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「軍事演習中止~揺れる非核化と在韓米軍」(時論公論)

津屋 尚  解説委員

アメリカと韓国は、8月に予定されていた合同軍事演習を中止すると発表しました。北朝鮮と交渉を円滑に進めるためにはやむをえないとの声がある一方で、軍事に詳しい専門家の間では、軍事演習中止は在韓米軍の能力低下につながりかねずアジアの安全保障にも影響を及ぼしかねないとの声もあがっています。
今後の朝鮮半島情勢を軍事的な観点から考えます。

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■解説のポインは3つ。
▽演習中止の影響。
▽「圧力」を弱めているように見えるアメリカの対北朝鮮政策の変化について。
▽そして、日本を含むアジアの軍事バランスへの影響です。

■(演習中止の影響は)
中止が決まったのは、アメリカ軍と韓国軍が8月に予定していた図上演習「ウルチフリーダムガーディアン」です。この演習は、関係する司令部や部隊をコンピューターネットワークで結び、有事を想定した作戦計画などを確認します。
春に行われる大規模実働演習「フォール・イーグル」とともに、最も重要な米韓の軍事演習と位置づけられています。
軍事演習の中止は、アメリカと北朝鮮の共同声明には盛り込まれていませんでしたが、トランプ大統領が会談後の記者会見で表明したものでした。大統領は「軍事演習は最初から嫌いだった」、「金がかかり過ぎるのは気に入らない」と述べました。
韓国のムン・ジェイン大統領は「北に対する軍事的圧力を柔軟に変化させる必要がある」と述べています。南北首脳会談後に署名したパンムンジョム宣言に「軍事的緊張の原因となる一切の敵対行動を中止すること」が盛り込まれていますから、ムン政権としては「挑発」と受けとられることは極力避け、交渉を円滑に進めたいとの立場だとみられます。

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では、合同軍事演習の中止がもたらす軍事面の影響をみていきます。軍事演習の目的は、「戦闘能力」と有事に即座に対応する「即応性」を常に高い状態に維持することです。指揮官と現場の部隊が朝鮮半島の地理や環境を習熟するとともに、米韓の強固な連携を確認することで、いざというときに備えようとしています。
もう一つの目的が、北朝鮮に対する「政治的なメッセージ」です。例えば、空母や爆撃機などを展開させて圧倒的な軍事力を見せつけることで、北朝鮮が危険な行動に走るのを抑止することを狙っています。

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こうした目的を持った軍事演習の中止に対しては様々な受けとめがあります。
最近まで太平洋軍司令官を務め、アメリカの次の韓国大使に指名されたハリス氏は、「北朝鮮が信頼できない相手だとしても本当に誠実に非核化に臨むか見極めるため、交渉中は主な演習を一時的に中止したほうがいい」と、中止の判断は妥当の考えを示しています。

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一方、軍の経験者や軍事に詳しい専門家などからは、疑問の声が出ています。北朝鮮の軍事的脅威に対峙する在韓米軍は、「fight tonight=今夜すぐにでも戦える」をモットーとする、米軍の中で最も高い即応体制をしいています。指揮官も現場の兵士も1年から数年程度の周期で常に人が入れ替わるため、定期的な大規模演習は不可欠で、それが十分にできなれば、軍の練度や即応能力の低下につながりかねないとの懸念があるのです。

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こうした影響を考えますと、中止されるのが8月の演習だけなのか、「フォールイーグル」など他の演習についても実施を見送られるのかも注目される点です。

■(対北政策に変化)
北朝鮮に対し“最大限の圧力”をかけるよう国際社会の先頭に立ってきたのがアメリカでしたが、対話局面に入ったことを受け、アメリカは自ら北朝鮮への圧力を弱めているように見えます。首脳会談の前、トランプ大統領は「最大限の圧力という言葉は使いたくない」と表明。その後、北朝鮮がとった核放棄の具体的な行動は、核実験場を爆破した以外、ほとんど何もありませんが、トランプ大統領は共同声明で北朝鮮が最も望む「体制の保証」を約束。シンガポールから帰国すると「北朝鮮の核の脅威はなくなった」とツイッターで投稿しました。そして今回の「米韓合同軍事演習」の中止の決定です。これに対して、野党だけでなく与党共和党の有力議員からも「譲歩しすぎだ」との批判が出ています。
また、トランプ大統領は、シンガポールでの記者会見で「在韓米軍は駐留経費がかかり過ぎる」と述べ、将来の撤退・縮小についても言及しました。軍事演習の中止についてもそうでしたが、同盟国などに事前の十分な説明もなかった模様で、韓国の国防当局には一時動揺が広がったと伝えられています。

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トランプ政権のこうした言動は北朝鮮にどう見えているでしょうか。あくまで将来の可能性の一つを語っただけだとしても、在韓米軍の撤退や縮小についてアメリカの大統領自らが発言したことを北朝鮮はほくそ笑んでいるのではないでしょうか。
北朝鮮が最も恐れてきたのは、アメリカから軍事攻撃を受け体制が崩壊することです。少なくとも交渉が続いている限り攻撃は回避できますし、朝鮮戦争が終結し平和協定を結ぶことができれば、アメリカの敵国でなくなり“体制が保証”されると北朝鮮は考えています。

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本来、北朝鮮の「核の放棄」が前提ですが、トランプ大統領が歴史的な業績づくりに前のめりになるあまり、完全な非核化が実現する前であっても、平和協定を締結して在韓米軍が撤退または縮小されることになるのではないか。それを北朝鮮は期待しているかもしれません。

■(軍事バランスへの影響は)
最後に、アジアの軍事バランスへの影響についてです。撤退はもちろん、軍事演習の中止を含む在韓米軍に関わる様々な変更は、アジア地域の軍事バランスに影響を与える可能性があります。北朝鮮以外にも在韓米軍が今後どうなるかに注目している国があります。中国です。
在韓米軍は、在日米軍と並んで、アメリカがアジアに常駐させている大規模兵力です。その第一の任務は北朝鮮への対応ですが、軍備を急速に増強する中国へのけん制の意味合いもあります。北朝鮮情勢の展開次第で在韓米軍の存在や能力が低下すれば、中国が影響力を広げる可能性があると、専門家は指摘しています。

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あくまで頭の体操ですが、軍事的な視点で見ると、もし在韓米軍が朝鮮半島から撤退した場合、中国の覇権の拡大を防ごうと今と同じ水準の抑止力を維持しようとすれば、在日米軍の兵力を増強するか、日本がその分を肩代わりする必要が出てきます。そうなれば、いずれの場合も大きな政治問題になることは避けられないでしょう。軍備をめぐる競争が起きれば地域の不安定化につながりかねませんから、日本としては、そのような事態にならないよう外交努力をはらうことが重要です。

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■(まとめ)
見てきたように、北朝鮮の非核化の行方と在韓米軍をめぐる問題は、日本を含むアジア地域の安全保障に大きな影響があります。「歴史的」と言われた米朝首脳会談から1週間。北朝鮮がどのように核を放棄するのか、そのプロセスに関する認識には食い違いも見られ、非核化への道筋はいぜん不透明です。非核化に向けた詳細を詰めるため、アメリカと北朝鮮の高官同士による協議が近く始まる予定ですが、「言葉」ではく「結果」を伴う形で完全な非核化を実行させられるのか、予測不能なトランプ大統領と北朝鮮の姿勢を私たちもしっかりとみていかなければなりません。

(津屋 尚 解説委員)


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