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「視界不良の働き方改革」(時論公論)

竹田 忠  解説委員

安倍政権の看板政策であり、最重要政策である働き方改革。
その集大成となる法案が、
きょう、ようやく、閣議決定にこぎつけて、国会に提出されました。
しかし、法案は、提出前から大きくつまずきました。
今後の審議も難航が予想されます。
働く人の立場に立った改革を進めるには
国会審議で何が必要か、考えたいと思います。

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< 法案の経緯 >
まず、法案がきょうの形になるまでには、様々な曲折がありました。
そもそも政労使のトップ、つまり、総理大臣と、連合会長と、
経団連会長の三者が働き方改革実現会議で合意した柱は大きく二つでした。

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長時間労働をなくすために、
残業時間に初めて上限を設定する、残業の上限規制。
そして、正規・非正規の雇用格差の縮小を目指す、
同一労働・同一賃金、この二つです。
いずれも日本の労働法としては、画期的な取り組みです。

ここまではわかりやすい展開でしたが、ここから話しが複雑になります。
政府はこの改革を法案化するにあたって
すでに国会に提出ずみの全く別の法案と一緒にする、という作戦に出ました。

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この別の法案というのが、裁量労働制度の適用を拡大する、
そして、高度プロフェッショナル制度を新たに導入するための法案でした。
しかし、この法案に対しては
連合などが、かねてから働かせ放題になるとして強く反対していて、
法案も、実は国会に提出以来、2年あまり一度も審議されず、
たなざらしになっていたものです。

法案の一本化を受け入れるかどうかをめぐって、
連合が大混乱となったことは記憶に新しいところです。
結局、一本化は強行されたものの、提出直前になって、
ずさんなデータ問題が起きて、
裁量労働の適用拡大は、結局、法案からそっくり削除されるという
めまぐるしい展開となったわけです。

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< 何が焦点か? >
そこで、ここからは、
一本化された法案の柱に沿いながら、論点を見ていきたいと思います。
主な論点は三つです。

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①    尾をひく裁量労働問題、
②    問われる“脱・労移動時間規制”
③    そして、中小企業への「配慮」
以上3つの論点を考えます。

< 尾を引く裁量労働問題 >
まず、尾をひく裁量労働問題ですが、
裁量労働制度の拡大は削除されたのに、
なぜ、まだ問題なのかというと、それはこういうことです。

裁量労働制度というのは、実際に働いた時間に関係なく、
あらかじめ労使で決めた、みなし時間に応じて賃金を払うという制度です。

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たとえば、一日11時間働いても、
逆に短く6時間で終わるようなことがあっても
みなし時間が9時間なら、
9時間分の賃金が払われる、という制度です。
自分の都合に応じて働ける、という利点がありますが、
その反面、長時間労働を助長しかねない、という批判があります。

これに関連して安倍総理大臣は、
「平均的な人で比べると、裁量労働の方が、一般的な人より、
労働時間は短い、というデータもある」という趣旨の国会答弁をしました。
しかし、もともとこれは、役所のデータの取り方がずさんで、
比較できないものだったことが明らかになり、
総理は異例の謝罪をし、結局、裁量労働の拡大そのものが、
法案から削除されたわけです。

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しかし、今回、国会質疑で明らかになったのは、
データの問題だけではありません。
そもそも裁量労働そのものは、すでに導入されていて、
その中に、ずさんな運用や、悪用をしているケースがある、
ということが明らかにされたわけです。

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その具体例として、
たとえば、本来、裁量労働の対象ではない仕事の人たちに
違法に裁量労働をさせて、そのうちの社員の一人が
過労自殺に追い込まれていた、という大手不動産会社の実態などが
国会で何度も取り上げられました。
つまり、制度の拡大、という前に、
今の制度をどう適正化するのか、という問題が、
目の前の課題として示されたわけです。
そして、実は、そのための規制策が
法案の原案である法案要綱には、盛り込まれていました。

具体的には、自分の裁量で働くことが難しい新入社員などには適用しないよう、
「勤続3年以上」という条件を明記したり、
働きすぎにならないよう、
企業に一定の健康確保策を義務付けること、などが入っていました。
しかしこうした規制策もすべて、法案から削除されました。
国会審議では、ぜひ、今ある裁量労働制度の運用をどう適正化するのか、
そこをしっかり議論してほしいと思います。

< 脱・労働時間規制とは? >

そして、次の論点は、高度プロフェッショナル制度、
問われる脱・労働時間規制です。

この制度は、年収の高い専門職を
労働時間の規制からはずす、というものです。
具体的には、年収1075万円以上が対象となる見通しで、
金融ディーラーや、コンサルタント、研究開発など、
高度な専門的知識を持つ人が対象となります。

安倍政権は、2006年からの第一次安倍政権のときから
同じような制度の法案提出を目指していまして、
安倍政権にとっては、いわば10年越しの悲願ともいえるものです。

なぜ、この制度にここまでこだわるのか?
経済界の主張はこうです。
「人口が減少し、働く人が減る以上、
一人ひとりが、もっと生産性をあげるには
働いた時間の長さではなく、
仕事の結果、成果で評価されることが重要だ」というものです。

一方、労働側は、
「結局、成果があがるまで、いつまででも働かされるおそれがある。
しかもいくら働いても残業代はゼロだ」と強く批判しているわけです。

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そもそも労働時間規制からはずれる、とはどういうことなのか?
同じように労働時間規制がゆるくなる裁量労働制度と比較します。

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たとえば、一定時間ごとに休憩をとることや、
深夜労働をしたときの割り増し賃金など、
裁量労働には適用されますが、
高度プロフェッショナルは全く適用されません。
それだけ高プロの方が働きすぎへの懸念が大きいことがわかります。
法案では、働きすぎに対する歯止め策として
年104日以上の休日を義務づけています。
これは、ならせば、週休2日に相当しますが、
別に毎週必ず休めるわけではなく、
忙しいときには連日、休憩もなしに長時間働かされるおそれもあります。
こうした対策で十分なのか、議論が必要です。

< 中小企業への配慮 >

ここまで、法案の懸念を中心に見てきましたが、
その一方で、残業の上限規制や、同一賃金などは、
働く人の健康と、格差是正のため、ぜひとも導入が必要です。

しかし、実はこの部分でも、議論があります。
まず、残業の上限がいくらなのかといいますと、
具体的には一月で最大100時間未満となっています。

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一月100時間の残業というのは、いわゆる過労死ラインです。
つまり、過労死ライン寸前まで働くことを法律が認めていいのか、
という批判があるわけです。

そして、さらにもう一つあるのが
最後の三つ目の論点。中小企業への配慮です。
ただでさえ、人手不足なのに、残業規制が厳しくなれば
中小企業は仕事ができなくなる、という指摘が経済界なとから出ています。
このため、結局、中小企業については、
法案の実施が一年間先送りされることになっています。

また、労働基準監督署の指導監督などでは
中小企業については、その経営状況などに配慮する、
という附則がつけられています。

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たしかに、中小企業の人手不足は深刻です。
しかし、大企業との間で、規制に差を設けますと
結局、大企業が、規制のゆるい下請けの中小企業に対して
無理を押し付ける下請けイジメにつながるおそれが出てきます。
結局、現場で働く人が、もっと困ることにならないか?
注意が必要です。

働き方改革は、本来、誰のためにあるのか?
何のためにあるのか?
働く人の命と健康を守り、
より意欲をもって働けるようにするために
徹底して議論してほしいと思います。

(竹田 忠 解説委員)

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