NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「米朝首脳会談 前進か後退か」(時論公論)

出石 直  解説委員
髙橋 祐介  解説委員
西川 吉郎 解説委員長

トランプ大統領とキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長による史上初めての米朝首脳会談が、きょう(12日)シンガポールで行われました。60年以上にわたって敵対してきた両国の首脳は固く握手を交わし、「朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組む」などとする共同声明に署名しました。
現地で取材にあたっているアメリカ担当の髙橋解説委員、朝鮮半島担当の出石解説委員と中継で結んでお伝えします。

180612_00mado.jpg

(西川)
史上初めての米朝首脳会談が実現しました。今回の会談の成果をどう評価しますか?まずアメリカ担当の髙橋さん。

(髙橋)
朝鮮戦争で戦火を交え長年にわたり敵対してきた米朝の首脳同士が、初めて握手を交わし、「朝鮮半島の平和と素晴らしい未来」をめざして、ともに努力することで合意した。そのこと自体の意義は決して小さくないでしょう。僅か数ヶ月前まで首脳同士が公然と罵り合い、一時は核戦争の危機すら懸念された米朝両国は、対話による問題解決に向けて舵を切り、この会談でまさに第一歩を印したからです。先例にとらわれず、むしろ先例を覆すことを好むトランプ氏のようなトップダウン型の大統領が決断したからこそ“歴史的な会談”が実現したのも確かです。
しかし、大統領自身が会談後の記者会見で形容したような「素晴らしい成果を収めた画期的な会談」そうしたいわば自画自賛を額面通り受け取ることもまた難しいでしょう。会談後の共同声明は、多くの課題を先送りにし、具体性にも著しく欠けていたからです。

(西川)
朝鮮半島担当の出石さんはどうでしょうか?

(出石)
もともとアメリカとの対話を提案してきたのは北朝鮮の側です。予備交渉の段階で一時は開催が危ぶまれる事態もあっただけに、アメリカとの首脳会談に漕ぎつけたのは、北朝鮮にとって大きな成果です。
アメリカという世界最強の超大国の大統領と、一対一で渡り合う姿を内外にアピールできただけでも、わざわざシンガポールまで来た甲斐があったと、キム委員長は考えているのではないでしょうか。

180612_01_0.jpg

(西川)
今回の首脳会談では「完全な非核化」と「体制の保証」が最大の焦点でした。
この2つがどうなったのか、順に見ていきます。

180612_02_2.jpg

まず「完全な非核化」です。
アメリカは、北朝鮮のCVID=完全で検証可能かつ後戻りできない(不可逆的な)非核化を早期に行うよう求めていました。一方、北朝鮮は、“北朝鮮の非核化”ではなく“朝鮮半島の非核化”を時間をかけて段階的に行うと主張していました。
髙橋さん、この「完全な非核化」については、アメリカの満足のいく結果となったのでしょうか?

(髙橋)
十分満足のいく結果とは決して言えないでしょう。これまでのアメリカ側の主張と照らし合わせると、むしろ不満の方が多いのではないでしょうか。
現に、米朝双方は、非核化を共通の目標とすることでは合意しましたが、実現へのロードマップや完了まで期限は、明確に示されませんでした。とりわけアメリカ側がもっとも重視して、これまで北朝鮮が約束を反故にした際に主な原因ともなっていたCVIDのVの部分、つまり“検証”のあり方が、共同声明には全く盛り込まれませんでした。
これまでアメリカは、北朝鮮に非核化を「速やかに一括して実現するよう」求めてきましたが、大統領は記者会見でも「多くの時間がかかるだろう」「1回の首脳会談で解決できるものではない」と発言し、事実上ハードルを下げました。会談を決裂させるリスクを負うよりは、まず首脳同士の信頼醸成を優先したと見ることも出来そうです。

(西川)
北朝鮮の受け止めは?

(出石)
「朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力する」という表現は、南北首脳会談でのパンムンジョム宣言とまったく同じです。
共同声明に書かれていない「ミサイル発射試験場の取り壊し」は新たな取り組みですが「完全な非核化」を実現するためのプロセス全体からみれば、枝葉末節に過ぎません。むしろトランプ大統領に完全な非核化には長い時間が必要だと認めさせたことは、段階的な非核化を主張してきた北朝鮮にとっては成果だったのではないでしょうか。制裁の解除などが得られるという確証がない限り、次のステップには踏み出さないという慎重な姿勢を守った形です。

(西川)
双方の受け止めを聞くと、完全な非核化については、一定の方向性は示すことができたものの、具体的な手順などについては先送りされたという印象が否めません。何としても史上初めての首脳会談を実現させたかったトランプ大統領が、北朝鮮側に配慮したようにも見え、具体性が大きく欠如している点で、前進と言いき切るのは難しいかもしれません。
では、もうひとつの焦点だった「体制の保証」について、どう受け止めているのでしょうか?これは北朝鮮が強く求めていましたね?

