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「ピョンチャンで見たスポーツのメッセージ」(時論公論)

刈屋 富士雄  解説委員

日本にとって歴史的な大会となったピョンチャンオリンピックが閉幕しました。史上最強といわれた日本選手団は、その呼び名の通りの活躍を見せて、金メダル4つを含む史上最多13個のメダルを獲得しました。
またメダルには届かなかった選手も、多くの感動的な戦いぶりを見せました。
フィギュアスケート女子シングルの宮原選手と坂本選手は、オリンピックの最終グループの独特の雰囲気の中で、会場の空気を支配する素晴らしい演技で、私は、リンクのすぐ近くで取材していましたが、とても感動しました。

今回のピョンチャンオリンピックは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前にした日本のスポーツ界に多くのメッセージを発信した大会だと思います。

現地で取材して感じたキーワードのいくつかを取り上げてみたいと思います。

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まず、今回活躍した日本選手たちのインタビューや記者会見を取材していて感じたキーワード、「感謝」と「プラス思考」。
そして羽生結弦選手が金メダルを取った直後の記者会見で語った、多くのアスリートにとって参考になる言葉を紹介します。
さらに、政治利用の印象が強かった今大会の現場の雰囲気を読み解きます。

まず今回の日本選手団の強さを数字で見てみます。
メダリストの年齢をソチ大会と比べてみますと大きな違いがあります。
団体は平均年齢です。

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ソチの時は、15歳から41歳と最年少と最年長の記録は塗り替えましたが、肝心の20代30代の選手団の中心選手たちがメダルを逃がしました。
今回を見ると、20代30代で12個のメダルを獲得しました。
各種目とも4年間しっかりと強化し、狙って取った、いわば取るべくして取ったメダルばかりだといえます。

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メダルを獲得した種目の一覧表です。種目別に見てみますと、前回ソチ大会でメダルを取ったジャンプとノルディック複合、フィギュアスケート、スノーボード、フリースタイルスキーは、すべて連続でメダルを確保しました。
その上で、カーリングが史上初めてメダルを獲得。
さらに特筆すべきはソチで惨敗、メダルゼロに終わったスピードスケートが、目を見張るV字回復を果たしました。

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ソチで惨敗した後スピードスケートは、それまで企業チーム単位だった活動を一新しナショナルチームを結成、チームジャパンとして豊富な国際経験を積むと同時に、ソチで圧倒的な強さを誇ったオランダから多くを吸収し、その技術やノウハウに日本流のスケート理論を結びつけてトップクラスに返り咲きました。

そして今回、各種目での好成績の要因の一つとして、メンタル面の充実が感じられました。メダリストを含め多くの選手たちの口から「感謝」の言葉や「プラス思考」の前向きな発言が多く聞かれたと思います。
その精神状態を、今日帰国した、スピードスケートで金銀銅と3つのメダルを獲得した高木美帆選手が説明してくれました。

記者会見VTR・・・
「自分の中で不安だったり恐怖というものがあったんですけど、友人や家族や応援してくださる方々から、たくさんのメッセージをいただいて、その人たちと一緒に戦うことが出来ているんだなあって勇気をもらって、最後の最後までレースに強い気持ちで挑むことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。」

この「感謝」の精神状態と「プラス思考」というのは、20年ほど前から、アスリートのメンタル面で、緊張する状況の中でも、力を発揮できる一つの精神状態として、現場の指導者からよく聞いた言葉でした。
今回、メダルを手にして新しい歴史を切り開いた女子カーリングの選手たちも、試合中や試合後も常にプラス思考の言葉を口にして、世界の強豪との激戦を戦い抜きました。
日本のスポーツの現場で、メンタル面のトレーニングが進んでいることを感じることが出来ました。

