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「イラン核合意 アメリカ離脱の衝撃」(時論公論)

出川 展恒  解説委員
髙橋 祐介  解説委員

(出川)
アメリカのトランプ大統領が、「イラン核合意」から離脱し、イランに対する経済制裁を再開すると発表しました。これに対し、イランのロウハニ大統領は、当面、核合意にとどまる方針を示したものの、今後、核合意が有名無実化し、崩壊につながる恐れもあると指摘されています。トランプ大統領の決定が、イラン核合意と国際情勢に与える影響について、アメリカ担当の髙橋解説委員とともに考えます。
髙橋さん、トランプ大統領の今回の判断をどう見ましたか。

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(髙橋)
イランとの核合意を“史上最悪”とまで呼んだトランプ大統領ですから、離脱の表明そのものに驚きはありません。市場への影響も今のところ限定的です。しかし、イランによる核保有を阻止するため、枠組みづくりの先頭に立ってきたアメリカが、みずから合意に背を向けた影響は決して小さくないでしょう。国際的な秩序を維持する責任感もリーダーシップも欠いたまま一方的に下された“大統領の決断”。そんな印象を受けました。

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(出川)
イラン核合意は、ウラン濃縮活動など、イランの核開発を大幅に制限する代わりに、関係国がイランに対する制裁を解除するというもので、オバマ前政権が3年前、他の主要国とともにイランとの間で結びました。当時、軍事衝突の恐れもあったイランの核問題を、外交交渉で解決に導く「歴史的な合意」だと言われました。
ところが、トランプ大統領は、国連安保理決議のお墨付きも得た国際合意から一方的に離脱しました。それは、なぜでしょうか。

(髙橋)
トランプ大統領は「合意には根本的な欠陥がある」として、主な理由を3つ挙げています。

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▼1つは、イランによる核開発に対する制限に10年から15年という期限が設けられていることです。期限を過ぎれば、イランが核兵器の開発を進め、中東に軍拡競争の危機が迫ってくるのは“火を見るより明らかだ”というのです。▼2つ目は、弾道ミサイルの開発を制限していないことだとしています。現にイランは合意の直後から、イスラエルも射程に収める中距離弾道ミサイルの発射実験を行うなど、関係国に脅威を及ぼしているというのです。▼3つ目は、イランが周辺国で「テロ組織」とアメリカが看做す勢力を軍事的・経済的に支援している現状を、いわば野放しにしているというのです。こうした“不完全な合意”を放置すれば、いずれ中東に核戦争が勃発しかねない。そうトランプ大統領は主張します。合意から離脱したのはイランに対し、より厳しい“新たな合意”をめざすためだというのです。

(出川)
イランの核開発は、北朝鮮のそれとは異なり、必ずしも、アメリカ本土の安全にとって重大な脅威とは言えないと思いますが、トランプ大統領が合意から離脱したのは、イスラエルやサウジアラビアなど、イランと敵対する同盟国の意向を考えたからではないですか。

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(髙橋)
確かにサウジアラビアとイスラエルは、今回のアメリカによる合意離脱を歓迎し、支持する立場を表明しています。とりわけイスラエルのネタニヤフ首相は先週「イランが国際社会を欺いて、密かに核兵器の開発に手を染めていた証拠を入手した」と発表して見せました。ただ、証拠とは言っても過去のもので、発表の中身に新味はありません。そんなネタニヤフ首相とイランに対する強い不信感を共有するトランプ大統領。秋の中間選挙に向けて、イスラエルの安全保障を最優先にすることで、イスラエル寄りのみずからの支持層にアピールしたい狙いがあったのでしょう。

(出川)
続いて、トランプ大統領の決定が、イラン核合意にどういう影響を与えるか。核合意は今後も存続できるかについて考えます。トランプ大統領は、合意からの離脱だけでなく、イランに対し、「過去最大級」と呼ぶ制裁を発動すると発表しましたね。

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(髙橋)
大統領が検討を指示した制裁措置は、イランの中央銀行などと取引する外国の金融機関や、イラン産の原油取引に関わる企業を対象としています。ただ、そうした制裁を実際に発動するまでに、90日と180日という2段階の猶予期間が設けられています。トランプ大統領は数か月以内に「過去最大級の制裁」を発動するとしています。しかし、その具体的な中身はまだわかりません。

