NHK 解説委員室

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「米朝首脳会談中止 次の展開は?」(時論公論)

出石 直  解説委員
髙橋 祐介  解説委員
津屋 尚 解説委員

(出石)
トランプ大統領は、来月12日に予定されていた米朝首脳会談を中止すると発表しました。アメリカ担当の髙橋委員、軍事・安全保障担当の津屋委員とともに、首脳会談中止がもつ意味と今後を展望します。

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(出石)
トランプ大統領がキム・ジョンウン委員長に宛てた手紙です。

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「最近の北朝鮮の声明で示された激しい怒りと敵意を受けて、現時点で会談を開くことは適切ではないと感じている」「北朝鮮は持続的な平和と繁栄を得る貴重な機会を失った」「最近の声明で示されている怒りや敵意」とは、アメリカ側の対応に不満を示した北朝鮮の外務次官の談話を指しているものと思われます。
髙橋さん、会談の中止を決めたトランプ大統領の判断。これをどう見ますか?

(髙橋)
「会談は素晴らしいものになるだろうが、開催されなくても構わない」そうトランプ大統領は予防線を張って、北朝鮮との駆け引きがますます激しくなっていましたから、取りやめの発表そのものに驚きはありません。“世紀の会談”をご破算にする。そうしたインパクトの割には、この大統領にしてはトーンを抑え、北朝鮮を過度に刺激する必要はないという一定の配慮をにじませました。

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現に、書簡の末尾には「心変わりしたら迷わず連絡して欲しい」そんなくだりもありました。いわゆる外交辞令を割り引いても、北朝鮮の出方しだいでは、会談に再び応じる用意はあるというのです。言葉そのままの会談の“中止”と言うよりも、実質的には“一旦延期”の意味合いが強いのではないでしょうか。実際、トランプ大統領は先ほど記者団に対し「まだ来月12日の開催もあり得る」と述べて、今後の状況を見極める考えを示しています。

(津屋)
私は、この文面から、トランプ大統領の激しい怒りと北朝鮮に対する極めて強い警告を感じます。いつものツイッターではなく、公式の書簡だったのも一つのポイントです。表向き丁寧な表現で、会談の可能性も残しているように見えますが、簡単ではありません。「心変わりしたら連絡を」と言っても、それは、アメリカの要求どおり核兵器を放棄する決断をするということで、北朝鮮にとってはかなりハードルが高い要求です。

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さらに、「アメリカの強大な核戦力が使われないことを神に祈る」といったくだりなどは、「脅し」ともとれる内容です。北朝鮮は「最後通牒」を突きつけられるような“恐怖心”を感じたのではないでしょうか。

(髙橋)
そもそもトランプ大統領に言わせれば、韓国を通じて会談を持ちかけたのは北朝鮮の方でした。「アメリカは体制保証を与える用意がある」そこまで言わせて置きながら、この期に及んで北朝鮮は“非核化”という核心部分で、いわば条件闘争に入ってきたという不信感がトランプ政権にはあるのです。
はたして北朝鮮は本当に、完全かつ検証可能、後戻りの出来ない核放棄という“戦略的な決断”ができるのか?そうした問いを突き返したかたちです。
あくまでも「ゲームのルールを決めるのはアメリカだ」そうトランプ大統領は言いたいのでしょう。北朝鮮が中国との関係を修復し、強気に出てきたと見るや、即座にきびすを返すことで、交渉の主導権は渡さない。そんな狙いがうかがえます。

(出石)
確かに北朝鮮は先週になって「一方的に核放棄を強要している」などとアメリカ批判を再開していました。ただ、今回の会談中止の決定は、北朝鮮にとって予想外の展開だったのではないでしょうか。アメリカ批判の急先鋒だったキム・ケグァン第1外務次官は「思いがけないことで、非常に遺憾だ」「われわれはトランプ大統領を、内心、高く評価してきた」とする談話を発表していることからも、アメリカの対応を読み誤っていたことがうかがえます。首脳会談を前にした詰めの段階で、双方の意思疎通がうまくいかなかったということではないでしょうか。

