」と「支援」をともに担わなければならないという問題については、以前から専門家の間で、児童福祉司が強制的な措置を取るべきかどうかの判断を躊躇することにつながる恐れがあることや、親側にも児童福祉司に対する感情にわだかまりを生じるといった指摘があります。この問題については、前回の児童福祉法の改正議論の中でも、検討課題とされていました。加藤厚生労働大臣は、先週この問題について、審議会の専門委員会で議論を始めることを示唆しています。「介入」と「支援」の切り分けには、情報の共有に支障が出るという懸念の声もありますが、中には「介入」チームと「支援」チームに担当する児童福祉司を分けて一定の成果を上げている児童相談所もあります。実例があることを踏まえれば実現は十分見通せるのではないでしょうか。
 
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長年児童虐待の問題に取り組んできた専門家の1人は、虐待を受けて幼い子どもが亡くなるなど、社会的な関心を集める事件が起きるたびに、その場しのぎの付け焼き刃的な対策が繰り返され、その後、根本的な対策は講じられてこなかった。そのことが今回の事件を招いた一因だと指摘しています。
幼い命が犠牲になったことの教訓を元に、児童相談所の仕組みそのものの矛盾の解消を急ぐ必要があります。

(西川 龍一 解説委員)

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