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「核実験中止 北朝鮮の『理屈』を読み解く」(時論公論)

出石 直  解説委員

北朝鮮をめぐって、また大きな動きがありました。核実験とICBM=大陸間弾道ミサイルの発射実験を中止し、核実験場を廃棄すると表明したのです。今週、金曜日(27日)に開かれる韓国のムン・ジェイン大統領との南北首脳会談、その後に予定されているトランプ大統領との米朝首脳会談を意識しての動きであることは間違いありません。今回の発表から北朝鮮のどんな意図が読み取れるのか、詳しく見ていきたいと思います。

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【並進路線】
今回の決定で注目されるのは、「並進路線」について言及していることです。
経済建設と核開発を同時に行う「並進路線」は、キム委員長自らが打ち出したいわば看板政策でした。

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今回の決定では「並進路線という歴史的偉業が達成された」として、これからは「経済建設に総力を集中する」としています。
「経済建設」と「核開発」という「並進路線」の2枚看板のうち、これからは「経済建設」に集中するというのです。

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北朝鮮が今、置かれている状況をこんな絵で表現して見ました。
キム委員長が立っているのは、南北首脳会談に通じる山道です。さらにその先には、史上初めての米朝首脳会談というより険しい山を登らねばなりません。
しかしその行く手には、「非核化」という関所が待ち構えています。
2つの山を登るためには「並進路線」という重い荷物を降ろさざるを得なかった、ということではないでしょうか。

【核保有国の論理】
では、北朝鮮は核開発を諦めたのでしょうか?
結論から先に申し上げますと、少なくとも現時点では「ノー」と言わざるを得ません。

その理由をもう少し詳しく見ていきます。

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北朝鮮の発表です。
「核兵器の兵器化が完結した」「世界的な軍事強国の地位に立った」
「もはや核実験やICBMの発射実験も必要なくなった」

つまり、「核開発」と「経済建設」という2つの目標のうち、「核開発」は完了したので、これからは「経済建設」に集中すると言っているのです。本当に核武装が完成したのかどうかは疑問の残るところですが、少なくとも「核開発」の看板を下ろした訳ではありません。

キム委員長は、次のようにも発言しています。
「わが国に対する核の脅威や核による挑発がない限り、核兵器を使用しない」
「核兵器や核技術を移転しない」

一見、前向きな発言とも受け取れますが、これはまさに核保有国の論理です。
自分達は核保有国であり、核を保有する国として、核の先制使用や拡散はしないと言っているに過ぎません。これでは、到底、核の放棄とは言えません。

【北朝鮮の意図】
ではなぜ北朝鮮はこの時期に、このような発表を行ったのでしょうか。
ここからは北朝鮮の意図について考えていきます。

北朝鮮には、主にこの2つの狙いがあったのではないかと見ます。
ひとつは「アメリカへのメッセージ」、もうひとつは「国内向けの説明」です。

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トランプ大統領は、次の国務長官に指名したCIAのポンペイオ長官が秘かにピョンヤンを訪問しキム委員長と会談していたことを明らかにしました。史上初めての米朝首脳会談に向けて、かなり高いレベルで突っ込んだ議論が行われているものと推測されます。

そのアメリカ政府がもっとも警戒しているのが北朝鮮のICBMです。この技術が完成すれば、アメリカ本土をも核攻撃できるようになってしまうからです。今回、北朝鮮がICBMと核の拡散という、アメリカがもっとも懸念している点に言及したのは、ここでアメリカに一定の譲歩を示すことで今後の交渉を有利に進めようという狙いがあるものとみられます。

もうひとつ、今回の発表は、並進路線の見直しを正当化するための北朝鮮国内に向けた説明でもあります。北朝鮮という国は、良くも悪くも理屈で動く国です。到底、受け入れられないこじつけや屁理屈も多々ありますが、彼らなりの行動原理があることを忘れてはなりません。

先ほど申し上げましたように、「並進路線」は5年前にキム委員長自らが打ち出した看板政策でした。「核・ミサイル開発に資源を集中させることで、経済も発展し人々の暮らしも良くなる」というのが当時の説明でした。そしてこの政策を貫徹するために、北朝鮮は核実験や弾道ミサイルの発射実験を繰り返してきたのです。

北朝鮮は、核実験などの中止を決めた今回の決定を「並進路線の偉大な勝利」としています。しかし、これは、事実上の並進路線の修正、見直しとも受け取れます。並進路線の看板を掛け替えるからには、政策変更を正当化する彼らなりの“理屈”が必要になってくるのです。「核開発が終了したので必要がなくなった」「国際政治の構図が劇的に変化した」。こうした“理屈”を持ち出すことで、政策の変更を正当化し、国民を納得させようとしているのではないでしょうか。

【今後の見通し】
大きく動き出したかに見える北朝鮮情勢。ではこのあと、事態はどのように展開していくのでしょうか。

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今回の北朝鮮の決定について、トランプ大統領は自身のツイッターに「大きな進展だ」としながらも「うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない」と投稿しました。韓国のムン・ジェイン大統領は「誠意ある措置として高く評価する」としています。安倍総理大臣は「核やミサイルの完全な廃棄につながっていくか注視していきたい」と述べています。

北朝鮮の真意がいまひとつよくわからないだけに、評価が分かれるのはある意味当然ですが、私は、今回、北朝鮮が、経済を重視する姿勢を打ち出してきたこと、そして南北、そして米朝の首脳会談が開催される前に、核実験やICBM発射実験の中止を決めたことに、大きな意味があると考えます。

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経済重視の姿勢。経済を立て直すためには、北朝鮮に科せられている厳しい制裁が解除され、国際社会から経済支援を引き出すことが不可欠です。そのためには、今回表明した核実験やICBMの発射実験の中止だけでは足りないことは、北朝鮮も十分理解しているはずです。朝鮮戦争の終結や国交正常化、そして制裁の解除や経済支援を求めて、キム・ジョンウン委員長が、ムン・ジェイン大統領やトランプ大統領との首脳会談の中で、さらなる譲歩をしてくる可能性は十分あるのではないかと考えます。

【まとめ】

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冒頭、私は今の状況を登山に例えました。朝鮮半島から核兵器や弾道ミサイルが完全に撤去され、再び配備される可能性が確実になくなる。これが最終的なゴールだとすれば、今はまだ登山道の入り口、スタート地点に立ったに過ぎません。北朝鮮はまだ核を放棄する意思を明確に示していませんし、非核化を実現するまでの道筋も固まっていないからです。

しかし、今回、北朝鮮が核実験などの中止を表明したことで、北朝鮮なりの“理屈”があれば、頑なに見えるこの国でも政策を変えることがあるのだということがわかりました。南北の首脳会談、米朝の首脳会談、そしてその後に行われるかも知れない中朝の首脳会談を通じて、核開発というこれまでの政策を変更せざるを得ないよう北朝鮮を追い込んでいく。そして核を放棄する彼らなりの“理屈“を作らせることが必要です。まさにこれからの1、2か月間の取り組みがきわめて重要になってくると思われます。

(出石 直 解説委員)

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