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「米朝首脳会議まで一週間」(時論公論)

出石 直  解説委員
髙橋 祐介  解説委員

アメリカ政府は、一度は中止するとしていた北朝鮮との史上初めての首脳会談を、当初の予定通りシンガポールで来週12日の午前9時、日本時間の午前10時から行うと発表しました。非核化をめぐる交渉はどこまで進んでいるのでしょうか。アメリカ担当の髙橋委員とともにお伝えします。

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(出石)
一週間後に迫った史上初めての米朝首脳会談。交渉事ですから予測は難しいのですが、今のところ3つくらいのシナリオが考えられるのではないでしょうか。

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ひとつは「完全な非核化が実現する」。完全な非核化を実現するための具体的な手順や完了するまでの期限が示され、この問題が大きく前進するというシナリオです。
もうひとつは「大枠の合意に留まる」。非核化という最終目標は掲げたものの、具体的な手順や道筋は明確に示されず、今後の協議に持ち越されるというシナリオです。
そして3つ目は「会談決裂」。両者の隔たりが大きく、交渉が決裂してしまうというシナリオです。
「大成功」か「玉虫色の決着」か「大失敗」に終わるのか。髙橋さん、これまでの交渉を見ていますと、どうも2番目の「大枠の合意」に留まりそうな気配ですね?

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(髙橋)
私も2番目の「大枠の合意」の範疇ではないかと思います。ただ、会談の成否を分けるのは、会談の目的をどこに置くのかにもよるでしょう。長年に亘り敵対してきた米朝の首脳同士が初めて顔を合わせ、朝鮮半島の未来を膝詰めで話しあう。それ自体を目的にするなら無論「成功」は約束されたのも同然です。
しかし、会談の具体的な中身を考えますと、到底楽観は出来ません。現にトランプ大統領は「今度の会談はプロセスの始まりだ」「何かに署名するつもりはない」と述べ、今度の1回の会談では合意に至らない可能性もあると“予防線”を張っています。非核化を行動で示すのが先決だとするアメリカと、体制保証を最優先で求める北朝鮮。両者の基本的な立場の隔たりを、この短い準備期間で埋めるのは、至難の業だからです。いざ会談が始まっても、トランプ大統領が、途中で席を立つ可能性もゼロとは言えません。
実質的には限りなく3番目の「決裂」に近いながらも、対話のチャンネルが開かれたこと、それ自体が成果だと双方が内外にアピールする「玉虫色」の会談になると現時点では予想します。

(出石)
1番目のシナリオは理想ですが、あと一週間、あまりに時間が足りません。かといって3番目のケースも考えにくいと思います。実務者レベルならともかく、首脳レベルでの交渉が決裂すれば、もう後はありません。米朝ともに「成功をアピールしたい」という思惑では一致していますから、たとえ主張に隔たりがあったとしても「会談は成功した」と表向きは成果を強調することになるのではないでしょうか。

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最終的にどうなるかは会談の結果を待つとして、今後の展開を考えるうえで参考になるのが6か国協議での経験です。
2003年に始まった6か国協議では、結果的に北朝鮮の非核化を実現できませんでしたが、2005年の9月に出された共同声明では、朝鮮半島の検証可能な非核化を実現するため、すべての核兵器と既存の核計画の放棄を北朝鮮に約束させました。一方、アメリカも北朝鮮を攻撃したり侵略したりする意図はないことを表明し、その後も初期段階として核施設の活動停止と封印などを決め、さらに第2段階として核施設の無能力化を求めています。非核化に向けた道筋は、すでに6か国協議で示されているのです。

