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「米朝首脳会談から1か月 問い直されるミサイル防衛」(時論公論)

増田 剛  解説委員

史上初の米朝首脳会談から、きょうで1か月になりました。
アメリカのトランプ大統領とキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は、北朝鮮の非核化で合意し、対立していた米朝関係は一転、対話の局面に入りました。これを受けて、日本政府は、緊張状態が緩和されたとして、弾道ミサイルに対する従来の高度な警戒態勢を縮小しました。
一方で、北朝鮮の脅威は変わっていないとして、新型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の導入と配備については、これまで通り推進する構えです。
米朝首脳会談後の情勢変化をふまえ、当面のミサイル危機は去ったと評価すべきなのか。ミサイル防衛計画は再考すべきなのか。
この問題について考えます。

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政府は、先月12日の米朝首脳会談後、朝鮮半島をめぐる緊張状態は緩和されたとして、先月末、弾道ミサイルへの従来の警戒監視態勢を縮小する措置を取りました。
具体的にみていきます。
防衛省は、おととしの2月以降、北朝鮮のミサイル発射が相次いだことを受けて、徐々に自衛隊の警戒監視レベルを高め、夏以降は、防衛大臣が、自衛隊法に基づくミサイルの破壊措置命令を常時発令する、異例の状態に入りました。
そして、それに伴う措置として、迎撃ミサイル「SM3」を搭載する海上自衛隊のイージス艦を常時、日本海に展開し、24時間態勢で警戒にあたってきました。

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また、去年8月には、北朝鮮がグアム周辺を狙ったミサイルの発射を予告し、実際に発射したミサイルが、北海道の上空を通過したことから、中国・四国地方や北海道にある自衛隊の駐屯地に、地上配備型の迎撃ミサイル「PAC3」の部隊を展開してきました。

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しかし、先月の米朝首脳会談を経て、対話の機運が高まり、アメリカ国防総省は、北朝鮮との外交交渉を後押しするためだとして、米韓合同軍事演習を一時、中止することを決めました。
こうした状況をふまえ、菅官房長官は「日本にいつ、ミサイルが向かってくるかわからない状況は、明らかになくなった」と発言。
自衛隊の河野統幕長も「常識的に考えて、ミサイル発射は考えにくい。この情勢を踏まえて、適切な対応を取りたい」と述べました。

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そして、先月末、日本海にイージス艦を常時展開する態勢を解除したのです。一方、ミサイルの破壊措置命令は維持されたままで、情勢に変化があった場合、イージス艦が直ちに出港する態勢は続けます。

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米朝首脳会談後も、日本を射程に収める中・短距離のミサイルの廃棄は進んでおらず、日朝交渉の道筋も不透明な中で、警戒態勢を縮小することは、政府内に慎重な意見もありました。
ただ、洋上のイージス艦による24時間態勢の警戒監視は、長期にわたり、隊員の精神的・肉体的負担は大変、大きなものになっていました。私自身、幹部自衛官から「今の態勢は限界に来ている」という言葉を何度も、聞きました。こうした現場の実情もふまえて、政府は、今回、警戒態勢の縮小に踏み切ったのでしょう。

政府は、北朝鮮のミサイル発射を想定した住民避難訓練についても、当面、中止することを決めました。政府は、去年3月から全国各地で29回にわたり、ミサイルが領土や領海に落下した場合を想定した住民避難訓練を自治体と協力して実施してきました。
今回、中止を決めたのは、北朝鮮のミサイル発射の可能性が低下した中で、あえてこうした訓練を続ければ、北朝鮮を刺激し、対話ムードに水を差しかねないという判断があったものとみられます。
元々、この訓練には、「北朝鮮の脅威を煽り、住民を必要以上に不安にさらすものだ」という批判がありました。米朝首脳会談後の情勢の変化もあわせて考えれば、中止は妥当な判断だと思います。
一方、政府は、去年、アメリカから導入を決めたイージス・アショアについては、予定通り、2023年度の運用開始を目指し、配備を進める方針です。
イージス・アショアは、イージス艦の機能を地上に移した最新の施設で、1基あたりの費用は1千億円とされています。2基で日本全土をカバーできるとされ、秋田市と山口県萩市にある陸上自衛隊の演習場が配備候補地となっています。ただ、自民党の一部からは、「導入には高額な予算が必要で、米朝関係が変化する中、方針を検討し直す必要があるのではないか」といった声も出ています。

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米朝首脳会談から10日後、小野寺防衛大臣は初めて、配備候補地の秋田県を訪れ、佐竹知事と会談しました。小野寺大臣は「現時点でミサイルの発射実験が行われる確率は低い」としながらも、「北朝鮮は、日本に届く数百発の弾道ミサイルを配備している。北朝鮮の脅威は何も変わっていない。日本全体を守るために、秋田の沿岸部が最適だと判断した」と理解を求めました。

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佐竹知事は、「当初は、北朝鮮と極度の緊張関係にある中で、どこかが引き受けなければならないものならば、協力することもやぶさかでないと思っていた。ただ、これまでの防衛省の事の運びをみると、不安を覚える。我々が納得できる状況なしに強行することは、大変、不本意なところだ」と述べました。地元への十分な説明なしに、国が配備に向けた手続きを急いでいると、不信感を露わにしたのです。

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地元の不安の背景には、配備候補地の演習場が、市街地に隣接していることがあります。演習場の隣には、住宅地が広がり、学校も集中しています。
さらに、住民が懸念しているのが、イージス・アショアがミサイル探知のために発する強力な電磁波です。イージス艦で運用する時には、原則、甲板に人が出ない措置が取られています。
先月、開かれた住民説明会では、「365日、常に電波を発しているのに、副作用が起きないということは考えられない」という声もあがりましたが、防衛省側は「基本的には、皆さんの人体に影響はないと考えている」と答えました。

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小野寺大臣は「住民の不安を払拭できるよう努力していきたい。配備ありきではなく、しっかり信頼関係を作っていきたい」と、地元への説明を続ける考えを示しています。

米朝首脳会談後、北朝鮮が、日本を射程に収めるミサイルの廃棄に向けて、具体的行動を取っている形跡はみられません。
米朝対話が頓挫して、再び緊張が高まる可能性もあり、政府内には「北朝鮮に安易に融和的な姿勢をみせるべきではない」という意見が根強くあります。私も、一時的にミサイル発射の危険性が低下しているのは事実だと思いますが、北朝鮮への中長期的な脅威認識は変えるべきではないと考えます。加えて、政府内には、中国が巡航ミサイルの配備を進めていることから、将来、それに対処するためにも、イージス・アショアが有効だと主張する意見もあります。
ただ、これまで政府が「北朝鮮の脅威」を追い風に、防衛費の増額と装備の拡充を、十分な議論なしに進めてきたのは否めない事実だと思いますし、そうしたやり方がもはや通用しないことは、政府も認識すべきでしょう。
防衛力整備は、限られた予算の中で、費用対効果や外交への影響を考え抜き、国民の理解を得ながら実効性を高めていく必要があります。
イージス・アショアを含めたミサイル防衛も、例外ではありません。政府は、米朝対話で緊張が緩和している今こそ、その必要性やリスクについて議論を尽くし、国民の疑問に答えていくべきでしょう。

(増田 剛 解説委員)

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