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「北朝鮮 非核化への道筋 2つの実現例から」(時論公論)

出石 直  解説委員

今月27日には南北の首脳会談が、6月上旬までには史上初めての米朝の首脳会談が予定されています。国際社会からの度重なる警告を無視して核・ミサイル開発を続けてきた北朝鮮は、果たして核の放棄に応じるのでしょうか。「所詮、時間稼ぎに過ぎない」といった懐疑論も聞かれます。確かに北朝鮮に核開発を諦めさせることは容易ではありません。
しかし過去には、核開発を放棄した国があります。アメリカ軍によるイラク攻撃をきっかけに核開発を断念したリビア、実際に核兵器を保有しながら自主的に核を放棄した南アフリカ。この2つの例から、北朝鮮の非核化を実現するための道筋を考えたいと思います。

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【リビア】
まず北アフリカのリビアのケースから見ていきます。

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カダフィ政権による核開発が始まったのは1980年代。欧米諸国を敵視して航空機の爆破など数々のテロ事件を重ねていたリビアは、当時、国際社会から厳しい制裁を受けていました。ところが2003年になってアメリカ、イギリスとのおよそ9か月におよぶ秘密交渉の末、カダフィ大佐はその年の12月に「すべての核開発を放棄する」と宣言し、世界を驚かせました。
この年の3月にはイラク戦争が始まり、12月にはフセイン大統領が拘束されています。
「核開発を放棄する」とカダフィ大佐が宣言したのは、フセイン大統領が拘束された6日後のことでした。このまま核開発を進めれば、自分もフセイン大統領と同じような運命を辿るのではないか、そんな危機感を抱いたのが核開発を断念した直接のきっかけでした。
こうした軍事的脅威の高まりに加えて、ウラン濃縮のための遠心分離器の部品が押収されるなど国際的な監視活動が強化されたこと、反政府勢力が台頭して政権の足元が揺らぎ始めていたことなども背景にありました。

核放棄宣言の後、ただちにIAEA=国際原子力機関による査察が行われ、核関連機材はアメリカに運ばれて処分されました。経済制裁は解除され、アメリカ、イギリスとの国交も正常化しました。その後、カダフィ大佐は、いわゆるアラブの春に端を発した反政府運動の高まりで政権の座を追われることになりますが、リビアは核を放棄したことで一度は国際社会への復帰を果たすことができたのです。

【南アフリカ】
もうひとつの例が南アフリカです。南アフリカは実際に核兵器を保有していながら自らの判断で核の放棄に踏み切ったただひとつの国です。

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南アフリカが密かに核兵器の開発に乗り出したのは1970年代の後半と言われています。1977年にはカラハリ砂漠で核実験を行おうとしましたが、ソビエトの偵察衛星に察知され断念します。その後も国際社会からの制裁を受けながらも核開発を続け、1989年までに6個の原子爆弾を保有していました。
核開発の流れを大きく変えたのが、白人最後の大統領となったデクラーク氏でした。
1993年3月、デクラーク大統領は、保有していた原子爆弾を1991年までにすべて自主的に廃棄したことを明らかにしたのです。

なぜ南アフリカは核を手放したのでしょうか?
1988年、南アフリカが軍事介入していたアンゴラから敵対するキューバ軍が撤退、軍事的な脅威が解消しました。1991年には国際社会から非難されていたアパルトヘイト=人種隔離政策の廃止を宣言します。1994年には黒人政権が誕生しますが、人種対立によって社会が不安定化する前に核兵器を廃棄したいという国内的な事情もありました。

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国際社会からの説得に応じて核開発を途中で断念したリビア、核兵器を保有していながら自らの判断で核を手放した南アフリカ。この2つの国に共通しているのは、「安全保障環境の変化」です。リビアは軍事的な脅威を解消するため、南アフリカは軍事的な脅威が解消されたことによって、核を手放しました。そして両国ともに、核を放棄したことによって、「国際的な孤立からの脱却」を果たしたのです。

【北朝鮮】
これを北朝鮮のケースに当てはめてみましょう。
北朝鮮にとって安全保障上の最大の脅威は、朝鮮戦争で死闘を繰り広げたアメリカです。
韓国にはおよそ3万人のアメリカ軍が駐留し有事に備えています。さらに核実験や弾道ミサイル発射を繰り返したことで、北朝鮮は、国際社会から厳しい制裁を科せられています。

▽アメリカから攻撃されるかも知れないという安全保障上の脅威が解消され、
▽国際的な孤立から脱却して制裁も解除される。
こうした条件が揃えば、北朝鮮が、リビアや南アフリカのように核開発を諦める可能性はけっしてゼロではないと考えます。

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キム・ジョンウン委員長は韓国の特使との会談の中で「軍事的脅威が解消し体制が保証されれば、核を保有する理由はない」と述べたと言います。
今月14日に行われたシリアへの軍事攻撃を、キム委員長はどんな気持ちで見ていたのでしょうか。核開発をやめるとシリアやイラクのようになってしまうと考えているのか、それとも逆に、このまま核開発を続ければアメリカから攻撃を受けるかもしれないと怯えているのか。いずれにせよ、自らの体制が保証されることを最優先に考えていることは間違いありません。

【非核化の手順】
ここで問題になってくるのが非核化の手順です。
一口に非核化といってもいくつものプロセスがあります。

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▽まず核実験を「凍結」。
▽次にすべての核施設や核計画をIAEAに「申告」し、その活動を「停止」する。
▽施設を「解体」して核関連物資を「廃棄」し、
▽後戻りできないかどうかの「検証」を行う。
こうしたプロセスを経て、ようやく完全な非核化が実現します。

キム・ジョンウン委員長は、「段階的かつ同時に措置を講じれば、朝鮮半島の非核化の問題は解決できる」と述べたとされます。

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「段階的かつ同時に」というのは、非核化の段階を踏むごとに制裁の解除や経済支援といった見返りをひとつひとつ求めていく段階的なアプローチを指しているものと見られます。こうしたやり方は6か国協議でも行われましたが、時間がかかるうえ、結果的に北朝鮮の核開発を許してしまうことになりました。

同じ失敗はもう許されません。リビアの非核化はおよそ1年、南アフリカの非核化も2年で完了しています。いくつかの段階は経るにせよ、スピード感をもって後戻りしない完全な非核化を実現しなくてはなりません。

【まとめ】
非核化を実現したリビアと南アフリカのケースを見てきました。
リビアの核開発は初期段階でしたし、南アフリカの場合は白人政権の終焉という国内事情がありました。
また北朝鮮が言う非核化とは「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」つまり、在韓米軍やアメリカが日本や韓国に提供している核の傘についても、なんらかの要求をしてくる可能性があります。北朝鮮の非核化が一層困難であることは間違いありません。

しかし、はなから実現できないと決めつける必要もありません。北朝鮮に核を手放すよう説得する材料もありますし、非核化を実現するための具体的な手順もあります。希望を捨てずに、これから行われる南北、米朝の首脳会談の行方を見守っていきたいと思います。

(出石 直 解説委員)

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