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「臓器移植法20年 移植医療の課題」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

臓器移植法が施行されてから、20年になります。
長い間、脳死からの臓器提供が行われなかった日本で、この法律によって心臓などの移植医療が動き始めました。脳死と判定された人から臓器が提供されるケースは、年間数十例行われるようになって来ましたが、一方で、海外のような日常的な医療には、なっていません。
この20年を見ながら、日本の移植医療の課題を考えます。

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臓器移植法が施行されたのは1997年10月16日です。

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その年以降の臓器提供の件数を示したのがこちらの図です。これには、心臓が止まってから腎臓や角膜を提供したケースも含まれています。脳死と判定された人からの臓器提供は、図中の赤い部分です。
日本では、以前から脳死を人の死とするかどうかが大きな議論になっていました。このため、脳死になった人からの臓器移植を行うと殺人罪で告発されるおそれがあるなど、社会的な壁は高く、心臓などの臓器移植は長い間行われませんでした。そこで、法律でルールを定めることで、移植医療を進めるという選択肢がとられたのです。

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ただ、脳死段階での臓器提供ができるケースを、提供者本人が生前、書面で意思表示をしている場合に限るなど、条件を厳しくしたことから、1年に数件程度という年が続きました。
ただ、図を見ると、2010年以降、脳死段階の提供が増えています。
これは、法律が改正されて、本人の書面がなくても家族の承諾で臓器提供が出来るようになったためです。その後、件数は年々増えていますが、移植医療に携わる関係者からは「まだ少ない」という声が聞かれます。

それを示すのが、このグラフです。

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各国の人口100万人あたりの年間の臓器提供件数です。例えば、アメリカは100万人あたり年間28件で、これに対して日本は、0.7件です。欧米諸国の数十分の1、世界の中で極端に少ないことが分かります。

ここで、臓器提供の手順を見てみます。

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日本臓器移植ネットワークからコーディネーターが駆けつけます。脳死判定が行われ、説明を受けた家族から承諾を受けます。そして、ネットワークに登録されている患者の中から優先順位が高い患者を選び、心臓、肺、肝臓などの移植手術が行われます。

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この20年間の登録状況を心臓についてみてみます。
心臓移植が必要だとして登録された人は、20年の累計で1390人います。このうち、今も登録して移植の機会を待っている患者がおよそ600人います。移植手術を受けた人が350人あまり、320人は手術を受けられずに亡くなっています。(2017年8月31日現在)

法律が出来たのに、なぜ、臓器提供が少ないのか。日本人は、以前、指摘されたように臓器提供に抵抗感があるのでしょうか。
こちらは、内閣府の調査です。

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家族が脳死と判定された場合、どうするか聞いたところ、本人が臓器提供の意思表示をしていなかった場合は、家族の判断で臓器提供を承諾するが38%です。本人が提供の意思を表示していた場合は、87%の人がその意思を尊重すると答えています。特に若い世代で臓器提供に積極的な傾向があります。
こうした調査からは、海外に比べて臓器提供が極端に少ないことを説明できません。

では、なぜ少ないのか。実は、本人や家族に臓器を提供したいという意思があっても、それが生かされないケースが数多くあると見られています。
脳死からの臓器提供を行う施設については、脳死判定を確実に行う必要があるとして、大学病院や高度な救急医療が行える病院など、全国896の施設に限定されています。

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これらの施設に脳死からの臓器提供をする体制が整っているかどうか厚生労働省が行った調査では、「体制が整っていない」という施設が半数ありました。
整っていない理由は、マニュアルが出来ていないなど様々ですが、これらの病院に搬送された場合、本人や家族に提供の意思があっても、脳死からの臓器提供は行われません。

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一方、「体制が整っている」(これには脳死判定が難しい18歳未満については体制整備がまだという病院を含む)施設は、残りの半分あります。しかし、このうちの62の施設だけで、20年間の脳死からの臓器提供の60%を占めています。
臓器提供は限られた病院で行われているのが現状で、欧米などと大きく違うところです。

臓器提供は、個人の死生観に関わる問題なので、むやみに増やす対策をとればいいということにはなりません。ただ、本人や家族の意思が生かされずに提供されないのは大きな課題です。

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そうしたケースを減らす一層の努力が求められ、それが結果として、移植を必要とする患者を救うことにつながります。

では、今後、どういったことが求められるのでしょうか。
臓器提供が検討されるような重症の患者は、多くが集中治療室で治療を受けます。

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「救急の現場は忙しく、臓器提供を行う余裕はない」という意見もあります。また、「命を助けることに懸命になっている主治医が、ある段階になったら今度は患者の死を前提にした臓器提供の話をもちかけるということは出来ない」という声も聞かれます。

救急現場の医師などの間で、いま、その解決に向けた検討が始まっています。
患者が搬送されてきたときから、患者や家族に寄り添ってサポートする役割をする専門的な職員を病院に新たに置くというものです。

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重要なこと、医学的なことを説明するのは、当然、主治医になりますが、サポート役は、患者の容態や治療について、きめ細かく相談にのったり、疑問を解消したりします。さらに、容態が深刻な状態になったとき、いわゆる「終末期」の医療をどうするのか、必要な情報を提供するという役割を担うことが考えられています。
こうした支援は、臓器提供に関わらず、家族には必要です。その中で、状況によって臓器提供という選択肢があることを家族に示すという考え方です。
こうすることで、主治医が臓器提供の話を持ちかける必要はなくなり、治療に専念できるなど、その負担を軽くすることになります。医療現場に本人や家族の臓器提供の意思を尊重する余裕がうまれると考えられます。

対策が求められているのは救急医療の現場だけはありません。

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ひとつが日本臓器移植ネットワークです。
いま、コーディネーターの体制は十分とはいえません。家族の意思を直接、確認し、患者選定を行うなど、移植医療を支える重要な存在ですが、最近は数年でやめてしまう若手コーディネーターが多く、コーディネーター養成のあり方の再検討が迫られています。
さらに、移植手術を行う病院側も課題があります。
複数の臓器提供が同時に進行し、ある病院で2件の移植手術が重なったとき、対応できず、結局、1件は別の病院の患者に手術が行われるというケースも起きています。このようなことにならないよう、一部の病院の間では、お互いにカバーする試みが行われていますが、支援システムを全国的なものに作り上げないと臓器提供の増加に対応できなくなります。
日本の移植医療は、これまで日常業務をしながら、臓器提供があったとき、特別に対応するという体制で乗り切ってきましたが、その限界がすでに現われ始めています。

臓器移植法には、「基本的な理念」として、臓器提供についての本人の意思は尊重されなければならないと記されています。しかし、20年という時が経った現在も、その理念は必ずしも実践されていません。
臓器を提供したいという尊い意思をいかにして臓器移植につなげるのか。移植医療全体をもう一度見直すことが必要になっています。

(中村 幸司 解説委員)

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