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「高校学習指導要領改訂 新しい学びとは」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

2022年度から実施される高校の学習指導要領の改訂案が公表されました。去年の小中学校から1年遅れての公表で、これで小学校から高校まで10年に1度の改訂作業が終わることになります。今回の改訂で示された新しい学びとは何なのでしょうか。

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解説のポイントです。
▽新学習指導要領で高校の教科・科目は大きく変わります。どう変わるのか。
▽「公民」の新科目「公共」の役割。
▽学習指導要領の性格の変化による学校現場への影響について。

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学習指導要領は、小中学校や高校で教えなければならない最低限の学習内容を定めた基準です。時代の変化に応じて学校で学ぶべき内容も変わるため、おおむね10年ごとに改訂が行われてきました。今回の改訂は、おととし12月の中教審・中央教育審議会の答申を受けて文部科学省が作業を進め、小中学校は去年3月に公示されています。グローバル化や人口減がますます進むと予想される2030年代に社会人となる子どもたちが学校で何を学ぶべきなのかを示すものですが、特に高校での学びは、AIなどの技術革新で職業像が一変する可能性が指摘されるなか、進学や職業選びに大きく関わることになります。ただ、10年後を予測することすら難しいと言われる中で、今回は大学入試改革が先行する形で指導要領のあり方が議論され、「知識や技能」だけでなく、「思考力、判断力、表現力」という高大を接続する大学入試で新たに求められる資質・能力を強く意識した改訂となっています。
 
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では、教科・科目はどう変わるのでしょうか。今回の高校の学習指導要領改訂は、教科・科目の大幅な再編が大きな特徴です。改訂によって再編や新設される高校の科目は27科目に上ります。特に必修科目が大きく変わるのは、『地理歴史』と『公民』の2教科です。『地理歴史』の中の科目では、これまで「世界史」だけが必修で、「日本史」と「地理」は選択科目でしたが、近現代史を中心に世界と日本の歴史の関わりを学ぶ「歴史総合」と、環境問題など地球規模の課題を考える「地理総合」を新設し、必修科目としました。『公民』の科目は、これまでいずれも選択科目でしたが、必修科目として「公共」を新設し、主権者としての知識や思考力、判断力を育むとしているほか、地歴公民全体を通じて、領土に関する指導を充実するとしています。

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一方で、新科目名でやたらと目に付くのが「探究」の文字です。「歴史総合」「地理総合」を履修したあとの選択科目となる日本史・世界史・地理は、いずれも新科目名が「日本史探究」「世界史探究」「地理探究」に。国語の古典も「古典探究」です。教科ではありませんが、「総合的な学習の時間」も「総合的な探究の時間」と名前が変わることになりました。高大接続の議論の中で示された、課題を探究する能力を育むことを明確化するというのが文部科学省の説明です。意図は理解できますが、科目名に探究のない科目については、探究は重視しなくていいのかという誤ったメッセージが伝わる可能性を指摘する声もあります。

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今回の科目の再編で、最も関心を集めていたのは、新たな必修科目「公共」の内容です。おととし18歳選挙権が実施されたことで、高校での主権者教育の役割がこれまで以上に重要になっています。それを中心的に担うのが「公共」です。社会に参画する自立した主体として生きる能力を身につけるため、思考実験や討論、模擬選挙や模擬裁判なども取り入れながら学習するとしています。ネット上に氾濫する情報の価値を正確に読み取る能力を身につけるなど、いわゆるメディア・リテラシーの育成も「公共」の役割となります。

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大きな役割を持つ「公共」ですが、文部科学省の改訂作業の中で、新たに課せられた役割があります。高校での道徳教育の中核的な役割を担うことが、学習指導要領に明記されたのです。そもそも高校の学習指導要領では、道徳は学校の教育活動全体を通じて行うことになっていて、特定の科目を役割の中心に据えると言った記述はありませんでした。しかし、今回の学習指導要領では、▽個別に道徳の時間がある小中学校に置かれている「道徳教育推進教師」を高校にも設置すること、▽公民の「公共」「倫理」それに特別活動が道徳活動の中核的な指導の場面であることを新たに明記しました。小中学校での道徳教育強化の流れを高校にも広げる形です。
道徳は、小中学校でことし4月から教科に格上げされますが、その際にも教科となれば成績を付けることになり、子どもたちの内面を評価することができるのかと大きな議論になったほか、戦前の教育勅語下の「修身」の復活につながるという根強い批判もあります。「公共」という全員が履修する必修科目を道徳の中心に据えるとなると、評価の問題に加え、入試への影響も気がかりです。ただでさえ新設科目で担当する教師にとっては慣れないことが多い「公共」の本来担うべき役割が薄れていくことはないのでしょうか。

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さて、それでは、今回の学習指導要領でどんな新たな学びを実現しようとしているのでしょうか。気になるのは、最後のポイントである、変わる学習指導要領の性格です。本来、学習指導要領は、学校で教える最低限の基準とされてきましたから、各学校の裁量でそれ以上の内容に取り組むのは自由でした。ところが今回の改訂では、小中学校で先生から一方的に教えられるのではなく、子どもたちが議論や発表、調査学習をするなど主体的に学ぶアクティブラーニングという授業の手法の導入にまで言及したことで、大綱的な性格から細目的に学校現場を縛る形になることを懸念する声がありました。こうした流れは、高校でも踏襲された形で、教育基本法の理念などを示した前文が初めて設けられたほか、高校のすべての授業にもアクティブラーニングを導入することが明記されました。

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ただ、中学校までとは違い、入学試験を経る高校は、大学進学を念頭にした生徒がほとんどのいわゆる進学校から、就職や専門学校を目指す生徒が多い高校まで、普通科だけでも様々なレベルの高校があり、多様化が進んでいるのが現状です。小学校の段階でつまずいた生徒にどう学び直しをさせるのか苦心している高校がある一方で、すでに総合的な学習の時間を使ってアクティブラーニングを先取りした形で生徒自身が課題を設定し、自分たちが学んだ教科の内容を活用して解決策を考えるような学習を取り入れて成果を上げ始めているところもあります。多様な高校の個々の事情を無視する形で一律たがをはめることにならないか。現場の創意工夫の芽を摘むようなことになっては意味がないでしょう。

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新しい高校の学習指導要領は、今年度中に公示され、この春小学6年生になる子どもが高校に入学する2022年度から導入されます。文部科学省は、学習指導要領は従来通り最低基準であることは変わらないという立場です。それだけに、高校の先生たちにも、指導要領のマニュアルがなければ困ると言った指示待ちの学校現場とならないよう、自ら生徒たちのための創意工夫を続けることを求めておきたいと思います。

(西川 龍一 解説委員)

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