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「F35と政治~問われる専守防衛~」(時論公論)

増田 剛  解説委員

日本の防衛力整備の指針となる「防衛計画の大綱」。
政府は、ことし、これを5年ぶりに見直す方針で、自民党では、国防関係の議員を中心に、新たな防衛構想や装備の拡充に向けた議論が進められています。そして、この中で、議論の中核になっているのが、最新鋭戦闘機F35をどのように活用するかです。
その性能ゆえに政治性を帯びる戦闘機F35を通して、日本の防衛政策の行方を考えます。

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解説のポイントです。
まず、日本の安全保障環境は戦後最大の危機的状況だとして、空母の役割を担う艦船と、これに搭載する戦闘機F35の導入を求めた自民党安全保障調査会の提言をおさえます。そして、護衛艦の事実上の空母化に向けた研究を進めるとともに、戦闘機に搭載する長距離巡航ミサイルの導入を始めた防衛省の動きをみていきます。その上で、F35に代表される最新装備が、日本の「専守防衛」の基本方針に、どのような変化をもたらすかを考えます。

政府は、年末に、防衛計画の大綱を5年ぶりに見直す方針で、これをふまえ、先週末、自民党の安全保障調査会と国防部会の代表が、安倍総理大臣に、見直しに向けた提言を手渡しました。中谷元防衛大臣は、「長距離の打撃力をはじめ、戦闘体系全体を見直すべきだ」と述べ、安倍総理も、「安全保障環境が大きく変わり、装備の技術も革命的に変化している。大綱の見直しに向けて、しっかりと検討の参考にしたい」と応じました。

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提言は、まず、日本を取り巻く安全保障環境について、核とミサイル開発を続けてきた北朝鮮、急速な軍拡と海洋進出を進める中国、北方領土での軍備増強を続けるロシアの名前を挙げ、「戦後最大の危機的状況を迎えている」と位置づけています。そして、こうした状況に対応するため、「より積極的な防衛体制・アクティブ・ディフェンスを実現する」としています。
その上で、具体的な措置のひとつとして、「多用途運用母艦」の導入を検討するよう求めました。

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多用途運用母艦とは何か。聞きなれない言葉ですが、中谷氏は、「空母としてだけでなく、災害時の救援・輸送など多用途に使える新しい概念だ。今ある護衛艦の改修をイメージしている」と述べました。
実は、これは、政府の一部で浮上している、護衛艦「いずも」と「かが」を改修する構想を指しています。「いずも」級の護衛艦は、海上自衛隊が保有する最大級の艦船です。平らな構造の甲板を持つのが特徴で、最大14機のヘリコプターを搭載可能。政府は、護衛艦と称していますが、各国の軍事関係者は、ヘリ搭載空母と評価しています。
提言は、この「いずも」級を「多用途運用母艦」として、戦闘機が発着できる空母に改修することを求めたのです。

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その上で、これに搭載する戦闘機として、F35のBタイプを取得するよう促しました。
F35は、アメリカを中心に9か国が共同開発した最新鋭戦闘機で、レーダーに探知されにくいステルス性と、戦闘に関するデータを瞬時に統合・共有する情報ネットワーク機能が特徴です。任務の特性に合わせて、A、B、Cの3つのタイプが開発され、このうち、F35Bは、短距離での離陸と、ご覧のように、垂直での着陸ができることが特徴です。
ただ、このように自民党が、「いずも」の空母化とF35Bの取得に前のめりの姿勢を隠そうとしないのに対し、政府は表向き、慎重な立場をとってきました。
国会で安倍総理は、「政府として『いずも』の空母化に向けた具体的な検討を行ってきた事実はない」「攻撃型空母の保有は許されないという政府見解に変わりはない」と述べ、小野寺防衛大臣も、「F35Bを導入するか否かは何ら決まっていない」と答弁していました。

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一方で、「装備の拡張に関する調査や研究を行うのは当然だ」という認識も示しており、4月末には、防衛省が、「いずも」級護衛艦を建造した造船会社に委託した、調査研究報告書が公表されました。
報告書では、空母化に必要な具体的な改修内容や工期、経費などはすべて黒塗りとされていますが、調査がアメリカ軍の後方支援を目的としていること、在日アメリカ軍のF35Bの発着を想定していることは、明示されています。

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F35Bの発着を想定しているという点で、今回の自民党の提言を先取りしているように思えますが、防衛省は、報告書は、あくまで調査研究が目的で、「いずも」級の空母への改修を具体的に検討したものではないと説明しています。

自民党の提言は、巡航ミサイルをはじめとした「敵基地反撃能力」の保有についても、検討を促進するよう求めています。

敵基地反撃能力とは、万が一、日本を標的とするミサイル攻撃が発生した場合、その発射能力をなくす目的で、敵の基地を叩くもの。先制攻撃とは一線を画した、反撃を重視した考え方だとしています。
一方、政府は、憲法に基づく「専守防衛」との整合性から、政策判断として、敵基地攻撃のための装備は、保有しないとしてきました。

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しかし、現実の動きを見ますと、政府は、自衛隊の主力戦闘機として、F35の通常型ともいえるF35のAタイプを42機、導入することを決定し、ことし1月、最初の機体が青森県三沢基地に配備されました。また、今年度予算で、F35に搭載する射程500キロの巡航ミサイルの導入を決めています。F35の戦闘行動半径は最大1100キロとされていますから、F35にこのミサイルを搭載した場合、その最大射程範囲を単純計算すると、およそ1600キロ、朝鮮半島の大部分が射程範囲内におさまります。
これに対し政府は「敵の射程の外から脅威を排除し、安全に作戦を行うために導入した。敵基地攻撃を目的としていない」と説明しています。

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ただ、長距離巡航ミサイルを搭載したF35は、少なくとも能力上は、敵基地攻撃能力になり得るという指摘があるのは事実です。
今のところ、政府が、こうした指摘に対して、十分な説明を尽くしているとは思えません。
政府が、航空自衛隊の主力戦闘機として導入を始めたF35Aと、与党内から取得を求める声が挙がるF35B。ステルス性が高く、敵の防空網をすり抜けて侵入できるF35は、これまでの戦闘のあり方を根底から変える「ゲームチェンジャー」だといわれます。
自衛隊が、今の計画に基づいて、F35Aを導入し、長距離巡航ミサイルを搭載すれば、また自民党が提言するように、F35Bを追加取得し、空母の役割を担う艦船を運用するようになれば、東アジアの安全保障環境が厳しい中で、日本が、相当な抑止力を持つことになるのは確かだと思います。
ただ、その一方で、周辺国から、自衛隊が自国を攻撃する能力を保有したと受け取られる可能性も排除できません。
さらに、F35に代表される最新装備が持つ能力が、「専守防衛」の基本原則を逸脱することにならないかどうかについても、検証する必要があります。
今年は「防衛計画の大綱」を改定する年、今後の日本の防衛力のあり方を決める大事な年です。
攻撃力が高いとされる装備の導入に、どこまで踏み込むべきか。日本の国是ともいえる「専守防衛」との整合性はどうなるのか。周辺国とのあつれきを避けるため、対外的にどのように説明していくのか。今後の国会で、徹底的な議論が必要でしょう。

(増田 剛 解説委員)


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