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「『危機感』は伝わったのか~豪雨のダム大量放流」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

西日本豪雨災害から1週間がたちましたが、従来の豪雨対策の見直しを迫るような被害が次々と明らかになっています。ダムについても8ヶ所で満杯に近づき大量の放流が行われるという異例の事態になりました。このうち愛媛県西予市のダムでは下流で大規模な氾濫が起こり5人が亡くなりました。ダムの放流は適切だったのか、避難の呼びかけで住民に“危機感”が伝わったのか。情報伝達のあり方を考えます。

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解説のポイントです。

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▼ダムの放流は適切だったのか
▼ダムと市の情報共有はできていたのか
▼住民への伝達に見えた課題

【ダム放流と氾濫】
<VTR①>
7日朝、西予市野村町を流れる肱川の様子です。水位が急激に上昇して堤防を超え、市街地の広範囲が浸水。2階の屋根まで達したところもありました。多くの住民が家の2階などに取り残され、5人が亡くなりました。

町の上流3キロのところにある野村ダムです。氾濫の原因は大量の雨が降ったことですが、氾濫は満杯になったダムの放流によって始まりました。

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今回の雨でダムに流れ込んだ水の量です。7日の未明から急激に増え始めて午前6時には毎秒1000立方メートルを超えました。

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一方、ダムからの放流量は毎秒400立方メートルが続いていましたが、ダムが満杯に近づいたため午前6時20分から大量の放流が始まりました。流れ込んだ量と同じ量が放流され、放流量はいっきに増加し最大で毎秒1800立方メートル近くに達しました。

野村町で氾濫が始まったのはこの大量放流が始まった直後で、住民たちは「浸水はどんどん深くなり、逃げる間もなく、あっという間に2階に達した」と証言しています。

ダムの放流は適切だったのでしょうか。

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町で取材をすると多くの住民が「ダムの放流は仕方がないが、いっきに放流するのではなく少しずつ放流量を増やせば、避難の時間を稼げたのではないか」と話していました。大量の水がいっきに押し寄せ、比較的短時間で引いていった実体験からの疑問です。
大雨の時、どの時点でどのくらいの量を放流するかは事前に厳格な基準が決められて、基準には地元自治体の意見も反映されています。ダムを管理する国土交通省は、今回はその基準通りに放流が行われていて対応に問題がなかったと説明しています。
ただ今回の豪雨ではあわせて8つのダムで同様の放流が行われる異例の事態になりました。気象現象が激甚化するなかで、被害を少しでも軽減するために基準や運用はどうあるべきなのかあらためて検証する必要があると思います。

【ダムと市の情報共有は】
次にダムと市の連携はどうだったのでしょうか。
今回、野村ダム管理所長と西予市野村支所長の間の「ホットライン」が機能しました。「ホットライン」というのはダムや気象台など防災機関のトップと市町村長などが日頃から顔の見える関係をつくり、災害時は携帯電話などで緊密に連絡を取りあって防災対応にあたるものです。最近相次いだ豪雨災害の教訓から各機関が今、力を入れています。

<VTR②>
災害が起こる2日前、気象庁は緊急の記者会見を開き、集中豪雨としては異例の早いタイミングで厳重な警戒を呼びかけました。
 
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この段階で、ダム管理所長は野村支所長の携帯電話に連絡をし「最悪の事態を想定して対応してほしい」と危機感を伝えました。

そして当日の7日、午前2時半に「放流予定は6時50分で氾濫の恐れが大きいこと」を伝えました。3時37分に支所長が問い合わせたところ「流入量が予想より多く、放流を30分前倒しする」という回答があり、市側に衝撃が走りました。こうしたやりとりがあって市は午前5時10分に、最も強く避難を促す「避難指示」を発表しました。過去の災害で課題になってきた防災機関と市の情報共有はできていたと考えられます。

【住民への伝達に見えた課題】
ここから3つ目のポイントです。
市から住民への情報提供、危機感の共有はできていたのでしょうか。
市はダムとの緊密な情報交換を受けて避難指示を出しましたが、放流まで1時間10分しかありませんでした。「もっと早く避難の呼びかけをできなかったのか」と疑問を持つ住民もいます。市側は避難所の開設や消防団の召集に時間が必要だったなどと説明していますが、最初に「氾濫の恐れが大きい」と伝えられた午前2時半の段階で住民に情報を伝え、避難準備情報や避難勧告を出すという選択肢もありました。今後のダム防災を考えるうえでも検証が求められる点です。

もうひとつ、住民への呼びかけの仕方にも大きな課題が見えてきました。
<VTR>
放流の連絡を受けた市の野村支所では幹部が集まり、住民にどういう表現で危機感を伝えるか、緊迫した議論が行われました。
 
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住民に避難してもらうためには「ダムが決壊しそうだ」など大げさでも危機感が伝わる表現が必要だという意見もありました。これには「パニック状態になる」「お年寄りがあわてて逃げようとして怪我をする」という反論が出て激論になりました。

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結局、「氾濫する恐れのある水位に達しましたので避難指示を発令しました。直ちに避難を開始してください」という「型どおり」の表現に落ち着きました。
この呼びかけを防災行政無線の街頭スピーカーと各家庭にある個別受信機で流しましたが、呼びかけ続けるのではなく30分おきに3回流しただけでした。「聞こえなかった」「気がつかなかった」とう人も少なくありませんでした。

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またダム管理所もスピーカーと広報車であらかじめ録音しておいた音声を流しましたが、「水位が急激に上昇する恐れがあります」というだけで「氾濫」や「浸水」のことばはありませんでした。普段も小規模な放流のたびに似たような音声が流されていて、住民のひとりは「『またいつもの放送が始まった』くらいにしか受け止めなかった。『今回は特別です』とはっきり言ってほしかった」と話していました。

放流量から氾濫が起こるのは確実でダム側も市側も強い危機感を持っていました。にもかかわらず放送では、その “危機感”が十分に伝わりませんでした。

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一方で多くの住民が「今回は今までと違う」と危機感を感じとったのは、「消防団員が玄関の扉をドンドンと叩いて避難を促されたときだった」と証言しています。消防団員120人が850世帯ある川沿いの地域をまわって一軒一軒避難を呼びかけ、お年寄りなどは車に乗せて避難させました。団員たちは放流が始まるぎりぎりまで避難の呼びかけを続けました。住民5人が亡くなりましたが、消防団の活動で多くの住民の命が守られました。

避難の呼びかけ方は東日本大震災以降の大きな課題です。震災のとき茨城県大洗町(まち)では、沖合いの津波を目撃した町長が、普通の呼びかけでは危機感が伝わらないと考え、とっさの判断で法律にはない「避難命令」という言葉を使い、「避難せよ」と繰り返し放送しました。大洗町では4メートルの津波が押し寄せましたが津波による犠牲者は出ませんでした。今回の災害を受けて、あらためて、どうすれば危機感を伝えることができるのか考える必要があります。

西日本豪雨災害は1週間がたっても甚大の被害の全体像がわかっていません。行方のわからない人の捜索と被災者の支援に引き続き全力をあげてほしいと思います。そのうえで、これまでにない連続集中豪雨の被災地で見えてきた新たな課題に今後、ひとつずつ向き合っていくことが求められることになります。

(松本 浩司 解説委員)

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