2009年10月13日 (火)時論公論 「どうなる取り調べの全面可視化」

(藤井キャスター)

ニュース解説・時論公論です。
民主党がマニフェストに掲げていた、容疑者の取り調べの様子を録音・録画する「取り調べの可視化」の行方について、渥美哲解説委員がお伝えします。


(渥美解説委員)

新政権が発足して、民主党のマニフェストに盛り込まれていた「取り調べの全面可視化」をめぐる動きが活発になっています。法務省はきょう、この問題についての勉強会を省内に設け、検討に入ることを発表しました。この問題は、取り調べだけでなく警察や検察の捜査のあり方を見直す重要な問題で、捜査当局や弁護士会など、それぞれの立場から論議を呼んでいます。今夜は、この問題を考えます。

まず、「取り調べの全面可視化」とはどういうものか。

「可視化」は「見ることを可能にする」ということで、ごらんのように容疑者の取り調べの様子を撮影し、録音・録画することです。これをすべての事件の、すべての過程で行うのが「取り調べの全面可視化」です。

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日弁連・日本弁護士連合会が、無実の人が罪に問われる「えん罪」をなくすために、かねてから求めています。1980年代に行われた死刑囚の再審・やり直しの裁判で無罪判決が4件続いたことなどを受けて、取り調べをすべて録音・録画して、その内容を裁判などで裁判所や弁護士が検証できるようにして、不当な取り調べを防ぎ、自白の強要や誘導がないようにしようというものです。

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民主党は今年4月、「取り調べの全面可視化」を内容とする刑事訴訟法の改正案を国会に提出し、去年に続いて参議院では可決されましたが、衆議院で廃案になっています。そして、民主党は8月の衆議院選挙のマニフェストに、「取り調べの可視化でえん罪を防止する」ことを盛り込んでいました。

新政権の発足で就任した千葉法務大臣は、この「取り調べの全面可視化」について、「マニフェストの実現に向けて着実に前進していきたい」としています。

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この「取り調べの全面可視化」については、警察庁や法務省・検察庁がこれまで強く反対してきました。捜査当局の主張をみてみます。

日本の警察は、これまで取り調べに重きを置く捜査を行ってきました。警察庁と法務省は、「日本の刑事司法では、事件の真相を解明し真犯人を処罰することが国民から求められていて、真犯人を特定し、犯罪の動機や態様などを十分に明らかにするために容疑者の取り調べは不可欠なものだ」としています。

そして、「取り調べの全面可視化」について、「真実の解明に影響を及ぼす懸念がある」としています。「取り調べをすべて録音・録画すると、容疑者が犯行の背景にあった生い立ちや家族・男女間の秘密といった個人的事情についての供述がすべて公になってしまうことを意識して真相を供述することをためらうとか、組織的な犯罪においては報復を恐れて組織の関与や上位の人物についての供述が得られなくなる、などとして、「全面可視化は取り調べの機能を大きくそこね、真実の解明が困難になり、その結果、犯罪者が野放しになり、治安に重大な影響がある」としています。

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これに対して、日弁連は、「ここ数年の間にもえん罪が明らかになった例が相次いでいて、全面可視化を早急に行うべきだ」としています。

最近、えん罪が明らかになった例というのは、ごらんの事件です。2年以上服役していた被告が、別の男が犯行を自供したことから無罪になった富山県の氷見事件や、公職選挙法違反の事件じたいが架空だったと指摘された鹿児島県の志布志事件などです。さらに今年6月には、栃木県の足利事件で、幼い女の子を殺害したとして無期懲役が確定した菅家利和さんが無実であることがわかり、釈放されました。

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日弁連は、こうした事件では、密室での取り調べで自白の強要や誘導があったとして、「取り調べの全面可視化」によってえん罪をなくすことが急務だとしています。


えん罪をなくし人権を守ることと治安を守ること、国民にとっては、このどちらも大切です。

この問題をどう考えるか。「取り調べの全面可視化」を実施するべきかどうかについては意見が対立していて、さらに十分な議論が必要だと思います。ただ、警察などが取り調べを全面可視化すると取り調べの機能が損なわれ、結果として治安に影響が出ると主張している点については、国民にもっと説得力のある説明が必要だと思います。

そして、えん罪をなくすという点ですが、これは当然のことで、無実の人が逮捕・起訴されたり、服役したりすることは、あってはならないことです。

警察庁は、さきほど述べた氷見事件や志布志事件の教訓を踏まえて、去年、「取り調べ適正化指針」をまとめ、捜査部門以外の警察官による「取り調べの監督制度」などを始めています。また、警察と検察は、裁判員制度の導入を前に、自白の任意性を立証する手段として取り調べの「一部」を録音・録画する取り組みを始めています。しかし、これでは不十分だという指摘があります。

