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「トランプ大統領は『ニクソン外交』を目指すか」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員

北朝鮮の非核化は実現できるでしょうか?南北首脳会談が終わり、次の焦点は、トランプ大統領とキム委員長による初めての米朝首脳会談の成否に移ります。
拉致、核、ミサイルの問題を解決へと動かす絶好のチャンスだ。そうした期待は無論あるでしょう。目ぼしい成果など期待できないのではないか?北朝鮮は再三約束を反故にしてきたことから、そう疑念を抱く見方もまたあるでしょう。
こうした大舞台を控えて、頭をよぎるのは、半世紀近く前、アメリカが同盟国・日本のいわば頭越しにアジアの安全保障地図を塗り替えたニクソン大統領による北京との電撃的な握手です。中国との接近をはかったニクソンと、北朝鮮との首脳会談に臨むトランプ大統領、ふたりの外交を比較して、今後の展望を考えます。

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ポイントは3つあります。

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▼まずニクソン政権の米中接近とトランプ政権の米朝交渉。時代も取り巻く環境も違う両者には、何が共通しているでしょうか?
▼次に“秘密外交”と同盟国。あの“ニクソンショック”に匹敵するいわば“トランプショック”は決してないと断言できるでしょうか?
▼そして“ロシア疑惑”とウォーターゲート。アメリカ史上ただひとり任期途中で大統領辞任に追い込まれたニクソンは、何が命運を分けたのでしょうか?

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トランプ大統領はおよそ30年前、すでに政界から退いたリチャード・ニクソンから直筆のサイン入りの手紙をもらい、今も大切に保管していると言います。
テレビに出演したトランプ氏を妻が見て、この人はいつ選挙に出てもきっと勝つはずだと予想している。そんな短い文面でした。なぜニクソンがあまり面識もなかったトランプ氏にわざわざ手紙まで書いたのか、今となってはわかりません。しかしトランプ氏は実際に大統領に当選した直後、このエピソードを誇らしげに語ってみせました。

ベトナム反戦運動には加わらない「声なき大衆」を意味した「サイレントマジョリティ」。当時の保守派がこぞって唱えた「法と秩序」=「ロー&オーダー」そうしたニクソン時代の含みがあるフレーズを今も大統領は好んで口にします。
何を仕出かすかわからないマッドマンを敢えて装うことで、相手を疑心暗鬼に陥らせ、みずからが主導権を握る。そうしたトランプ大統領の交渉手法は「マッドマン理論」と呼ばれ、これもニクソンがベトナム戦争の幕引きをはかった際に試みたものでした。
巧みな外交手腕で知られたニクソンのように歴史的業績を残したい。みずからを「交渉の達人」と称するトランプ大統領には、きっとそうした独特の思い入れがあるのでしょう。

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ニクソン外交の奥深い戦略性、その粋を集めたのが、1972年の米中接近でした。
当時のアメリカは北京の共産党政権ではなく、台湾の国民党政権と国交を結んでいました。東西冷戦の最中ソビエトと対立していたニクソンは、モスクワと北京の中ソ対立が深まり、軍事衝突から全面戦争の危険が兆してきたことに目をつけます。「敵の敵は味方になり得る」そうした力の均衡の論理に従って、イデオロギーにはとらわれず、北京と急接近をはかったのです。
腹心のキッシンジャー補佐官は、密かに仲介役を務めた訪問先のパキスタンから雲隠れし、国務省にも知らせず極秘裏に北京を訪問。周恩来首相らと膝詰めの折衝の末、翌年のニクソンと毛沢東主席の歴史的な握手に道筋を付けました。
機密を解かれた当時のアメリカの公文書は、▽ニクソンにはベトナム戦争からの名誉ある撤退という公約実現のため、北京から協力を取り付ける狙いがあったこと、▽ソビエトをけん制したいという米中共通の狙いがあったことを示しています。
しかし、当時の日本は、「反共の急先鋒」としてならしたニクソンが、まさか北京といきなり手を結ぶとは、兆候すらつかめませんでした。ニクソン訪中で合意という驚愕の報せが世界を駆け巡る直前、あわただしく通告を受けました。
世に言う「ニクソンショック」として戦後の外交史に刻まれた痛恨の出来事でした。私たちは、そこからどんな教訓を学び取ったでしょうか?

