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「アスベスト訴訟 元作業員の救済を」(時論公論)

清永 聡  解説委員

建設現場のアスベストによる健康被害の裁判。国がまた、敗訴しました。東京高等裁判所は14日、1審に続いて国の責任を認め賠償を命じました。
全国で裁判が続いていますが、「国の対策が遅れた」という司法判断は、ほぼ定着しつつあります。
アスベストの被害と求められる救済策を考えます。

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【解説のポイント】

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●アスベストによる健康被害に苦しむ原告の思い。
●全国の裁判と今回の判決の特徴。今回は特に救済の枠が広げる判断が示されました。
●最後に、必要な救済策と司法の役割についてです。

【アスベストとは】
アスベストは繊維状の天然の鉱物です。耐熱性や耐火性があり、丈夫で値段も安いことから、特に戦後、建築の現場で断熱材や吹きつけで多く使われました。
ところが、空気中に浮遊した繊維を吸い込んで、肺の組織を傷つけることで、じん肺や肺がん、そして中皮腫などを引き起こします。
ピークだった70年代から90年代にかけて、年間20万トンから30万トンが輸入されました。アスベストはその後、2006年に使用などが全面的に禁止されました。しかし、吸い込んだ人が発病するまで長い場合数十年かかると言われています。このため、患者の数はこれから増えていくと考えられます。

【原告の思い】

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原告の1人。東京・板橋区の村井浩さん(70)です。63年から40年間、電気工事の作業員として働いてきました。村井さんが携わったのは、日本武道館や霞が関ビルなど、戦後の日本を代表する数々の建築物です。
以前は自ら裁判所に通い、法廷で証言したこともありましたが、じん肺が悪化して外出は難しくなりました。ずっと酸素吸入器を外すことができず、ベッドに横になったままです。
建設現場では、アスベストを吹き付ける横で電気の配線などをしていました。防じんマスクを付けるよう指導されたのは95年頃で、それまではマスクをせずに作業をしていたといいます。
村井さんは「ともに裁判に加わった仲間も多くが亡くなった。自分も法廷に行くことができないのが悔しい。1日も早く解決してほしい」と話していました。

【全国の裁判と今回の判決】

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一連の集団訴訟は全国で11件が続いています。
最初の横浜地裁は国の責任を認めませんでしたが、その後は、いずれも国の責任を認めています。さらに一部は建材メーカーの責任も認めました。唯一、退けられた横浜地裁も、去年、高裁が覆して責任を認めました。
村井さんが加わっている今回の裁判は、東京訴訟の2審でした。元作業員と遺族合わせて300人を超す最大の原告数だけに、判断が注目されていました。
判決は「75年以降、国は防じんマスクの着用を義務づけるべきだった」と指摘し、必要な対策は取ってきたという主張を退けて国の責任を認めました。
ここまで「働く人を守る国の対策が遅れた」という司法判断は、ほぼ定着しつつあると言えるでしょう。

【「一人親方」も救済】
課題とされていたのは「一人親方」あるいは、「零細事業主」などとよばれる人たちです。

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「一人親方」とは個人で仕事を請け負う人のことです。実際には下請けで他の作業員と同じ仕事をすることが多いということですが、法律上労働者とみなされず、保護の対象になりません。労災の加入も任意のため補償が受けられない人も少なくありません。
労災補償がない人のため「アスベスト救済法」の療養手当もありますが、支援団体によると金額は平均的な労災補償よりも低くなるということです。
しかしこれまでの各地の判決は「一人親方」や事業主について法律上保護の対象ではないという理由で、訴えはほぼ退けられてきました。
これに対して、今回の判決は、「法律の目的や被害の大きさなどを考えれば、一人親方も保護すべきだ」という初めての判断をしました。
現場で働く人を区別せず救済の枠を広げた画期的な判断、と弁護団は評価しています。
さきほど紹介した村井さんも働いてきた40年のおよそ半分は零細事業主でした。今回はこの事業主の期間も含めて大部分でようやく訴えが認められました。

【救済策と司法の役割】
では、今後、求められる救済策とはどのようなものでしょうか。

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アスベストをめぐっては、別の訴訟で4年前に国の責任が確定しています。これは今回のような建設現場ではなく、アスベストを扱う大阪の工場で働いていた人たちが起こしました。
建設作業員の裁判は現在も各地で続いていますが、一方で工場のアスベスト訴訟は、最高裁が4年前に賠償を命じ、すでに国の敗訴が確定しました。厚生労働省はこれまで裁判に加わっていない人でも、特定の時期にアスベストの工場で働き、健康被害を受けた元労働者や遺族に賠償を支払う方針を示しています。

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ところが、これは厚生労働省が作ったポスターです。まだ賠償金を受け取っていない人たちに「国を訴えてください」と書いています。なぜこうした呼びかけを行うのか。それは、裁判の中で和解して賠償金を支払うという方法をとっているためです。
最高裁まで争いながら、敗訴が確定したら今度は「自分たちを提訴するよう」呼びかける。これは独自の救済制度が作られていないためです。しかし裁判を起こすためには、被害者が弁護士を捜して、訴状を作り、裁判所での手続きをすすめなければなりません。被害者側には大きな負担で、時間もかかります。

司法は本来、双方に争いがあるときに、紛争の解決を目指すものです。ケースによっては、司法が個別に厳格な判断を行う方が望ましい場合もあるでしょう。しかしアスベストの健康被害の場合は、急速に症状が悪化して亡くなる人もいます。行政がより迅速に救済を行う方が望ましいのではないでしょうか。
司法は、行政の補助機関ではありません。

【包括的な救済策を】
今回の建設アスベスト訴訟の弁護団は、国とメーカーが共同で基金を作り、判決の金額に沿って慰謝料を支払うという制度を提言しています。
国の敗訴がこれだけ続く今、できるだけ早く問題の解決を目指すため、国会は速やかな法整備を検討すべき時期に来ているのではないでしょうか。司法に委ねることのない包括的な救済策を作り、最終的には一人親方や工場の元労働者側も加えた対策を整備してほしいと思います。

弁護団によると訴えを起こした元作業員のおよそ7割が、すでに亡くなっています。最高裁まで争い続ければ、亡くなる人はさらに増えるでしょう。
元作業員の多くは、日本の高度経済成長を下支えした人たちです。さきほど紹介した村井さんも、自分が建設に加わった日本武道館などかつての現場の様子を誇らしげに話してくれました。
戦後の繁栄の礎を築き、今アスベストで苦しむ人たちを、なんとか迅速に救うことはできないのでしょうか。関係者はどうか、解決に向けて知恵を出し合ってほしいと思います。

(清永 聡 解説委員)

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