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(津屋)
トランプ大統領による首脳会談のキャンセルは、非核化をめぐって双方の間にある深い溝が非常に埋めがたいものであることを改めて印象付けたと思います。
アメリカが求めるのは「北朝鮮そのものの非核化」ですが、北朝鮮は「朝鮮半島の非核化」を主張しています。「朝鮮半島の非核化」とは、北朝鮮だけでなく半島全体を非核化すべきとの立場で、アメリカによる「核の傘」の提供の中止や、在韓米軍の縮小などもそこに含まれる可能性があります。
北朝鮮が非核化する手順についても食い違いがあります。アメリカは、核の放棄を短期間で一括して行うよう求めてきました。これに対して北朝鮮は、長い時間をかけて「段階的な非核化」を主張しています。
そして、根本的な違いは、アメリカが「完全な非核化」に重きを置いているのに対して、北朝鮮は「体制の保証」が最優先事項です。とはいえ、「体制を保証するから核を放棄しろ」と言われても、北朝鮮からすればアメリカは信用できないのが本音でしょう。核開発計画を放棄したあと殺害されたリビアのカダフィ大佐の例を教訓に、核兵器を保有しつづけることが最大の抑止力だと北朝鮮はこれまで考えてきました。「段階的非核化」の主張には、軍事攻撃をされないよう時間稼ぎをし、将来、機を見て核開発を再開したいとの思惑も見え隠れしているように思います。

(出石)
もちろん双方の主張にまだ隔たりがあることは事実ですが、私は、その溝を埋めるのは不可能ではないと見ています。
アメリカは、朝鮮戦争の終結を宣言し、平和協定締結のための協議に入ることに異議を唱えているわけではありません。短期間で解決とは言っても、北朝鮮の非核化が一朝一夕に実現できるわけではない。2年なり3年なり、ある程度の期間がかかることも理解しています。問題は、▽完全な非核化が実現するまで見返りを与えず圧力をかけ続けるのか、それとも、▽北朝鮮が非核化に向けた具体的な行動に出れば、制裁の一部緩和など一定の見返りを与えるのかどうかです。

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山登りに喩えて見ましょう。北朝鮮とすれば「犠牲を払って非核化という高く険しい山に登るのだから、山道の途中で栄養補給が必要だ。体制保証だけでなく制裁の解除など経済面での支援もして欲しい。完全な非核化が終わるまでずっと厳しい制裁が続くのは勘弁してくれ」というのが本音ではないでしょうか。

非核化をめぐって双方に主張の隔たりがあること。そしてもうひとつ。ここに来て存在感を高めているのが中国です。

(髙橋)
実は、トランプ大統領は、当の北朝鮮よりも、背後にいる中国を強く意識しているようです。現に、にわかに雲行きが怪しくなり始めたのは、キム委員長が中国に飛んで習近平国家主席と2度目の会談を行ってからだというのです。トランプ大統領は「中朝国境では“制裁破り”が横行している」として、中国側を強くけん制もしています。

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いまアメリカは、中国との貿易交渉というテーブルに就いています。相手の習主席を「世界クラスのポーカープレイヤーだ」とトランプ大統領は言います。実際に、米中の貿易摩擦を一時休戦にせざるを得なかった理由のひとつは、中国にいわば“北朝鮮カード”を握られてしまったと見たからでした。このため、いったんこのゲームを流して、次の一手を考えようとしているのが、今のトランプ大統領なのでしょう。

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(出石)
これまでアメリカと北朝鮮の橋渡し役を務めてきた韓国の影響力に陰りが見えてきました。南北の閣僚級会談が一方的にキャンセルされるなど、先月の南北首脳会談でみられた融和ムードは一気にしぼんでいます。
アメリカと北朝鮮をつなぐキープレーヤーは中国に移ったとみるべきでしょう。アメリカと中国が対立すれば、北朝鮮は中国に接近してアメリカから離れていってしまいます。局面を打開してもう一度双方を対話のテーブルに引き戻すためには、米中関係の改善が不可欠だと思います。

