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「日馬富士引退 暴行問題の核心」(時論公論)

刈屋 富士雄  解説委員

昨日引退会見が行われた横綱日馬富士の暴行問題、今日開かれた日本相撲協会の理事会で、危機管理委員会の中間報告が行われ概要が見えて来ました。
又貴乃花親方が、警察の捜査が終わった時点で、貴ノ岩を危機管理委員会の聴取に協力させると明言しました。
今回の暴行問題の核心を整理し、相撲協会が抱えている課題を考えます。

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この後の解説のポイントですが、まず引退を決意した日馬富士の判断について考えます。そして改めてこの問題の核心を整理した上で、再発防止に向けた今後の課題を指摘します。

日馬富士の引退で、朝青龍についで横綱が二人続けて自らの暴力の責任を取っての引退という、相撲界にとっては極めて深刻な事態となりました。
朝青龍の時は、厳重注意、出場停止などを繰り返し、今度やったら引退と言う勧告を受けていた中での暴力事件でしたが、今回の日馬富士は、これまで注意も受けたことなく、初めての不祥事だっただけに、捜査が終了してから判断してもと言う声もありました。しかし、初めてとはいえ、この10年・相撲界が最も力を入れてきた課題が暴力追放です。しかもその先頭に立つべき横綱がおかした行為だけに責任は重大です。

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日馬富士もそのことを十分に理解しての決断だったと思います。「横綱の名に傷をつけてしまった。怪我を負わせたのは事実、横綱として責任を取りたい」と語りました。

日本国籍は取れていないので、日馬富士は相撲界を去らなくてはいけません。
私は、日馬富士が、新弟子の頃から取材して来ましたが、幕下の頃、彼が言った言葉が強く印象に残っています。

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「この道で生きていくと決めたからには、命がけで取り組まないと意味がない。何故日本の若者は、取り組まないんだろう。」まさに全身全霊で相撲道に打ち込んできた17年間の結末が、こういう形になったことは、個人的にとても無念です。

では改めて今回の問題の核心を整理してみます。
問題の核心は2つです。

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一つは、日馬富士が暴行により、貴ノ岩に傷害を負わせたこと。
もう一つは、公益法人として生まれ変わったはずの日本相撲協会の危機管理体制が出来ていなかったこと。

一つ目の暴行問題、今日の理事会で危機管理委員会の中間報告が行われました。
10月25日の食事会は、鳥取城北高校の関係者が開いたOB力士を激励する会でした。

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その一次会で、白鵬が、貴ノ岩に対し、9月、東京の飲食店で粗暴な言動をしたことについて説教を始めましたが、その場は、普段から貴ノ岩をかわいがっている日馬富士が貴ノ岩をかばい収まりました。

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二次会も高校関係者が企画して行われましたが、この席で、白鵬が、貴ノ岩と照ノ富士2人に高校の恩を忘れないようにと諭していた最中に、貴ノ岩はスマートフォンをいじっていて、日馬富士が注意すると「彼女からのメールです」と苦笑いし、その態度に腹を立てた日馬富士が平手で顔面を殴って謝罪させようとしたところ、貴ノ岩は、にらみ返したうえ、謝罪しようとしなかったため、謝罪するように言いながら、平手で十数回、カラオケのリモコンで数回殴ったと報告されました。

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ビンや灰皿は出てきませんでした。貴ノ岩の怪我については、全治2週間は10月26日から11月8日のことで、退院した9日の時点で状態は安定していたと報告されました。この報告に対して、貴乃花親方の発言はなく、ただ警察の捜査が終わった時点で貴ノ岩に、危機管理委員会の聴取に協力させると明言しました。次回12月20日に臨時理事会が開かれ、危機管理委員会の最終報告が行われます。

二つ目は、公益法人として生まれ変わったはずの日本相撲協会の危機管理体制が出来ていなかったことです。スポーツ庁の鈴木長官の発言「場所前に、やれることをやっていただきたかった。」がその本質を突いています。

