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「何のための幼児教育無償化か」(時論公論)

藤野 優子  解説委員

政府はきょう(8日)、幼児教育の無償化などを柱とした、2兆円規模の「人づくり」のための新たな政策を閣議決定しました。しかし、その財源の大半は、消費税率を10%に引き上げた時に借金の返済にあてる予定だった財源。しかも、先の衆議院選挙で急遽公約の柱に掲げたために、制度の具体的な設計にもいくつもの課題が残っています。

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▼負担の議論は先送りして実施することになる無償化の内容と、
▼政策の優先順位は適切なのか。
▼巨額な財源を使う以上、政策効果も問われます。
政府のプランは果たして「人づくり」に寄与する内容になっているのか。
特に、幼児教育・保育の無償化を目指すなら、何のために、また、どのようなプロセスで行うべきなのかを考えます。
 
それでは、まず、政府が「人づくり」と言う、新たな政策の内容を見ていきます。
まず、幼児教育・保育の無償化です。

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▼幼稚園や認可保育所、認定こども園に通う3歳から5歳の子どもについては、親の所得に関係なく、一律に費用を無償とする。
▼0歳から2歳の子どもについては、当面住民税非課税の世帯に限って無償とする。
▼認可の施設に入れずに認可外などの施設に通う子どもも大勢います。そうした世帯には一定額の補助を出す方針ですが、具体的な対象者は、新たな検討の場を設けて来年の夏に結論を出すとしています。
これらの政策に7000億円を超える財源がかかる見込みです。

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▼大学などの高等教育の無償化については、住民税非課税の世帯のみを対象にするとしていて、国立大学の授業料を免除、私立大学については、一定額を上限に支援するなどとしています。これも7000億円以上がかかるとみられています。
加えて、財源の最終的な確保はまだですが、▼一定の所得を下回る世帯については、私立高校の授業料の実質無償化も実施するとしています。

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▼待機児童対策として、2020年度までに32万人分の保育所の整備と、保育士の賃上げに3600億円。
▼そして、介護人材も不足しています。勤続年数の長い介護職員の給与をひと月平均8万円相当上げることに1000億円をあてるとしています。

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これらの財源のほとんどは、消費税率を10%にあげた時に、借金の返済にあてるはずだった財源が使われます。2019年10月から予定どおり10%にあがると、5兆6000億円程度の増収が見込まれています。当初は、このうち4兆円を借金の返済にあてることになっていました。ところが、安倍総理大臣はこの方針を変更し、このうち1兆7000億円を教育の無償化などにあて、不足分の3000億円を企業負担とすることにしているのです。
しかし、借金返済を遅らせれば、また子や孫の世代に負担を先送りすることになります。いま必要な政策だというのなら、負担の議論から逃げずに、正面から新たな安定財源を確保するための議論を行うべきだったと思います。

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では、ここまでしてなぜ今、政府は無償化が必要だというのでしょうか。
安倍総理大臣は、「日本が直面する最大の課題は少子高齢化。子育て世代への投資のため、子育て世帯の負担を軽減し、全ての子どもたちが質の高い教育を受けられるようにしたい」としています。
加えて、幼児教育の無償化をめぐっては、今は小学生からとなっている義務教育の年齢を将来引き下げることを目指す幼稚園団体や自民党の関係議員の声も背景にあります。

義務教育年齢の引き下げの是非は別として、確かに、現役世代で所得の低い世帯の割合が増え、経済的な支援が必要な子育て世帯も増えています。これまで日本は、子どもや子育て家庭への支援が他の主要国に比べて大きく遅れていただけに、一歩前進といえるかもしれません。ですが、衆議院選挙の直前に突然公約の柱に掲げ、急ごしらえの制度設計をしたために、具体的な設計を考えると様々な課題が残っています。とりわけ課題が多いのが、幼児教育・保育の無償化です。

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子育て世帯には、当然、無償化を歓迎する声もあるでしょう。
しかし問題は、まず政策の優先順位がこれで良いのか、という点です。
幼稚園と認可保育所のひと月の利用料というのは、もうすでに所得に応じた負担に設定されています。幼稚園では無料から2万5千円あまりの5段階、認可保育所も無料から10万円余りの8段階に設定され、複数の子どもが通っている場合や、低所得世帯への支援もさらに実施されているのです。そうすると一律で無償化すれば、高所得の人ほど恩恵を受けることになります。これが優先順位の高い支援策といえるのでしょうか。

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また、子育て支援の課題は他にも山積しています。
全国の都市部の待機児童の問題。認可の施設に空きがないため、質の確保されていない認可外の施設に通う子どもも大勢います。政府は、2020年度までに待機児童をゼロにするとしていますが、民間の調査では実際の待機児童は政府の公表数より多いという推計もあり、目標の達成は難しいと見られています。無償化されても、利用できる施設がなければ意味がないのです。
また、保育士の不足も深刻度を増し、保育士不足で開園できない施設も相次いでいます。保育士の処遇の改善や働く場の環境改善などに、もっと思い切って財源を使うべきではないかという意見も多くあります。
さらに、小学生の子どもたちが放課後過ごす学童クラブも不足しています。一人親世帯や経済的に厳しい世帯へのさらなる支援も求められています。こうした緊急度の高い課題への対応が、「一律の無償化」によって遅れる懸念があり、子育て支援全体の中での優先順位を改めて議論し直すことが必要ではないでしょうか。

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もう一つ、無償化しても、子どもたちが受ける幼児教育や保育の質がよくならなければ、政府の掲げる「人づくり」にはつながりません。巨額の財源を投じて無償化するのであれば、教育や保育の内容、質を高め、政策効果をあげていくことが求められます。
実は、海外の主要国でも、幼児教育の無償化に踏み切る国は相次いでいます。1990年代から欧米で、小学校入学前の子どもの教育が、その後の人格形成や生活レベルに大きな影響を及ぼすという研究報告が相次いで発表されたためです。
しかし、こうした国々は、教育や保育の質に関する調査を行って、どのような教育や保育を提供すれば、これからの子どもたちが必要な能力を高めることができるのかを研究し、質を評価するための統一の基準をつくり、施設ごとの評価を「見える化」する、いわば政策効果を高める仕組みをつくった上で、無償化を進める国が多くなっています。
これに対して、日本は、教育要領などの見直しは予定されていますが、教育や保育の質というと、職員の人数配置や施設の広さなどハード面を引き下げる話ばかりが多く、海外のようなビジョンづくりや評価の仕組み等の検討は進んでいません。国民が広く負担する消費税の財源を使うのなら、政策効果をあげるための取り組みも、限られた財源の有効活用につながると言えるのではないでしょうか。

今後の急速な少子化を考えれば、子どもや子育て世帯への支援に思い切った政策投資は必要でしょう。しかし、その手順や政策の優先順位を誤れば、巨額な財源ばかりを要し、何のための無償化だったのか、という結果にもつながりかねません。幼児教育のみならず「何のための無償化なのか」、もう一度、「人づくり」という原点に立ち返って、制度の詳細設計を進めてほしいと思います。

(藤野 優子 解説委員)


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