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(髙橋)
問題は非核化にどれだけの時間をかけるかです。アメリカは「短期間で一括して」行うよう求めてきたのに対し、北朝鮮は長い時間をかけて「段階的な非核化」を主張しています。
最近トランプ大統領は、「ゆっくり時間をかけたいなら時間をかけても構わない」と、北朝鮮への一定の配慮を見せています。対話の局面に入った今、「もう最大限の圧力という言葉は使いたくない」と述べ、“まさか大統領は折れたのか”と周囲を驚かせました。しかし、ホワイトハウスは「北朝鮮が非核化を行動で示すまで、現在の制裁を維持する方針は変わらない」と言います。それで北朝鮮が納得するかは判りません。
アメリカで北朝鮮の核問題の権威とされるスタンフォード大学のヘッカー博士は、完全かつ検証可能、後戻りの出来ない非核化には、最長で15年の歳月を要するとの見方を示しています。これから始まるであろう長いプロセスで、制裁を解除するタイミングを見誤り、北朝鮮に約束破りを許した過去の苦い歴史を繰り返さないかが心配です。

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(出石)
6か国協議が失敗に終わったのは、大きく2つの理由があったと考えます。
ひとつは、完全な非核化を実現するまでのプロセスを途中までしか確定できなかったことです。山登りに例えれば、2合目までしか道を作っていなかったのです。この失敗を繰り返さないためには、最終ゴールまでのロードマップをきちんと作らなければなりません。
もうひとつの失敗は、北朝鮮が約束を守らなかった場合のペナルティを定めていなかったことです。北朝鮮の行動を監視するレフェリー役を置いて、約束を破った場合のペナルティをきちんと合意文に盛り込むなど、合意を守らせるための措置も必要となってくると思います。

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(髙橋)
完全な非核化と並んで、会談の焦点に浮上してきたのが、朝鮮戦争の終結宣言です。先の南北首脳会談は、朝鮮戦争の終結を年内に宣言し、現在の休戦協定を平和協定に換えるための協議を南北とアメリカの3者、あるいは中国を加えた4者で推進することを謳っています。
北朝鮮は、アメリカとの関係正常化も視野に入れ、平和協定の締結を求めてくるでしょう。トランプ大統領は、朝鮮戦争の終結で「前進できるかも知れない」と述べ、早期妥結ににわかに意欲を見せています。秋の中間選挙を控え“眼に見える成果”を挙げたいトランプ大統領。その前のめりの姿勢が、会談を中身の薄い“政治ショー”と化す懸念が拭えません。

(出石)
朝鮮戦争を完全に終わらせるためには、在韓米軍の扱いをどうするかという問題をクリアしなければなりません。ムン・ジェイン大統領は「在韓米軍はあくまで米韓同盟の問題だ」として撤退や縮小を否定しています。ただ朝鮮戦争の終結を宣言して現在の休戦協定を平和協定に移行する段階になれば、停戦監視のために韓国に駐留している国連軍の存在理由はなくなることになりますし、在韓米軍の役割についても見直しが行われることは確実です。
これは東アジア全体の安全保障に関わるきわめて重要な問題です。

(髙橋)
朝鮮半島の平和を語るとき、北朝鮮には日本人の拉致問題だけではなく、今も独裁体制によって虐げられ、自由を不当に奪われた幾多の人権問題があることを忘れてはなりません。

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かつてロナルド・レーガンは、奇しくも今度の米朝首脳会談と同じ日に、東西ドイツの分断を象徴する“ベルリンの壁”を前に演説し、ソビエトのゴルバチョフ書記長に壁の撤去を呼びかけました。自由と安全はともにあり、自由と人権を尊重してこそ真の平和はもたらされるというのです。いまトランプ大統領は、そうしたアメリカの理念を語ろうとしません。キム委員長に敢然と人権問題の改善を求めて欲しいと思います。

(出石)
北朝鮮はこのところ日本非難をさかんに繰り返しています。日本だけが対話の局面から取り残されているぞと言わんばかりの姿勢です。しかし北朝鮮との交渉では、相手が触れられたくないことを言い続けることも必要ではないでしょうか。史上初めての米朝首脳会談まであと一週間。トランプ大統領には、握手や外交辞令で終わるのではなく、北朝鮮という国のあり方を変えさせるほどの迫力をもってキム委員長との会談に臨んでもらいたいと思います。

(出石 直 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員)

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