その中でも、常に自分の言葉で強烈な発信力を見せたのは、羽生選手です。
オリンピックフィギュア、男子シングル66年ぶりの連覇を果たした直後の記者会見をじっくりと聞きました。
羽生選手もやはりまず会見の冒頭、質問を受ける前に自ら発言し、感謝の言葉を口にしました。そして、怪我との戦いなど、多くの他のアスリートにとっても刺激的な言葉が随所に出てきました。
中でも羽生選手が自分自身の強みについて語った一言は、若いアスリートたちに参考になると思います。

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それは「いろんな事をとことん考えて、分析して、それを感覚とマッチさせるまで練習できることは、自分の一番の強みだと思います。」という言葉です。
スポーツとは「アイディアを体で表現すること」と言う人もいますが、自ら成長しようとする思い、挑戦する気持ち、そのためにはどうするかを自ら考え実行するというのは、まさにスポーツの原点です。
自らという点がポイントです。
そしてその考えたこと、分析したことを実行するだけではなく、感覚にまでマッチさせることが出来るからこそ、世界の頂点に君臨できるのだと思いました。
又、自ら深く考え分析するからこそ、どんな質問にも明確に答えられる理由もそこにあると感じました。

しかしそんな羽生選手が、唯一答えられなかった質問が、「羽生選手にとって、東日本大震災の体験は?」という質問です。羽生選手は「4年前も同じ質問を受けて答えられなかったのですが、今もまだわかりません。ただ、今一つ言える事は、4年前金メダルを持って被災地に挨拶に行ったら、たくさんの笑顔に会えました。今回も困難の中でつかみ取った金メダルなので自信を持って挨拶に行きたいです。」と語りました。

おそらく正確に言えば、なんて答えたらいいのかわからないのではなく、しっかりと向き合ってそれを言葉にするのにどれほどの時間がかかるのかわからないという意味だと感じました。言葉にしない分だけ、羽生選手の故郷東北への思いの深さが伝わって来ました。

2020年東京大会のテーマの一つが東日本大震災からの復興。
聖火の最終点火者に羽生選手をイメージした方は多いと思います。

さて、今回は政治とオリンピックのあり方が改めて問われた大会と言えます。

直前の北朝鮮と韓国の女子アイスホッケーの合同チームの結成など、政治が持ち込まれたイメージは、世界中が感じたと思います。
閉会式で組織委員会のイ・ヒボム会長は「朝鮮半島統一の礎となる大会」と胸を張りましたが、現場の雰囲気はどうだったのか。

合同チームと日本チームの女子アイスホッケーの試合を会場で取材しました。私は、27年前の卓球の世界選手権で、初めて韓国と北朝鮮の合同チームが結成された時も会場で取材しましたが、あの時の千葉幕張メッセを揺るがした民族の熱狂は、今回は感じられず、スポーツのホームの応援の範囲内という印象でした。
理由は、観客の多くはスポーツの応援に慣れた若者でしたので、その韓国のスポーツの応援と北朝鮮の女性の応援団と微妙に応援のリズムがずれて、一体感が生まれていませんでした。
熱心に応援している大学生は「韓国では、スポーツを政治に利用するのはよくあることなので、ファンは切り離してスポーツの応援に徹するんです。大会に政治は持ち込まれても、会場には持ち込ないんです。」と話していました。
スポーツの政治利用を経験してきた韓国のスポーツファンのスタイルは、一つのあり方だと思いました。

その韓国の若者7~8人に、閉会式の2日前に今大会の最高のシーンは?と質問したところ、ほとんどの人が、スピードスケート女子500メートルのイ・サンファ選手のゴールシーンを上げました。
韓国の選手の金メダルシーンではなく、政治色の無い、純粋に世界最高峰のアスリート同士のしのぎ合いと心の交流を選びました。
全国民の金メダルの期待を背負い、それを逃がした韓国の英雄に、ゴール直後誰も話しかけられないような空気の中で、日本の小平選手は迷わず声をかけ、抱き寄せ、イ・サンファ選手も体を委ねました。

共に認め合い、共に競い合って高めあい、ともに尊敬しあう真のライバルでないと出来ないことです。
2020年、このようなシーンを数多く見たいと思います。

(刈屋 富士雄 解説委員)

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