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「生活保護 問われる"最低限度の生活"」(時論公論)

飯野 奈津子  解説委員

病気で働けなくなったり、受け取る年金が少なかったりして貯金も底をついてしまった。そんなときに生活を支えてくれるのが生活保護制度です。憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するもので、私たちの暮らしを支える最後の安全網といわれます。昨夜、札幌市で起きた共同住宅の火災で犠牲になった人の多くも、生活保護を受給していました。その最低限度の生活費を定める生活保護の基準が、来年度から見直されることになりましたが、受給者からは不安の声が上がっています。
生活保護基準の見直しについて考えます。

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<生活保護の仕組み>
まず生活保護の仕組みを簡単にみておきます。

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生活保護は、国が定める保護基準によって最低生活費を計算し、それを収入が下回った場合に不足分を保護費として支給します。保護基準は、食費や光熱費などに充てる「生活扶助」や家賃などに充てる「住宅扶助」など8つ分野別に定められています。このうち今回見直されるのは、中核となる「生活扶助」の基準です。5年ごとに水準が妥当か検証して見直すことになっているからです。

<扶助基準の見直し>
では、生活扶助基準はどう検証して決めるのでしょうか。生活保護を受けていない家庭の消費実態とバランスをとる「水準均衡方式」という方法で行われます。

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具体的には、保護世帯の生活扶助額が、保護を受けていない低所得世帯の消費支出額と釣り合っているかどうか、比べます。低所得世帯というのは、全世帯のうち、年収が下から10%以内の世帯です。まず、モデルとされる夫婦と子供1人世帯の平均の生活扶助基準額はおよそ13万6000円。低所得世帯の支出額とおおむね均衡とされました。

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その上で、住んでいる地域や世帯の人数、年齢による違いを指数化して、世帯ごとの基準額を比べたところ、都市部の保護世帯などで、低所得世帯よりも多く、一方で、地方に住む世帯で低所得世帯より少ない傾向がみられました。

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その結果、全体の67%で生活扶助額が減額、26%で増額などとなる見込みです。この見直しは、今年10月から3年かけて行われ、国費ベースでおよそ160億円、全体の1,8%の予算が削減されることになります。

<見直しに対する反対意見と政府の見解>
こうした政府の決定に、生活保護を受給している人たちからは、これ以上減額されると生活が立ち行かなくなると、減額の取り消しを求める声があがっています。というのも、ここ5年の間に、生活保護費の引き下げが続いているからです。

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前回の検証による2013年からの生活扶助費の減額。2015年には住宅扶助費と冬の暖房費にあたる冬季加算も削減されました。おかずを一品削るなど生活を切り詰めていますが、それにも限界があるというのです。
これに対して政府は、低所得世帯の消費実態との不均衡を是正するためで、今回も、生活への影響を考慮して、最大5%の下げ幅に留めたとしています。

<基準を決める仕組みに課題>
では、この生活扶助基準の見直しをどうみればいいのでしょうか。
生活扶助の基準は、「水準均衡方式」という方法で決めていますが、この決め方には課題があって、新たな検証方法を開発すべきだという意見が、検証を行った専門家会議からも出ています。どういうことなのか。まず、基準の決め方の歴史を振り返っておきます。

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●戦後まもなくはマーケットバスケット方式。最低生活に必要な食費や被服費、入浴料といった個々の品目を一つ一つ積み上げて決める方法です。
●その後のエンゲル方式は、家計に占める飲食費の割合に注目して決める方法。
●1965年からの格差縮小方式は、経済成長によって豊かになる一般家庭の消費水準の伸び率以上に保護基準を引き上げる、つまり保護基準の底上げをはかる方法です。その結果、1983年には保護基準が中間所得層の60%に達し、ほぼ妥当な水準になったとされました。
●そこで84年からは、この水準を維持しようと、一般家庭の消費水準の伸びにあわせる水準均衡方式になります。しかし、その後政府の財政削減の流れが加速する中で、2007年からは、生活保護を受けていない低所得世帯の消費実態との均衡を検証することになりました。
このように基準の決め方は、時代によって変わってきたのですが、とりわけ2000年以降、格差が広がり貧困層が増えていく中で、今の水準均衡方式にも限界が見えてきたのです。

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具体的には、比較の対象となる低所得世帯の所得や消費が下がれば、それにあわせて生活扶助基準額も際限なく下がってしまう。その結果、健康で文化的な最低限度の生活を保障する絶対的な水準を割ってしまう可能性もありえるということです。
実際、下から10%以内の低所得の総世帯の年収をみると10年前には132万円だったものが116万円に減って、暮らしが厳しくなってきています。

<今後必要なこと>
こうした水準均衡方式の課題は、前回検証の5年前と住宅扶助などを減額した3年前にも、専門家会議から指摘され、新たな検証方法を開発するよう求められていました。生活保護の基準は、小中学生の就学援助など、保護を受けずにぎりぎりの生活をする人たちを支える、いくつもの制度と連動しています。それだけに慎重な検討が必要ですが、結局今回も水準均衡方式で検証を続け、専門家会議から再び警告を受けたことは、行政の怠慢といわざるをえないのではないでしょうか。
その上で、今後生活扶助の基準を考える上で、何が必要かということです。

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●まず「これ以上下回ってはならない」という最低生活を保障する水準を設定することです。人間らしい暮らしのイメージは人によって違うので難しいのですが、オープンの場で議論して国民が納得する形で、今の時代にあった「健康で文化的な最低限度の生活」の水準を決めていくことが必要だと思います。
●その際重要なのは、これまでの基準引き下げの影響を検証することです。それぞれの世帯がどの費用を節約して健康や生活にどんな影響があったのか。それを詳しく調べることで、「これ以上下回ってはならない」水準が見えてくるように思うのです。
●その上で、もし今の水準均衡方式を続けるのなら、生活保護を受けていない家庭のどこと比べるのか、改めて議論が必要です。この方式を導入した当時、保護基準が中間所得層の60%に達したことが妥当な水準の根拠とされましたが、今は年収が下から10%以内の低所得世帯と比べることを優先しています。
●また、その際使われる一般家庭の消費動向を把握するデータも改善が必要です。現在使われているデータは、生活保護世帯の8割を占める単身世帯のデータが少なく、消費実態を十分とらえているとはいえないからです。

<まとめ> 
生活保護の受給世帯は、年金水準の引き下げや非正規雇用の拡大によって、これからさらに増える可能性があると指摘されています。健康で文化的な最低限度の生活を保障する水準はどうあるべきか、慎重な検討が必要だと思いますし、生活保護に頼らなくてもすむように、非正規で働く人の処遇改善や、住宅政策の充実、また貧困の連鎖を招かないよう、生活に困窮する家庭の子供の教育支援も重要です。
国会で、保護基準の見直しについて議論が始まりましたが、生活保護にとどまらず、他の社会保障制度や雇用、住宅、教育政策も含めて、考えてほしいと思います。

(飯野 奈津子 解説委員)

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