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さきほどの志布志事件の一連の捜査では、取り調べにあたっていた捜査員が、否認を続けていた容疑者に対して、肉親の名前などが書かれた紙を無理やり踏ませるという違法な取り調べをしていました。

また足利事件で釈放された菅谷さんは、当時の取り調べについて、「朝から晩まで、机をたたかれ、髪をつかまれ、怖くなった。どうでもいいやと思ってしまって、犯行を認めた」と話しています。

足利事件など、捜査当局の一部が犯した過ちが「取り調べの全面可視化」を求める声をさらに強くしているわけで、警察や検察には、取り調べを適正に行うことがあらためて強く求められています。捜査当局は、自白を偏重して客観的な証拠に基づいた立証を怠っていた部分があったことを反省し、無実の人が服役したりすることが繰り返されないと国民が納得できる施策をとってほしいと思います。そうでなければ、「取り調べの全面可視化」に向けた動きを止めることはできないのではないかと思います。


一方、「取り調べの全面可視化」をめぐっては、もうひとつ論議になっていることがあります。それは、新しい捜査手法の導入と一緒に実施するかどうかです。

新政権で就任した中井国家公安委員長は、「取り調べの全面可視化を実施する場合、捜査当局が司法取引やおとり捜査などもできるようにするべきで、新たな捜査手法の導入がなければ全面可視化は行うべきでない」としています。

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この「新しい捜査手法とセットでの導入」には日弁連が強く反対しています。


中井国家公安委員長が「取り調べの全面可視化は新たな捜査手法の導入と一緒に行うべきだ」としているのは、治安を担当する閣僚として、取り調べを全面可視化すると取り調べの機能や治安に影響がでるという捜査当局の意見に配慮したものです。

司法取引というのは、一般的に容疑者や被告が罪を認め捜査に協力するかわりに刑を軽くしたりする制度です。また、おとり捜査は、捜査員が身分を隠して犯罪を行うよう働きかけて摘発する捜査手法です。いずれも欧米では行われていますが、日本では麻薬取締りなどごく一部に限っておとり捜査が認められているだけで、これまで行われていません。

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海外の例をみてみます。

ごらんのように、イギリス、アメリカの一部の州、オーストラリアなど、取り調べの可視化を行っている国では、司法取引や通信・会話の傍受、おとり捜査や潜入捜査など、取り調べ以外の様々な捜査手段が導入されています。中井国家公安委員長は、全面可視化を実施する場合には、捜査当局にこうした捜査手法を「新たな武器」として与え、自白以外の証拠を集めやすくすることで、これまでの自供中心主義から客観的な証拠中心主義に変えていきたいとしています。

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これに対して日弁連は、「取り調べの全面可視化」と新たな捜査手法をセットで導入する考えは間違っているとして強く反対しています。こうした新たな捜査手法については捜査当局の乱用を懸念する意見が根強くあり、「取り調べの全面可視化」と新たな捜査手法の導入は別々に議論するべきだとしています。

また、千葉法務大臣もこうした司法取引やおとり捜査など新たな捜査手法については、「これまでかなりの議論や批判がある」として導入に慎重な考えを述べています。

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この新たな捜査手法の導入の是非について、国民が判断する材料がまだまだ不足していると思います。国は、導入している海外の国の司法制度や捜査手続、その実態を含めて、綿密な調査や研究を行い、国民に判断材料を提供するべきだと思います。


これまで見てきたように、「取り調べの全面可視化」については捜査当局から異論が、また新たな捜査手法とセットでの導入については、日弁連や閣内の千葉大臣からも異なる意見が出ています。

この問題について、法務省は、省内に勉強会を設けて、来週にも初会合を行い、取り調べをすべて録音・録画した場合のメリットのほか、捜査に与える影響や問題点についても検討をすすめることにしています。

また、警察庁も、来年度予算に、「取り調べの全面可視化」についての調査・研究費を盛り込み、導入している海外の国の調査などを行うことにしています。

この問題についてはさまざまな意見があるだけに、警察庁や法務省・検察庁は、調査や検討の結果を国民によりわかりやすく丁寧に説明してほしいと思います。

そして、国は、今後、各界や国民の声をしっかり聞き、十分にじっくり議論して、検討を進めてほしいと思います。

投稿者:渥美 哲 | 投稿時間:23:58

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