(髙橋)
確かに、最大の焦点は米中関係です。ただ、権力の“1強態勢”を固めた習主席、まだ30代半ばの「独裁者」であるキム委員長に比べても、トランプ大統領が不利なのは“時間”です。すでに半年を切っている秋の中間選挙を乗り切るためにも、北朝鮮との核交渉で何とか得点を挙げたいという思惑が大統領にはあるのです。

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こちらをご覧ください。今月アメリカで行われた世論調査では、北朝鮮との核交渉を70%あまりが支持しています。与党・共和党の支持層に限れば85%。つまり圧倒的多数が米朝首脳会談に大きな期待をかけているのです。
これを3年前、オバマ前大統領がイランとの核合意を目指した当時と比べてみましょう。イランとの核交渉を支持していたのは半数にも届いていませんでした。だからこそ、トランプ大統領は今、イランとの核合意は「不完全だ」として離脱をためらわず、制裁を強化していると見ることも出来るのです。
トランプ政権は、世論の動向とりわけ自らの支持層の意見に極めて敏感な政権です。こうした世論の後押しがある限り、今後も北朝鮮との交渉自体に前向きな姿勢は崩さないのではないでしょうか。

(津屋)
私は、今後の焦点は、北朝鮮側の対応だと思います。北朝鮮の非核化に対する態度に大きな変化があれば、アメリカは首脳会談の開催を検討する可能性もあります。反対に、北朝鮮が万一、再びミサイル発射などの挑発に出れば、アメリカは、軍事攻撃に傾くことになるでしょう。
トランプ大統領は今回、マティス国防長官と協議し、必要なら軍の準備はできていることを確認したとしています。ただ、アメリカ軍の展開状況を見ると、即座に大規模な軍事作戦を実行できる態勢にあるようには見えません。アメリカ軍は、大統領が決断する場合に備える意味でも、空軍機を朝鮮半島に展開させたり、作戦計画の再確認をしたりして準備を進めてきました。それは、軍事攻撃ありき、ということではなく、準備する事実そのものが北朝鮮への圧力になるからです。
アメリカはこれまで、時の政権の判断で軍事行動を実行してきた国であることもまた事実です。引き続き、冷静に事態を見ていくことが大切だと思います。

(髙橋)
私は、トランプ大統領が「炎と怒り」に喩えた軍事的な威嚇を再び一方的に強めることは、難しくなったと見ています。むしろ今こそ問われているのは、指導者としての信念と見識です。

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かつてロナルド・レーガンは、レイキャビクで開かれたソビエトとの首脳会談で、核軍縮の見返りに宇宙空間を利用した防衛構想の破棄を求められ、決然と席を蹴りました。レーガンには、自分を選んだアメリカ国民を“核の人質”には断じて差し出さないという固い信念がありました。対するゴルバチョフ書記長にも、目先の利益だけにはとらわれない高い見識がありました。「これは決裂ではない。今後の話し合いへの第一歩だ」と述べ、やがて両首脳は冷戦終結へと道筋を付けたのです。
はたして、いまのトランプ大統領とキム委員長は、そうした大局的な見地に立った果断な指導力を発揮できるでしょうか?ひとつだけ確かなのは、このふたりにしか北朝鮮の核問題は解決できないという現実です。

(出石)
北朝鮮の非核化に向けた取り組みがこれまで何度も頓挫してきたことを考えれば「北朝鮮が核を手放すはずはない」という悲観的な見方も十分、理解できます。しかし重要なのは「北朝鮮が核を手放すか手放さないか」ではなく、どうすれば手放すのかを考え、それを実現するための戦略を立てることではないでしょうか。アメリカも北朝鮮も「対話の扉を閉ざしたわけではない」としています。主張の隔たりはあるにせよ、せっかく見えてきた山の頂きを諦めるのは早すぎるように思います。
存在感を強めてきた中国だけでなく、日本、韓国、ロシアなど関係国の働きかけもこれからいっそう重要になってくるでしょう。
アメリカと北朝鮮が再び対話に向かうのか、それとも非核化という目標がまた遠のいてしまうのか。今、きわめて重要な局面を迎えていることだけは間違いありません。
アメリカ担当の髙橋委員、軍事・安全保障担当の津屋委員とともにお伝えしました。

(出石 直 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員 / 津屋 尚 解説委員)

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