(出石)
朝鮮戦争で戦ったアメリカは北朝鮮にとって最大の脅威です。北朝鮮は、アメリカから攻撃されないために核兵器を開発したと公言していましたので、核の放棄を約束するからには北朝鮮を攻撃しないという確証を得ることが不可欠でした。共同声明では「北朝鮮に対して体制の保証を提供する約束をした」と「保証=ギャランティー」という強い表現で、北朝鮮の体制を保証させることに成功しました。ただ体制を保証してもらうための措置、例えば「平和協定の締結」や「国交正常化」については、具体的な合意には至らず、今後の協議に持ち越された形です。

(髙橋)
アメリカ側から見ると、共同声明にあった「保証=Guarantee」という言葉は、曖昧で抽象的な言葉だからこそ敢えて盛り込んだのだと思います。そもそも一国の政権、しかも“世襲の独裁体制”の存続を保証するというのも、民主国家のアメリカとしては受け入れがたい話です。実質的には「アメリカから攻撃したり積極的に体制転覆をはかったりはしない」という意思表示に過ぎません。会談を前に大統領が意欲を見せていた朝鮮戦争の終結宣言も声明には盛り込まれませんでした。関係正常化という目標こそ否定しなかったものの、平和条約のあり方も、在韓米軍の扱いも、難しい課題は軒並み先送りしたかたちです。

(西川)
北朝鮮が強く求めていた「体制の保証」については言及があったものの、それを補強することになる朝鮮戦争の終結宣言には至りませんでした。これから先には、平和協定の締結にせよ国交正常化にせよ、クリアしなければならない難しい問題が山積しています。今後の協議に委ねられた形で、難航が予想されるのではないでしょうか。

ここまで「完全な非核化」と「体制保証」という2つの焦点について、会談の成果を見てきましたが、日本にとって忘れることができないのは拉致問題です。
米朝首脳会談に先立って、安倍総理大臣は先週ワシントンでトランプ大統領と会談して拉致問題を取り上げるよう要請し、トランプ大統領も「必ず議論する」と約束していました。
髙橋さん。拉致問題は会談でどのように取り上げられたのでしょうか?

(髙橋)
トランプ大統領が拉致問題を取り上げたのは確かです。しかし、それにキム委員長がどのような反応を見せたのか、現時点では明らかになっていません。
トランプ大統領は、核とミサイルの問題だけではなく、拉致問題も含めた北朝鮮が抱える人権問題に今後も取り組んでいくと語っています。ただ、日本への側面からの支援という形以外に具体的にどこまで積極的に臨むかは不透明です。

(出石)
北朝鮮は、「拉致問題は解決済み」だとして、この問題を何度も提起する日本政府に対して不快感をあらわにしていました。しかしこれは取りも直さず、この問題が北朝鮮にとって後ろめたい、触れられたくない問題であることの証拠でもあります。
首脳会談という友好ムードが強調されがちな場で、トランプ大統領が拉致問題に言及したことは評価に値しますが、日本人の拉致問題は日朝の2国間で解決しなければならない問題です。日本政府は日朝の首脳会談も模索しているようで、その進展を待ちたいと思いますが、人権問題は最高指導者の責任にも関わってくる問題だけに、核やミサイル以上に北朝鮮の譲歩を引き出すのは難しく、いっそうタフな交渉が求められると思います。

(西川)
「完全な非核化」も「体制の保証」も「拉致問題」も、一定の前進はあったものの、まだまだ長い道のりの第一歩に過ぎないという印象です。
今後の米朝の交渉を見ていくうえで、2人は何に注目していますか?

(出石)
トランプ大統領が記者会見で口にした「朝鮮半島の素晴らしい未来」という言葉です。
首脳会談の前日の夜、キム委員長は宿泊先のホテルを出て、およそ2時間にわたってシンガポールの観光名所を訪れました。東南アジアでもっとも目覚ましい繁栄を遂げたシンガポールの街は、キム委員長の目にどのように映ったのでしょうか。「核を放棄すれば、国際的な孤立から脱却し、制裁も解除されて経済が発展する。人々の生活も豊かになる」。もしキム委員長がそんな夢を描いているのだとすれば、非核化はけっして夢物語ではないようにも思えます。

(髙橋)
その「朝鮮半島の素晴らしい未来」という言葉は、トランプ大統領にとって、アメリカ自身が平和と繁栄を担うという強い決意の表れだとは私には思えません。北朝鮮との経済協力についても、アメリカではなく、日本や韓国それに中国などの近隣諸国が行うべき問題だと言うのです。
むしろ今後のポイントは、米朝が対話のチャンネルを絶やさず、信頼醸成と緊張緩和に向けた今の勢いを削がないことにこそあるのではないでしょうか。両首脳はきょうの歴史的な会談で「これから新しい歴史を作っていく」と決意を語りました。そうした米朝の歩み寄りをさらに後押しするために、関係各国が果たすべき役割も、ますます重要になっていくでしょう。

(西川)
今回の首脳会談の共同声明には、「平和と繁栄に向けた願いに基づいて、新しい関係を樹立する」という文言が盛り込まれています。
きょうの首脳会談は、長い道のりのスタート地点に過ぎないのかも知れません。「完全な非核化」ひとつをとっても、多くの具体的な問題が今後の協議に委ねられています。そして、それが順調に進展する保証はどこにもありません。
北朝鮮が、非核化の約束を口約束だけに終わらせず、着実に実行に移す仕組み、体制をつくっていくことが何よりも重要だと思います。

この時間は、米朝首脳会談の成果と課題について、現地シンガポールで取材にあたっているアメリカ担当の髙橋解説委員、朝鮮半島担当の出石解説委員と中継で結んでお伝えしました。

(西川 吉郎 解説委員長/出石 直 解説委員/髙橋 祐介 解説委員)

キーワード

関連記事