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「米大使館移転 パレスチナ問題の行方」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■イスラエルは、きょう、建国から70年を迎えました。
これに合わせて、アメリカのトランプ政権が、
大使館をテルアビブから、エルサレムに移転しました。
エルサレムを将来の独立国家の首都と位置づけるパレスチナは激しく反発し、
各地で抗議行動を行っています。
遠のく和平と、行き詰まったパレスチナ問題の行方を考えます。

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■アメリカ大使館のエルサレム移転の式典は、14日、日本時間の今夜10時から、
エルサレム南部にあるアメリカの総領事館で行われました。
総領事館を暫定的に大使館に格上げする形での移転です。
しかし、一部の国を除いて、ほとんどの国は、式典への出席を見合わせました。
アラブ諸国やイスラム諸国もトランプ政権が大使館を移転させたことに
反発や不快感を示しています。

大使館の移転は、
極端なイスラエル寄りの姿勢をとるトランプ大統領の中東政策を象徴する動きです。
苦戦が予想される秋の中間選挙を前に、選挙戦中からの公約を実行することで、
自らの支持者を繋ぎ止める狙いがあると見られます。
しかし、聖地エルサレムの帰属に関わるこの問題は、人々のアイデンティティに直結し、
イスラエルとパレスチナの和平交渉を崩壊させる危険性があることを
十分に考慮した様子は窺えません。

パレスチナ人たちは大規模な抗議行動を行っています。
ガザ地区ではきょうすでに、イスラエル軍との衝突で少なくとも41人が死亡、
900人以上がけがをしました。
あす15日は、イスラエルの建国にともない、多くのパレスチナ人が難民となり、
苦難の歴史が始まった記念日とされ、衝突の拡大が懸念されます。

トランプ政権は、近く双方に新たな和平案を示すとしていますが、
パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は激しく反発しており、
今後、トランプ政権との接触じたいを拒否する姿勢です。

1993年の「パレスチナ暫定自治合意」、通称「オスロ合意」を基礎として、
四半世紀にわたって積み上げられてきた和平交渉は、完全に行き詰まりました。
「オスロ合意は死んだ」と断言する専門家も少なくありません。

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■今、問題になっているのは、
1967年の第3次中東戦争で、イスラエルが占領し、一方的に併合を宣言した
エルサレムの東半分、「東エルサレム」の帰属です。
ここには、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が集中しています。

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▼イスラエルは、エルサレムは、
「東も西なく不可分であり、イスラエルの永遠の首都だ」と主張しています。

▼これに対し、パレスチナ側は、東エルサレムは、
イスラエルが国際法に違反して占領を続けている土地で、
「将来のパレスチナ国家の首都」だと主張しています。

■なぜ、和平交渉は行き詰まったのでしょうか。

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▼仲介役として公平であるべきトランプ政権が、
イスラエル一辺倒の姿勢をとり続けていることが、
パレスチナ側を憤激させたのは確かです。
しかし、和平交渉が挫折した原因は、もっと根深いところにあります。

▼まず、イスラエル側の入植活動によって、
「パレスチナ国家」の樹立が、ほぼ不可能になったことです。
和平交渉は、パレスチナ国家を実現させ、イスラエルと平和共存させる
「2国家共存」を目標としてきました。

そして、パレスチナ側は、イスラエルが第3次中東戦争で占領した
ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、東エルサレムを合わせた
すべての領土を要求しています。

ところが、イスラエルは、国際法で禁止されている入植活動を進めました。
ヨルダン川西岸地区には120か所以上、
東エルサレムには10以上の入植地が建設されました。

パレスチナ側から見れば、将来、独立国家となるはずの領土が、
入植地によって侵食・分断され、国家の体をなさなくなってしまうということです。
イスラエルのネタニヤフ政権は、入植地拡大を加速させており、
トランプ政権もこれを止めようとしません。

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▼次に、「和平の実現はもはや不可能」という認識が、
イスラエル、パレスチナ双方の社会で広がっていることです。
和平交渉は、双方の暴力や不信感によって、4年以上行われておらず、
再開の見通しも全く立っていません。
イスラエル社会は右傾化が進み、
入植者など強硬な右派勢力が政治の主導権を握りました。

一方、パレスチナ側では、和平路線を推し進めてきたアッバス議長が求心力を失い、
イスラエルに対する武装闘争を続けるイスラム組織「ハマス」が
ガザ地区を支配する「分裂状態」が、11年も続いています。

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去年暮れ、パレスチナ側で行われた世論調査では、
「2国家共存」による解決は、「もはや不可能だ」と答えた人は60%に上り、
「まだ可能だ」と答えた人(37%)を大幅に上回りました。
和平を推進してきたパレスチナの専門家も、悲観的な見方を示しています。

【パレスチナの政治アナリスト  ガッサン・ハティブ氏】

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「イスラエルとパレスチナの“2国家共存”の可能性は、
ほぼ消滅したと思います」。

■今月、私は、東エルサレムとヨルダン川西岸地区を訪れました。

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イスラエル政府が、テロを防ぐためという理由で、
一方的に建設した壁がどこまでもそびえ立ち、
双方の行き来はおろか、最低限のコミュニケーションの機会さえないのが現実です。

■それでは、和平交渉が完全に行き詰まった現状をどうすれば良いのでしょうか。

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▼まず、「パレスチナ暫定自治合意」に代わる
新たな和平交渉の枠組みをつくることが必要だと思います。
ただし、「2国家共存」という和平の大目標を改めて確認することが大切です。

と言いますのは、
「2国家共存」をあきらめて、「1国家による解決」を目指しても、
決してパレスチナ問題の解決には至らないという主張が、
イスラエル側の専門家からも出ているからです。

【イスラエルの政治アナリスト ヨシ・アルファー氏】

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「イスラエルとパレスチナは、2つの民族が暮らす国。
パレスチナ人が2級市民となる“アパルトヘイト”の国になろうとしています」。

イスラエルがパレスチナ住民を力で支配する国と言えば
かつての南アフリカの「アパルトヘイト=人種隔離政策」のような国をイメージさせ、
「民主的なユダヤ人国家」というイスラエル建国の理念から
かけ離れてしまうという危機感です。
しかも、パレスチナ人の方がユダヤ人よりも人口増加率が高いという現実があります。

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▼新たな枠組みの和平交渉が実を結ぶまで、現状凍結が必要です。
とくに入植活動は、全面的に停止させなければなりません。

▼そして、双方の市民レベルで、少しずつ信頼醸成を図り、
「平和共存を目指す世論」を育ててゆかなければなりません。
そのためにも、パレスチナの人々には
将来への希望を与え続けなければならないと感じます。

■今回、トランプ政権が、大使館をエルサレムに移転したのは、
これまでの国連安保理決議を無視した行動です。
先週、イランの核合意からの一方的な離脱を表明したことと合わせて、
アメリカ自身が関わってきた国際的な約束を反故にするもので、
無責任という批判は免れません。
パレスチナ側は、アメリカだけが仲介する和平交渉の枠組みを拒否しています。
国連、EU・ヨーロッパ連合、ロシア、中国に加え、日本に対しても、
和平交渉の仲介役に参加してほしいと訴えています。
トランプ政権が資金の拠出を停止したため、
窮状に陥ったおよそ530万人のパレスチナ難民への支援も合わせて、
国際社会には、新たな現実に即した緊急の対応が求められています。

(出川 展恒 解説委員)

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