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問題の暴行は、九州場所の始まる18日も前の、巡業中に起きました。この時の現場の責任者・貴乃花巡業部長が、事態の把握に動いていれば、場所中に混乱する事はなかったはずです。3日後に被害届を出していますが、この時から動いても遅くはなかったはずです。
危機管理委員会に報告しても、公にして、正当な裁きを主張できるポストが、巡業部長です。にも拘らず、その巡業部長としての職務を放棄し、師匠としての感情を優先させて、組織の対応を遅らせた責任は免れません。
又その一週間後に、被害届受け取った警察から連絡を受けながら、事態を把握できなかった相撲協会の危機管理委員会にも責任があります。初日まで10日あったわけですから、事態の深刻さを察知し、関係者から事情を聴いていれば、九州場所中の混乱は避けることが出来たはずですし、千秋楽・翌日の横綱審議委員会にも判断材料を報告できたはずです。
鏡山危機管理部長や八角理事長の責任も大きいと思います。

このように今回の問題の核心を整理してみると、日本相撲協会が抱える大きな課題が二つ見えてきます。
一つ目は、暴力に対する認識の甘さです。
10年前、力士暴行死事件を起こした相撲協会は、組織をあげて暴力追放に取り組んで来ました。確かに、稽古場での暴力・体罰は目にしなくなりましたが、稽古場以外で、未だ根強く残っていたことが今回露見してしまいました。
最近も、取材中に、時々聞く言葉がありました。

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「そんなのは、暴力の内に入らない」という言葉です。毎日稽古で、張り手や頭同士の激突を経験している力士にとって、2~3発殴られたぐらい暴力の内に入らないという感覚が、知らず知らずのうちに、暴力に対する基準が一般社会とはずれてきているという指摘も以前からありました。その感覚のずれが、暴行の現場にいたほかの力士の止めるタイミングを遅らせ、翌日の貴ノ岩の様子を見て、日馬富士自身もたいした事ないと判断してしまったのだと思います。
稽古での張り手やぶちかましの感覚と日常生活とをはっきりと区別し、線を引かなければ行けません。稽古場と飲食店は違います。一発でも暴力なんだという当たり前の基準を再確認し、徹底する必要があります。

二つ目は、公益法人としての自覚の欠如です。
日本相撲協会は3年前に公益法人に移行しました。それまでは、各相撲部屋の集合体でした。ですから、力士も各部屋に誓約書を出して入門していました。この体制は、江戸勧進相撲がスタートしてから330年間変わりませんでした。その結果、何か不祥事が起きても、師匠がすべての責任を負うべきという認識が根強く、組織としての対応が出来ず、責任の所在もはっきりしませんでした。つまり時代に対応できなくなっていたわけです。

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そのままでは、公益法人として認可されない状況でしたが、亡くなった北の湖・前理事長の組織改革で、力士は相撲協会に直接誓約書を出して協会員として登録し、部屋を経営する親方も相撲協会と力士養成・委託契約を結ぶという形で、全体を一つの組織とし、責任の所在を明確にしました。
しかし、今回の相撲協会の対応は、まだ古い意識に引きずられ後手後手にまわっている印象は、ぬぐえません。
組織全体でしっかり対応していくという意識が共有されていれば、暴行問題が起こった直後に、協会内で情報を共有、警察への対応も含めて対処でき九州場所に入る前に、落ち着きを取り戻していたはずです。

まだまだ多くの親方が、公益法人の組織の認識が薄いという声が上がっています。3年間に歴史的な大改革を行って生まれ変わった今の組織を、理解していないばかりか、公益法人そのものを否定しているかのような行動は、公益法人としての存在を危うくしかねません。早急に全協会員の意思統一が必要です。

相撲界は、3日から冬巡業が始まります。
ちょんまげをつけた力士は伝統文化の象徴であって、暴力の象徴であってはいけません。一般社会の常識の中で、常識を超えた厳しい稽古の日々を送ってこそ、力士の存在価値があることをもう一度確認して欲しいと思います。

(刈屋 富士雄 解説委員)

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