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「裁判員10年目へ 『見えなくなる』刑事裁判」(時論公論)

清永 聡  解説委員

市民が裁判官とともに刑事裁判の審理を行う「裁判員制度」。スタートから9年が経過し、10年目に入りました。
裁判は公開が原則です。しかし今、非公開の手続きが長期化しているほか、市民に開かれた司法という理念から、逆行するような課題もあります。
裁判員制度が抱える課題の中で、今回は刑事裁判の公開の現状を考えます。

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【解説のポイント】
●裁判が始まるまで、見えない期間が長くなっています。
●裁判が終わってからも、見えません。
●さらに裁判員裁判に限らず、法廷が傍聴席から見えないケースも増えています。

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【裁判が始まらない】
今年2月、JR千葉駅前で、1人で署名活動を続けていたのは、ベトナム国籍のレェ・アイン・ハオさんです。ベトナム国籍で小学3年生だった娘のリンさんは、去年3月、登校途中に連れ去られ、殺害されました。
父親のハオさんが署名を始めたのは、事件から1年近く経っても、裁判が始まらず、裁判所から連絡もないためでした。署名では早く被告に厳しい刑を与えるよう求めています。
私の取材に「被告が起訴されているのに裁判を始めないのはなぜか。遺族に何も知らせない裁判所の対応は理解できない」と話していました。

【課題①:長引く公判前整理手続き】
その後、この事件の裁判員裁判は、来月開かれることが決まりました。しかし、どうしてこの間、裁判は始まらなかったのでしょう。
それは「公判前整理手続き」があるためです。

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これまでは通常、逮捕、起訴されて、刑事裁判が始まります。しかし、裁判員制度は市民が加わるため、審理が長引くと裁判員の負担が重くなります。
そこで、裁判官と検察官、それに弁護士が争点や証拠の取り扱いを事前に話し合い、絞り込みます。これが公判前整理手続きです。その分、裁判を短くして、裁判員の負担を減らします。
リンさんの事件では、この非公開の手続きが5か月あまり続き、裁判の始まる時期が決まらなかったのです。

その公判前整理手続き。年々、長くなっています。最高裁によると、平均期間は最初の年は2.8か月だったのに、去年は8.3か月。複雑で大規模な事件ほど、長くなる傾向があります。手続きの期間が5年を超える事件もあります。
一昨年、相模原市の知的障害者施設で19人が殺害され、27人が重軽傷を負った事件も、現在公判前整理手続きが行われています。これだけ大きな事件になると、いつ、手続きが終わって裁判が始まるか。見通しは立っていません。
別の課題を指摘する人もいます。裁判員の経験者で作る交流団体の田口真義さんは、「手続きが長引けば、事件を詳しく知っているプロの裁判官と、何も知らない裁判員に情報格差が一層大きくなり、裁判員は裁判官に対して違う意見を言いにくくなる」と指摘しています。
制度の狙いは、裁判員裁判の迅速化です。しかし、迅速化と言っても、見えない非公開の手続きが、何年も続くことが果たして妥当と言えるのでしょうか。

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【課題②:終わった後も見えない】
裁判が終わった後の課題もあります。
裁判員を経験した人の数は、今年3月までに全国で83000人を超えました。当初期待されたのは、元裁判員が全国でその経験を語り、市民の刑事裁判への理解を深めることでした。
しかし経験を語る人が、増えているようには感じられません。
その背景として、「守秘義務」が指摘されています。裁判員は「評議」と呼ばれる話し合いの内容、そして事件関係者のプライバシーなどは、一生、守秘義務を守ることが求められます。これに対して、法廷で見聞きしたことや自分の考えは公にしても構いません。ただ、一般の人たちは、どこまでなら話しても大丈夫かがわかりにくいため、守秘義務を気にして口を閉ざしてしまう人が少なくないのではないでしょうか。市民団体からは「守秘義務を緩和すべき」という提言も行われています。

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【刑事参考記録の公開の仕組みを】
また、確定した後の裁判の記録の扱いにも問題があります。現在は、重要な裁判記録は「刑事参考記録」として法務大臣の指定で検察庁に保管されることとなっています。しかし、指定されている800件あまりが、どういう事件か、具体的な名前は明らかにされていません。閲覧も学術研究などの目的に限られ、一般に公開されているものではありません。
この問題では、先月、法務省がプロジェクトチームを作り、刑事参考記録の扱いについて、検討を始めています。
オウム事件など、裁判記録から教訓を学ぶこともできるはずです。重要な事件は保管期限が過ぎた後、一定の期間で国立公文書館へ移し、できるだけ市民に公開する仕組みを、整備してもらいたいと思います。

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【課題③:遮蔽と秘匿は慎重に検討されているか】
裁判員制度の目的の1つは、市民に開かれた司法を通じて、理解を深めてもらうことにあるはずです。
しかし、最近の刑事裁判を取材していると、こうした理念とは逆に、裁判員裁判に限らず、公開が十分と言えるのか、疑問を感じる法廷もあります。
ある法廷をスケッチした画です。高さ2メートルほどの「ついたて」が並んでいます。「遮蔽」と呼ばれる措置です。犯罪被害者を守るために導入されたもので、裁判官や裁判員は見ることができますが、被告あるいは傍聴席からは見えません。
この遮蔽が増加しています。最高裁によると、一昨年は裁判員裁判以外を含めて、1832件。10年前の1.7倍になりました。多くは被害者が希望し、裁判所が妥当だと判断した場合です。
しかし、本当に隠す必要があったのか疑問も残るケースもあります。
特別手配されていたオウム真理教の元信者の裁判員裁判では、死刑囚の証人尋問で、この遮蔽措置が取られました。弁護士によると、死刑囚は遮蔽を求めていませんでした。それでも、「死刑囚の心情」を理由に遮蔽が行われました。

【テレビモニターも切られる】
これだけではありません。被害者や証人が特定される情報を、法廷で明らかにしない制度も始まっています。
加えて、現在、多くの法廷に、証拠や図などを写すテレビモニターがありますが、取材していると傍聴席に向けたモニターだけ、スイッチを切ってしまうこともあります。
犯罪被害者を守ることは重要です。しかし、被害者以外のこうした個別のケースで、裁判所はどこまで慎重に検討して判断しているのでしょうか。

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裁判は公開が憲法で定められた原則で、非公開は例外です。その例外が、被害者保護などの法の目的を超えて、遮蔽や匿名が歯止めなく増えすぎることはないか。裁判所は明確な基準を作り、後から検証できるようにすることも必要ではないでしょうか。

【公開の原則を大切に】
江戸時代の名裁判官と言われた京都所司代の板倉重宗に、次のような逸話が伝えられています。彼は双方の主張を聞くとき、先入観を抱かないよう、彼だけが、当事者をあえて見ないようにして、耳を傾けて主張を聞いたというものです。

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今は、どうでしょうか。反対に自分たちだけが見て、傍聴席つまり市民には見せない、知らせないというのでは、この逸話とは逆です。
被害者の保護や裁判員の負担軽減も大切です。合わせて、憲法が定めた公開の原則をどう守り、どのようにバランスを取るか。
裁判員制度が10年目を迎えた今、市民に開かれた司法というその理念を、裁判所は、忘れないでほしいと思います。

(清永 聡 解説委員)

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