(出川)
つまり、これは、イランの貿易、とくに、主要な収入源である原油の輸出を妨げることを狙った制裁と言えるわけですね。

(髙橋)
少なくともそう言えると思います。ただ、私はトランプ大統領が会見の中で、結局のところ「イランの指導者も新しくて継続可能な合意を欲するだろう」と発言したことに注目しています。イランとの交渉の扉を決して閉ざしたわけではないというのでしょう。原油輸出による収入源を断ち切る構えを見せることで、イランに圧力を加え、交渉を有利に運びたい。そうしたトランプ流の強気のかけ引きが見え隠れしています。

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こちらをご覧ください。去年イランと原油や石油製品を取引した相手国の割合です。取引相手の6割以上がアジア。いわば“一番のお得意様”は中国です。中国や産油大国のロシアは、アメリカがイランに対する制裁強化に同調するよう呼びかけても、応じないかも知れません。その場合、核合意から離脱したアメリカだけが、影響力を失うことにもなりかねません。そうした最悪の事態を大統領が、どこまで想定しているか、定かではないのです。

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(出川)
イラン側の反応ですが、ロウハニ大統領は、「アメリカは約束を守らない国だ」とトランプ大統領を強く非難しながらも、核合意には、当面、とどまる方針を示しました。アメリカ以外の関係国、すなわち、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国が、合意を守ってゆく方針を明確にしていますので、イランとしては、これらの国々が合意を維持してくれることに期待をかけているのだと思います。
ただし、ロウハニ大統領は、今後、イランの国益が尊重されていないと判断すれば、「ウラン濃縮を制限なしに再開することも辞さない」と警告しています。アメリカ以外の国が、トランプ政権から圧力をかけられるなどして、イランとのビジネスから手を引くなら、核合意を守る意味がなく、離脱もやむを得ないと言うことです。
また、イラン国内では、これまで劣勢に立たされていた保守強硬派が巻き返しを図ることも予想され、イランがいつまで核合意にとどまり続けるかは、わかりません。アメリカの離脱をきっかけに、核合意の枠組みが崩壊に向かう可能性も否定できません。

ここから、国際情勢への影響について見て行きます。トランプ大統領は合意離脱の発表の中で、たびたび北朝鮮に言及しましたね。

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(髙橋)
北朝鮮への影響をトランプ大統領が強く意識しているのは確かでしょう。キム委員長が、仮に北朝鮮の非核化に応じても、イランと同じように見返りの約束を反故にされかねない。そう考えたとしても不思議はないからです。しかし、北朝鮮はイランとは違って、すでに核兵器を持っていると宣言しています。むしろ核兵器の開発は断じて許さない。そうしたイランに対する強硬姿勢は、北朝鮮からも譲歩を引き出す材料になると、トランプ大統領は考えているのかも知れません。
イランとの核合意離脱に北朝鮮がどのように反応するのか?それは米朝首脳会談に向けた焦点のひとつになってくるでしょう。

(出川)
私が心配していますのは、中東地域の軍事的な緊張が高まることです。すでに最近、イスラエルは、イランがシリア領内に築いた軍事拠点に空爆を繰り返していますし、アメリカに続いて、イランも核合意から離脱して、ウラン濃縮活動を加速させる場合には、イスラエルが、イランの核施設を軍事攻撃する危険性も再燃するでしょう。さらに、イランと中東の覇権を争うサウジアラビアが、核の獲得をめざすことも考えられます。

(髙橋)
トランプ大統領は、イランによる核開発を封じ込めようと、合意離脱に踏み切りました。しかし、シリアの内戦からアメリカは速やかに手を引きたいと、相矛盾する発言もしています。はたしてトランプ大統領はどのような中東政策を構想しているのか?確たる見通しもないままに、いわば“危険な賭け”に出たかたちです。

(出川)
見てきましたように、今回のトランプ大統領の決定は、最悪の場合、イラン核合意を崩壊させる危険もはらんでいます。一方、トランプ政権が、今後、日本に対しても、対イラン制裁に協力するよう求めてくることも考えられ、イランとのビジネスを進めようとしていた日本企業は、対応に苦慮することになります。
今後、さまざまな影響が出るのは避けられません。各国がどう対応するか、注意深く見守る必要があります。

(出川 展恒 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員)

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