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「アメリカファーストが揺さぶる自由貿易」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アメリカのトランプ政権が掲げるアメリカ第一主義=アメリカファーストが、世界の自由貿易を揺さぶっています。トランプ政権は、先週、鉄鋼やアルミ製品に高い関税をかける一方的な輸入制限措置に加え、中国に対する巨額の制裁措置を発表しました。
こうした措置が各国の経済に与える影響と、自由貿易の危機がどれだけ深刻なものかについてみていきたいと思います。

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まず今回アメリカが打ち出した二つの保護主義的な措置を整理してみます。

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ひとつは海外から輸入される鉄鋼やアルミ製品に高額の関税をかけて輸入を制限するものです。当初はすべての国を対象とするとしていましたが、実際には日本と中国が対象となる一方で、カナダやメキシコ、EU、韓国などは当面適用が除外されました。なぜ日本は対象となったのか、日本経済にどのような影響があるのか、これが解説のポイント①です。

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さらに中国に対しては、こうした輸入制限に加えて、知的財産権の侵害に対し、一方的に制裁措置を発動することを決めました。制裁の規模は、中国からアメリカへの輸出額の10%以上に匹敵する6兆円にのぼる見通しです。この背景には何があるのか、そして中国はどう対応しようとしているのか、これが解説のポイント②です。
最後に、こうした保護主義的な措置をどうしたらとめることができるか考えてゆきます。

最初に、鉄鋼製品などに対する輸入制限措置についてです。まずこちらのグラフをごらんください。

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これはアメリカが鉄鋼製品をどの国からどの程度輸入しているかを示したものです。もともと今回の措置には、トランプ大統領が秋の議会の中間選挙を意識して、海外からの輸入を抑制することで国内の労働者を守っているとアピールする狙いがあったものとみられます。
ところがふたを開けてみると、日本よりも輸入量の多い、カナダやメキシコ、EU、韓国などが当面、適用除外となりました。

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その背景には、アメリカがこれらの国々と個別の自由貿易協定の交渉を行っていて、今回の措置の適用除外をちらつかせることで、別の分野での交渉で有利な条件を引き出す、いわば取引の材料にする狙いがあると見られています。
もうひとつのカギは、アメリカの各国に対する貿易赤字の大きさです。

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トランプ大統領は、貿易はお互いに均衡すべきだという考えをもっていますが、日本との間では、中国メキシコに次いで、3番目に大きな赤字を抱えています。そこで私が注目したのはトランプ氏のこの発言です。「こんなに長い間、アメリカを出し抜くことができたなんて」と笑っていられる時代は終わりだ。」日本は1980年代から、アメリカに大量の家電製品や半導体、自動車等を輸出し、通商摩擦を繰り返してきました。トランプ大統領としては、いわば貿易赤字の代名詞としてアメリカ国民の心に刻まれた日本をターゲットとすることで、有権者にアピールする狙いがあったのではないかと思われます。

では、この輸入制限措置。日本経済にどういう影響を及ぼすでしょうか。実は日本からアメリカに輸出される鉄鋼製品は、アメリカ国内では製造されていない高付加価値の製品が多く、鉄鋼製品の輸出そのものは大きな打撃を受けないと見られています。

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しかしトランプ政権は、今後、日本との間で二国間の自由貿易協定にむけた交渉をせまるなど、貿易不均衡の是正を一段と強く求めてくることも考えられます。外国為替市場では、「日本からアメリカへの輸出に有利な円安を、トランプ大統領は許さないのではないか。」という見方から、急速な円高が進んでいます。今後もさらに円高が進めば、日本の輸出企業を中心に業績が悪化し、景気にもマイナスの影響を与えることが懸念されます。

  続いて、中国との関係を見てみます。こちらも、中国側の対応によっては、世界第一と第二の経済大国の間で貿易戦争が勃発しかねない深刻な情況になっています。

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アメリカは、中国での過剰生産によって生み出された安い鉄鋼製品が、国内の労働者の雇用を脅かしていると主張してきました。そして、オバマ前政権は、WTO・世界貿易機関のルールにもとづいて、個別の製品に対して高額の関税をかけるなどの対応をとってきました。

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しかしトランプ大統領は、中国の過剰生産はなかなか改善されないとして、国内法にもとづいて、手っ取り早く、より広く輸入制限の網がかかる措置を打ち出したのです。そこには、WTOが自国の利益を守ってくれないなら、自分たちもWTOのルールには従わないという思いがうかがえます。

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一方、知的財産権の侵害について、アメリカは、中国に進出する企業が、技術移転を強要されることを問題視しています。
さらに中国では、国家主導の経営統合で巨大化した国有企業が、資金力にものをいわせて最新技術をもつ西側諸国の企業を買収する動きを強めています。トランプ政権は中国が、そうした市場経済の原理に基づかない形で経済を発展させている現状に強い危機感を抱いているといわれます。

これに対し中国はどう対応しようとしているでしょうか。

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中国の劉鶴副首相は、おととい、アメリカのムニューシン財務相と電話で会談し「今回の措置は国際的な貿易ルールに反している。中国は自国の利益を実力で守り抜く準備ができている」と伝えました。中国政府は、鉄鋼などの輸入制限措置に対し、アメリカ産の豚肉に高額の関税をかけるなど、総額で3000億円規模に上る対抗措置を準備していると発表。さらに知的財産権侵害を理由とする制裁措置が発動されれば、より大規模な報復関税を検討するとしています。
しかしその一方で、中国側には、報復が報復を呼ぶ貿易戦争に発展させずになんとか話し合いで解決したいという思惑も見られます。この背景には、中国がいま構造改革を強力に進めようとしていることがあります。中国の成長を支える輸出。その輸出先の二割を占めるアメリカと、貿易戦争になれば、景気が悪化し、改革どころではなくなってしまうおそれがあるからです。
 このため、今後アメリカとの協議の中で、アメリカからの製品の購入を増やしたり、アメリカへの輸出を抑えるなど、自主的に貿易不均衡の改善に努め、摩擦の回避をはかることも考えられます。

実際に貿易戦争になれば各国間の貿易量は激減し、世界経済への打撃は深刻なものとなります。アメリカの保護主義的な措置をどうしたら思いとどまらせることができるのか。キーワードはしっぺ返しです。

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鉄鋼の輸入制限で言えば、日本から輸入される鉄鋼製品のように、アメリカ国内で代わりの製品が調達できなければ、関税がかかる分だけ値段があがることになります。さらに中国は、アメリカから中国への最大の輸出品目である大豆の輸入制限の検討も始めていると伝えられています。トランプ大統領の支持者が多い中西部の各州には大豆の産地が集中しており、農家が中国による報復措置で打撃を受ければ、トランプ大統領への反発も強まりかねません。もともとは自らの支持を強化するために打ち出した措置によって、多くの有権者の支持を失うという、元も子もない結果となってしまうのです。

「貿易戦争に勝利者はいない」日本は各国政府と協調しながら、アメリカに対して政策の変更を求めて行く必要があります。ただ、気味が悪いのは、トランプ大統領にもそうした道理がわかりそうなものなのに、それでもあえて保護主義的な措置に踏み切ったことです。その真意はどこにあるのか。そしてこれまでブレーキ役を果たしてきた国際協調派の幹部がつぎつぎと政権を去る中で、トランプ大統領はどこまでアメリカファースト路線を突き進んでいくのか。世界は、その心のうちをうかがい知ることができぬまま、不安な時をすごしていくことになりそうです。

(神子田 章博解説委員)

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