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今月1日のイースターの週末、当時CIA長官だったポンペイオ国務長官は、まるでキッシンジャー極秘訪中をなぞるかのように、限られた随行員とともに韓国のソウル近郊にある空軍基地から密かにピョンヤンに入り、キム委員長と1時間以上面会したことが明らかになっています。北朝鮮には非核化に応じる意思がどれだけあるのかを見極めるためでしょう。
いわゆる独裁国家とのトップ外交には秘密がつきものです。アメリカ政府内でも仮に情報が漏れたら、議会やロビー団体、関係国からも反対や注文をつけられ、交渉の手が縛られてしまう恐れがあるというのです。ポンペイオ長官がアメリカに帰国してから日本は内報を受けました。
先の日米首脳会談は、▼アメリカは日本の拉致問題を提起すること、▼あくまでも北朝鮮の完全かつ検証可能、後戻りの出来ない核放棄を求めること、▼そして具体的な行動が確認されるまで、経済制裁による最大限の圧力は継続することを確認しています。そうした合意が守られる限り、トランプ大統領が安易な妥協に走る可能性は低いでしょう。しかし、どんなに首脳同士で信頼と友情を深めても、同盟関係は不断に点検しなければなりません。アメリカ政治も“一寸先は闇”、情勢は必ず変化するからです。

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現に、米中接近と、その影響に焦ったソビエトとの緊張緩和も進んだことで、ニクソンは支持率を回復し、再選をかけた大統領選挙に圧勝しました。
ところが、キャンペーン中に対立陣営に盗聴器を仕掛けようと侵入したウォーターゲート事件が発覚し、ホワイトハウスの中枢が事件をもみ消そうと捜査を妨害したのではないか?そうした疑惑をメディアが追及します。
ターニングポイントとなったのは、政権から独立して疑惑を捜査する特別検察官の解任に踏み切ったことでした。世論の猛反発を浴びたニクソンは、議会による弾劾訴追が確実となった段階で、みずから辞任を余儀なくされたのです。

当時の議会は上下両院とも、野党・民主党が多数を占めていました。これに対して、現在は上下両院とも、与党・共和党が多数を占めていますから、トランプ大統領が、いわゆるロシア疑惑で弾劾訴追される可能性は低いでしょう。
しかし「疑惑など存在しない」「魔女狩りだ」「フェイクニュースだ」そう言い放つ大統領が、捜査を指揮するモラー特別検察官の解任に動いた場合、世論の反発は避けられそうもありません。

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しかも、秋の中間選挙で与党・共和党は苦戦が予想されています。もし野党・民主党が下院で過半数を奪還すれば、大統領の弾劾訴追は現実味を帯びてきます。では、どうすれば選挙を勝ち抜くことが出来るのか?かつてのニクソンと同様に現実主義のトランプ大統領が、北朝鮮との外交で支持率アップをはかるのは、いわば必然とも言えるでしょう。キム委員長とのトップ交渉を何が何でもディールに持ち込みたい。そんな大統領の視界から、同盟国への配慮や約束が抜け落ちてしまう懸念が拭えません。

外交に理念や原則というものが欠落し、ひたすら“眼に見える成果”を手にしようと急ぐトランプ大統領。そこには、この大統領に特有の突破力に期待する一方で、前のめりの危うさを感じます。ニクソン外交が私たちに教えるのは、日米が固い同盟関係を結んでも、互いの国益がぴたり一致するとは限らないという現実です。常に情報のアンテナを広げ、アメリカへの信頼だけには頼らない、したたかで冷徹な計算を怠ってはならないでしょう。

(髙橋 祐介 解説委員)

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