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「TPP11大筋合意~日本の果たす役割」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アジア太平洋地域の貿易や投資の自由化をめざすTPP=環太平洋パートナーシップ協定。アメリカをのぞく11カ国で協定を発効することで、閣僚間で大筋合意しました。
「まずはアメリカ抜きで始めて将来の復帰を待つ」という戦略ですが、そのTPP11にどのような意味があるのかを考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
・アメリカぬきで縮小した自由化の内容
・TPP11の合意を急いだ背景にある思惑
・アジアの貿易の自由化における日本の役割
 です。
まずはTPP11とはどういったものなのか、具体的にみていきます。

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TPP11が実際に発効すれば、加盟国同士の輸出入にかかる関税が大幅に引き下げられるなど、自由化が大きく進みます。たとえば日本の乗用車の場合、カナダに輸出する際にかかる6.1%の関税が、協定発効後5年目に撤廃されるほか、ベトナムに輸出される際にかかる最大で70%の関税が発効から13年目までにすべて撤廃されます。最終的には、加盟国から輸入される工業製品の全品目の99.9%が撤廃されることになります。

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一方、オーストラリアなどから日本に輸入される牛肉には、現在27.2%から38.5%の関税がかかっていますが、これを最終的には9%に。カナダなどから輸入される豚肉の関税も現在の一キロあたり482円から50円に大幅に引き下げられることになります。農家にとっては競争が厳しくなる一方、消費者にとっては価格が安くなるというメリットが生まれます。
このように加盟国の貿易に少なからぬ影響を与えるTPP11ですが、アメリカが入らなかったことで自由化の効果は縮小することになりました。ここでその内容を見てみます。

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ひとつはその規模です。アメリカが入れば世界のなかの人口で11%、GDP=国内総生産で37%を占めるはずでしたが、アメリカが離脱した結果、人口で6%GDPで13%とかなり縮小しました。

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また自由化の内容もやや後退しています。アメリカが求めていた知的財産権の保護など20項目が、アメリカがTPPにもどるまで実施されない「凍結」扱いとなりました。また「国有企業に対する優遇措置を禁じる新たなルール」など4項目についても新興国などが、「そもそもアメリカへの輸出が増やせることを前提に譲歩したものだ」として、凍結を主張していました。結局調整がつかずに継続協議となり、今後に課題を残しています。

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さらに発効する条件も緩和されました。もともとは、「GDPで85%を占める6カ国以上が承認すること」とされましたが、今回はGDP比率の条件はもうけていません。TPPがアメリカの離脱で崩壊しかけたことを教訓としたものとみられますが、今後の協議の行方によっては、最終的な加盟国がさらに少なくなるおそれもあります。

こうしてみると今回の交渉、多少の妥協をしてでも合意を急いだ感じがしますが、そこには共同議長国を務めた日本の思惑がありました。
ここからはその思惑についてみていきます。

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まず第一に、アメリカによる二国間の自由貿易協定の要求に対し、TPP11を防波堤にしたいという思惑です。トランプ大統領は、今回のアジア歴訪中に行った演説で、インド・太平洋地域の国々と2国間の貿易協定の締結をめざす考えを強調しました。
またペンス副大統領も先月の日米経済対話で日本との2国間の貿易交渉に関心を示しました。
2国間協議となれば、両国の利害をめぐる対立が、先鋭化し、日本が農産物の関税引き下げなどで大幅な譲歩をせまられるおそれがあります。しかしTPP協定という形で各国とスクラムを組んでおけば、「TPP以上の譲歩はできない」として、要求を拒めるのではと考えられているのです。

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もうひとつのねらいは、アジアの貿易の自由化に向けてTPP11の合意が先駆的な役割を果たすことです。

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いまアジアでは、TPPとは別に、日中韓それにアセアン諸国など16カ国によるRCEP=東アジア地域・包括的経済連携という貿易自由化の枠組があります。GDPの規模で世界全体の30%にもなる巨大経済圏ですが、途上国でもついていけるように低いレベルの自由化となるおそれがあります。これに対し、TPPは、モノの貿易以外にも外資規制の緩和や環境への配慮など幅広い分野で高いレベルの自由化を目指しています。日本としては、自由化のレベルの高いTPPを先行させて、これをてこにRCEPの自由化のレベルをひきあげたい狙いがあったのです。

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最後に、日本が今後アジアの貿易の自由化にむけて果たすべき役割について考えてみたいと思います。
経済成長著しいアジアでは、いまアメリカと中国の間で勢力圏争いが展開されています。

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アメリカのトランプ大統領は、今回のアジア歴訪中の演説で、「インド太平洋地域の国々と結びつきを強め、繁栄を促進するため協力していく」考えを表明しました。しかし、トランプ氏は、これまで、自国の労働者を守るために海外からの輸入を制限するという保護主義的な言動を繰り返してきました。もともとアメリカはTPPを主導する立場だったにも関わらず、いまや「自らの手を縛るような貿易協定には加わらない」として、多国間の自由貿易枠組みに背を向けています。

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一方、中国の習近平国家主席は、先週末ベトナムで開かれたAPEC=アジア太平洋経済協力会議で演説し、「開放的な政策のもとでアジア太平洋地域の発展を実現していくべきだ」と述べ、アジアの自由貿易の推進に積極的な役割を果たしてゆく考えを強調しました。中国はいま一帯一路という巨大な経済圏構想をかかげ、みずからの権益をアジアに拡大しようしています。しかし、中国に対しては、国有企業が政府から事実上の補助金を受けているとか、知的財産権がきちんと保護されていないなどの批判が向けられています。こうしてみると、いまアジアでは、自由貿易のリーダーが不在という情況です。
 こうした中で日本としては、何をすべきなのでしょうか。

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まずは、TPPの発効に向けて、今後も参加各国との調整を丁寧に行い、離脱する国を出さずに11カ国すべてが参加する形にする。そのうえでこのTPP11をいわば雛形として活用し、アジアの貿易の自由化のレベルをひきあげ、その中に中国も巻き込んでいく。そしてアメリカをTPPに引き戻す。
この最後のステップは、トランプ政権が続く間は難しいでしょうし、その後も容易ではないかもしれません。しかしアメリカ国内でも牛肉の生産者などからは、TPPに入らなかったおかげで、関税が引き下げられる国との競争力を失ってしまうと不満の声があがっています。各国に利益をもたらす自由化の枠組みづくりを進めていけば、アメリカも「多国間の自由貿易協定こそ自国に利益をもたらす」と再認識する可能性がないとはいえません。

各国が保護主義的な行動に走れば、国際貿易は縮小し世界経済の成長は鈍ってしまいます。TPP11の大筋合意は、こうした動きに「待った」をかける形となりました。
その交渉で日本は終始主導的な立場にたち、アメリカの離脱で空中分解しかけた11か国をなんとかつなぎとめることができました。今後も世界の貿易が自由で開かれたものとなるよう、地道なとりくみを続けていくことを期待したいと思います。

(神子田 章博 解説委員)

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