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「世界自然遺産『登録延期』が突きつけた課題」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

この夏の世界自然遺産への登録を目指してきた鹿児島県と沖縄県の4島について、ユネスコの諮問機関であるIUCN・国際自然保護連合が「登録延期」を勧告しました。日本の自然遺産推薦地が延期するよう勧告を受けたのは初めてのことで、国や地元自治体にとっても予想外の展開になっています。

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人類が未来へ引き継いでいくべき普遍的な価値を持つものとしてユネスコが定める世界遺産。日本には既に21の世界遺産がありますが、多くは文化遺産としての登録で自然遺産は屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島の4つだけです。

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 そして5番目の候補が、鹿児島県奄美大島と徳之島、沖縄県の本島北部いわゆる「やんばるの森」と、西表島にまたがる地域です。これらの島々はアマミノクロウサギやヤンバルクイナ、イリオモテヤマネコなど世界でもここだけにしかいない動植物の宝庫です。その生態系は、数百万年前に大陸から離れ、独自の生物進化を遂げたことで育まれたもので、専門家から高く評価されてきました。
 去年2月、日本政府はこれらの地域を世界遺産に推薦し、10月にはユネスコの諮問機関、IUCNの専門家による現地調査が行われました。このIUCNによる勧告を踏まえ、順調に行けば6月24日からバーレーンで開かれるユネスコの世界遺産委員会で登録が決まるという流れです。しかし今回、IUCNが推薦内容自体の見直しを求める「登録延期」を勧告しました。

 この「登録延期」勧告とはどういう意味を持つのでしょう?

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諮問機関の勧告には4段階あり、登録延期はそのうち下から2番目の低評価です。一番高い評価は「登録」にふさわしいというもので、過去の日本の4つの推薦地は全てこの評価を得てそのまま世界遺産委員会で登録が決まりました。諮問機関が「登録延期」を勧告しても、世界遺産委員会の議論で評価が変わる可能性もゼロではありませんが、今の推薦内容では世界遺産の要件を満たしていないと報告されているわけで現実的には登録は困難と言えます。中川環境大臣も8日の会見で、現在の推薦内容では登録は極めて難しいとして、推薦を一旦取り下げることも含め検討すると表明しました。
 登録延期が決まれば、推薦書には本質的な改定が求められ再提出できるのは早くて来年。しかもあらためて1年半に及ぶ諮問機関の審査を受ける必要があるため、世界遺産に登録されるのは最速でも2020年の夏となります。

 なぜこうした厳しい評価になったのでしょう?報告書では多くの課題が指摘されています。

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 最大の課題と言えるのは、日本政府が推薦した地域の設定そのものが不適切で見直しが必要だというものです。推薦地は4島あわせておよそ3万8千haに及びますが、その内訳は24もの地域に細分されています。特に沖縄の北部と奄美大島だけで20か所に分かれています。全体では面積が100haに満たない所が11か所、10ha未満の所も4か所あります。勧告では、こうした小さな飛び地は世界遺産の価値がなく除外すべきだと指摘しています。日本側は狭くても絶滅危惧種の貴重な生息地であることなどから推薦地に含めたものの、IUCNは世界遺産とするには独立した生態系として今後も成り立つ十分な規模が必要だと判断したと見られます。
 逆に日本が推薦地に入れていなかったアメリカ軍北部訓練場の返還地を推薦に含めるべきだという指摘もありました。4000haに及ぶ返還地によって分断された推薦地の幾つかを結びつけ、十分な広さの生態系を確保することが求められているのです。この辺りは近年、世界遺産に求められる条件が厳格さを増しているとも言われる中で日本政府の見通しが甘かったと言えるかもしれません。

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 他にもいくつもの課題が指摘されました。まずマングースやノネコ、つまり野生化した猫など、外来種への対策をさらに推進すること。例えば奄美大島では山林に住み着いたノネコだけで1千匹いるとも推測され、肉食ほ乳類のいない環境で進化してきたアマミノクロウサギなどを襲う被害も発生しています。これを山の中から捕獲・排除する計画を実現できるのかが課題のひとつです。
 観光客などの増加にどう対応するかの管理計画も求められています。今回の推薦地は車で簡単に入れる場所にも絶滅危惧種の生息地があります。イリオモテヤマネコやヤンバルクイナなどが自動車にひかれる事故が既に多発しています。希少な生物の違法採取も起きています。絶滅危惧種の生息地にはゲートを設けて登録されたガイドが同行するエコツアーに限定するなど実効性のある対策が必要でしょう。
 もう一つ指摘されたのが「モニタリング」の重要性です。人為的な影響、地球温暖化で絶滅危惧種の生息状況がどう変わるかなども継続的に調べるモニタリングの仕組みが求められています。
 こうして見ると、指摘された課題を全てクリアするには自治体や地権者との話し合いなどを含めかなりの時間や労力がかかるでしょう。実際、地元からも延期勧告を残念とする一方で、まだ対策が行き届いていない面もありこれを機にしっかり対応していきたいとする声も挙がっています。

 確かに世界遺産登録という目標があるからこそ、国立公園への指定が進んだり環境対策の予算が付きやすくなる面もあるでしょう。しかし、世界遺産になったらそれで終わりではありません。登録後は観光客増加による環境破壊などを防ぐ取り組みはさらに強化しなくてはなりませんし、仮に登録後環境が悪化すると「危機遺産」と呼ばれる一種のブラックリストに載せられることもあります。

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 そういう意味で世界遺産になることは最終的なゴールではなく、かけがえのない自然を次世代に受け継いでいくことを世界に向け約束するスタートだとも言えるのです。
 報告書では、4島が絶滅の恐れのある貴重な動植物の宝庫であり生物多様性に富んでいることは高く評価されています。課題への対策をきちんと講じれば世界遺産に登録される可能性は十分あります。
 だからこそただ拙速に世界遺産登録を目ざすのではなく、なんのために、そしてどのようにこの自然を守っていくのか?国と自治体、地域住民と観光業界などの関係者がさらにコミュニケーションを深めて、課題解決を着実に進めて欲しいと思います。

(土屋 敏之 解説委員)

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