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「ロシア大統領選挙とプーチンの迷い」(時論公論)

石川 一洋  解説委員

ロシア大統領選挙の投票まであと一か月を切りました。プーチン大統領の圧勝との見方が強まっています。しかしその一方、プーチン大統領自身がロシアをどの方向に引っ張ろうとしているのか、まだ示していません。欧米との対立、長期政権への停滞感、そしてプーチン大統領に迷いが見えます。
大統領選挙を通じてロシアがどの方向に向かおうとしているのか考えてみます。

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今日の解説のポイントです。

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▼プーチン大統領の戦略は
▼プーチン大統領の迷い
▼若者たちの不満とポストプーチンへの始動

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ロシア大統領選挙には共産党、ロシア自民党など体制内野党、そして反政府のリベラルな候補などプーチン氏を含めて8人が立候補しています。しかしプーチン大統領に対抗できる候補者はおらず、選挙戦は事実上プーチン大統領への信任投票となっています。
プーチン大統領は持ち前のパフォーマンスで活発な選挙運動を繰り広げています。
厳冬の一月、ロシア正教の慣例に合わせて凍り付いた湖で沐浴をしました。ロシア正教の信者への意識と65歳になりましたが、健康であることを誇示しています。特に力を入れているのが若者たちへの訴えです。
前回は与党統一ロシアからの立候補でしたが、今回は、無所属として立候補しました。若者のボランティア組織などが立候補に必要な30万の署名集めを行いました。若者の間でのプーチン支持を活性化させることを狙っています。30歳以下の若者たちの人口がすでに全人口の三分の一を超えています。ロシアの将来を担う若者がプーチン支持の主体となっていると示したいのです。
 プーチン大統領は今回の大統領選挙で得票率70%、投票率70%、70×70という目標を非公式に掲げています。今の支持率からみて得票率70%を獲得するのは可能でしょう。難しいのは投票率70%です。前回の選挙でも投票率は65%でした。過去一度も投票率が70%を超えたことはありません。

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それでも高い投票率での圧勝が必要なのは、プーチン大統領にとって最後の任期となる可能性が強いからです。ロシアの憲法では大統領の任期は連続二期まで、しかも2024年の任期の終わりには70歳を超えています。
プーチン大統領としては国民の圧倒的な支持を背景に強い権力を握りながら、ポストプーチンの後継者を育て、指名したいのです。
選挙の結果は、プーチン大統領の圧勝で動きません。
しかしその選挙戦の中で奇妙なことが起きています。前の年の12月に次の年の内政外交の方針を示す大統領の年次教書演説、2018年に入ってもまだ行われていません。
大統領選挙に合わせて行うという理由もあります。しかし年次教書はさらにずれ込み来月初めになると言われています。これは異常とは申しませんが、異例の事態です。私はそこにプーチン大統領の迷いを見ます。

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 前回2012年の大統領選挙、一度首相に退いたプーチン氏が大統領に復帰した選挙では、激しい反プーチンデモが行われました。プーチン氏は愛国主義を中核とする内政や外交の選挙綱領ともいえる7つの論文を発表して、いわば正面突破の形で選挙戦を乗り切りました。今回は今のところ過去の実績を羅列するのみで、ロシアをどこに導きたいのか、明確に示していません。
そもそもプーチン大統領の力の源泉は国民の圧倒的な支持です。

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プーチン氏への支持率の推移です。低い時で60%、高い時で80%を超えます。
しかし国民が国の状況に満足しているというわけではありません。

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ロシア人は北風が吹くとまとまる傾向がありますので、今は正しい方向と考える人が多くなっていますが、それでも間違った方向に向かっていると考える人は、30パーセントはいます。間違っているとの回答が上回った時期もあります。つまり政治や経済の状況が悪くてもロシア国民のプーチン支持は変わりません。国民はプーチン大統領がいつも自分たちの身近にいて自分たちのことを考えてくれる善き皇帝・ツァーリととらえているのです。
 私は政治家としてのプーチン氏の本質は、「国民が心の中で何を求めているのか」嗅覚にたけたいわば「天才的なポピュリスト」と考えています。

過去の例を見てみましょう。

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2000年のはじめ、ロシアの誇りが地に落ちていた時にプーチンは「安定と国への誇り」を率直に訴えました。そしてロシアが高度経済成長の兆しが見えるとGDPの10年間での倍増、つまり豊かになろうと呼びかけました。国民の要求を後追いする月並みのポピュリストではなく、国民自身が気づいていない希望や願いを先取りして打ち出し、道を示していく。そこに政治家プーチンの凄みがあります。

 その皇帝・ツァーリに今回は迷いが見えます。
今回の年次教書は、大統領府のワイノ大統領府長官、キリエンコ副長官、ペスコフ報道官などごく少数の側近が中心となって準備を進めています。このチームが次期政権の中枢を担うでしょう。
私が注目しているのは年次教書の準備にクドリン氏が大きな役割を果たしている点です。

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クドリン氏はプーチン政権のもと長く財務相を務め、最良の財務大臣と欧米からも評価された経済専門家で、プーチン大統領とは友人です。しかし政治的にはリベラルな見方で、2012年以降は政権から離れ、強権的な政策を批判することもありました。そのクドリン氏を年次教書の準備に招いたことに、大統領自身は変化の必要性は感じている、つまり経済を成長させるためには改革が必要だと思っているのでしょう。
しかし改革が政治改革に踏み込めば体制を揺るがす恐れもある。何をどの程度変えるべきか、プーチン氏自身の迷いがあると私は見ています。
  
「ロシアにプーチンはいらない」と激しく反発しているのが、汚職追及の活動家である反体制派のナワリヌィ氏らです。若者中心の選挙ボイコットを呼びかける反プーチンデモが行われています。今回は前回ほどの広がりは見せておらず、選挙戦そのものを揺るがしていません。
デモをする反体制の若者、逆に最初に紹介したプーチン支持に集まる若者、いずれの若者にも体制への閉塞感や不満が潜んでいます。政権よりの世論調査機関の調査でも60パーセントの若者が自己実現は困難だと答えています。

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その原因として就職困難や失業など経済的苦境、それに汚職やたかりなど体制の腐敗が挙げられています。若者たちはロシアの現状には大きな不満を抱いており、有能な若者の海外流出は続いています。
すでに愛国主義だけでは国民の求心力を継続するのには限界が近づいています。変化は必要だ、ロシアの将来像が示さなければならないと思いながら、いまだにそれが示せないことに、圧勝が確実視される選挙ですが、プーチン大統領にとって意外と苦しい選挙となっているように私には思えます。

大統領選挙では二つの点で重要です。一つは選挙運動の中枢が次期政権の中核となります。そしてもう一つは、選挙戦の中で、大統領自身が、国民が求めるものをどのように感じるかです。
2000年の大統領就任から実質的な権力を握り続けて18年、今回の大統領選挙は、ポストプーチンの始まりと言えます。プーチン大統領の最大の課題は、後継者を育て、権力をスムーズに移行すること、そしてロシアの方向性を定めることです。
大統領選挙後にはプーチン大統領を支えてきた外交チームを含めて大幅な人事の刷新がささやかれています。若手の登用も行われ、場合によっては大胆な経済改革に踏み込むかもしれません。またアメリカ、ヨーロッパとの関係改善の模索も行われるでしょう。

しかしロシアをめぐる国際情勢は2000年当時と比べてもはるかに厳しく、内政外交の雪解けかそれとも、孤立した愛国主義の維持か、今回の大統領選挙を見る限り大統領の迷いとともにロシアでは混沌とした状況が続くように思われます。

(石川 一洋 解説委員)

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