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「迫るアメリカの貿易赤字削減圧力」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アメリカが日本との二国間の自由貿易協定にむけて攻勢を強めています。その背景には何があるのか、日本はどう対応すべきか、この問題について考えたいと思います。

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解説のポイントは3つです。

1)    アメリカの二国間協定へのこだわり
2)    日本が新たな協議をもちかけた経緯
3)    難しい協議にどうのぞむか です。

今回の日米首脳会談では貿易や投資などを協議する新たな枠組みの創設で合意しました。しかし会談後の記者会見では、日本がアメリカに対しTPP=環太平洋パートナーシップ協定へ復帰するよう呼びかけたのに対し、アメリカはあくまで二国間の貿易協定を望み双方の思惑の違いが鮮明になりました。

ではアメリカが二国間の交渉にこだわるのはなぜでしょうか。最大の理由が対日貿易赤字の大きさです。

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こちらは去年1年間のアメリカの貿易の統計のグラフです。日本に対する貿易赤字は、中国メキシコに次いで3番目の大きさですが、それでも688億ドル日本円で7兆3000億円あまりにのぼっています。
トランプ大統領の理屈では、貿易赤字がアメリカの労働者の雇用を奪う元凶となっています。そこで秋の中間選挙を前に、日本などからの鉄鋼やアルミ製品の輸入を制限する措置をとりました。さらに、日本との間では二国間の自由貿易協定を結び、手っ取り早く赤字を縮小したいという思惑があります。

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なかでもターゲットとしているのが自動車と牛肉です。アメリカは、日本でアメリカ車が売れないのは、日本の安全規制やメーカー系列の販売網などの非関税障壁があるからだと主張しています。さらに牛肉をめぐっても38点5%という高い関税が、輸出拡大の障害となっていると主張しています。 トランプ大統領は日本に対し、安全保障上の同盟国であっても経済問題で容赦はしないという非情な顔を見せ始めました。むしろ同盟国であることを逆手にとって、安全保障と経済の問題を絡めながら、理不尽な要求をつきつけてくることも考えられます。

 これに対し日本側は、二国間の協定はなんとしても避けたい考えです。アメリカは巨大な市場を抱え、譲れる分野も多いだけに、日本にも大幅な自由化を求めてくることが予想されるからです。このため日本は様々な防波堤を築こうとしてきました。

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その一つが麻生副総理兼財務大臣とペンス副大統領をトップとする日米経済対話です。この中で日本は経済問題を安全保障から切り離し、日米間の経済協力を深めるための話し合いを目指しました。そこには自由貿易協定から目をそらして時間を稼ぐ狙いもあったようです。しかし、アメリカ側は貿易赤字を減らすための具体策にはつながらないと、不満を強めていました。

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アメリカをのぞく11か国で進めたTPP11も、二国間協定を求めるアメリカの矛先をかわす狙いがありました。さきに多国間で協定を結んでおけば、アメリカが農産物の関税引き下げで大幅な譲歩を求めてきても、「TPP以上の譲歩はできない」と拒むことができると考えているのです。このため、TPP11の発効を急ぎ、将来のアメリカの復帰を求める戦略をかかげています。

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これに対しトランプ大統領は、一時、TPPへ復帰する検討を指示したと伝えられました。しかし先週の記者会見では「TPPには戻りたくない。拒めないほど魅力的な働きかけがなければ戻ることはない」と明言しました。TPPの協定の内容が、アメリカに有利なように変更されなければ復帰はないという考えを示したものです。一方、日本は、当初の合意内容を変えないという前提で、TPP11の協議をまとめてきました。それだけにアメリカの要求に答えようとすれば、残る十か国とアメリカとの間で、いわば板挟みとなってしまいます。
このように二国間の自由貿易協定を避けるためにTPPを防波堤にする戦略も容易ではなさそうです。そうした中で、日本が新たに持ちかけたのが、貿易や投資などを協議する新たな枠組みです。

 この中で何が話し合われるのかはまだ決まっていませんが、この協議を巡っては注目すべき点が二つあります。

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ひとつは、この協議の名称に、アメリカの要望で互恵的、という言葉がつけ加えられたことです。この互恵的というのは、お互いに利益があるという意味ですので、たとえば自動車などの分野で「日本がアメリカへの輸出で恩恵を受けているなら、アメリカも日本への輸出を増やしてメリットを享受したい」と強硬に主張してくることが考えられます。

 もうひとつはアメリカ側の担当者がライトハイザー通商代表となったことです。ライトハイザー氏は1980年代にアメリカ通商代表部次席代表として交渉の最前線にたち、日本側に鉄鋼製品の輸出自主規制を認めさせたタフネゴシエイターです。今回合意したのはあくまで貿易と投資を拡大するための協議ですが、歴戦の交渉人がひとたび1対1の話し合いの場につけば、協議の場を踏み台にして自由貿易協定を強硬に迫ってくることも予想されます。

 こうしたアメリカ側の攻勢に対し、日本はどう対応したらよいでしょうか。

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一つは輸出量と輸入量を比べるだけで、一方の国が得をしているとか、損をしているとか、そうした単純なものではないことをよく理解してもらう必要があります。
アメリカ国内にある日系の企業が、アメリカから海外に輸出した製品の額は、年間787億ドル日本円でおよそ8兆5000億円に達しています。これはアメリカの対日貿易赤字に匹敵する額で、外国の企業としてはアメリカの輸出に最大の貢献をしています。また日系の自動車メーカーが現地で生み出す雇用は関連企業も含めて、150万人にのぼるとされています。日本は新たな協議の場でも、アメリカ経済に対する総合的な貢献について説明し、理解を得る努力を続けるべきだと思います。

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もう一つはあくまでTPPへの復帰を訴えることです。たとえばアメリカの求める牛肉の関税については、TPPに入れば、現在の38点5%から最終的に9%まで引き下げられることになります。日本としてはTPP協定以上の関税の引き下げはできないけれども、現状の協定に加わるだけでもアメリカの輸出拡大に大きな効果をもたらすことを、粘り強く説いていくことが必要でしょう。
さらにアメリカは、知的財産権侵害などを理由に中国からの輸入品に高い関税をかけようとしています。この問題についても、国際ルールに反する一方的な措置に頼るのではなく、TPPに加盟し価値観を同じくする者同士が結束して中国に圧力をかけていく必要があります。日本としてはアメリカとの協議の場を通じてそう説得していくことも日本に求められる役割でしょう。

 最後に今回の首脳会談で、気になることがありました。

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安倍総理大臣は、アメリカが鉄鋼などの輸入品にかける高額の関税から日本を除外するように求めましたが、トランプ大統領の答えは、「新たな合意ができれば将来除外できるだろう」というものでした。いわば高関税からの除外をてこに、貿易赤字の削減につながる協定の締結をせまっているかのようです。しかしアメリカの輸入制限措置はそもそも国際ルールに違反しています。正当性に欠く一方的な措置を取引の材料とされ、譲歩をするようなことがあってはならないと思います。

今後の協議でアメリカ側は秋の中間選挙に向けて、日本との貿易赤字削減という目に見える成果をとりにくるでしょう。これに対し日本は、自由貿易の原則を貫きながら、アメリカ側の理解を得られる落としどころをどう見つけていくのか。難しい局面が続くことになりそうです。

(神子田 章博 解説委員)

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