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「どうする ニッポン人の健康」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

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「健康日本21」という取り組みをご存じでしょうか?これは、「国民が野菜をちゃんと食べているか」から、一日に歩く歩数や肥満の人の割合、喫煙率、脳卒中やがんの死亡率まで、健康・医療の幅広い分野で国が数値目標を掲げている一種の国民運動とされますが、その進捗状況の評価が今、進められています。そこから浮かび上がってきた日本人の体と心の健康の今、を考えます。

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 健康日本21は、「21世紀の国民健康づくり運動」として2000年から国が進めてきたものです。その目的には、急速な高齢化が進む日本で単に寿命を伸ばすだけでなく「健康寿命」、すなわち日常生活を健康上の支障なく過ごせる期間を伸ばすことがあります。これは医療や介護の社会負担増を抑えることにもつながります。その実現に向けて、国は53項目にのぼる数値目標を掲げています。
 私たちにもわかりやすい数値としては、例えば血圧の「上」の値を男性の平均で134、女性は129まで下げるとか、一日に歩く歩数を64歳以下の男性では9000歩、女性は8500歩まで増やす、といったものがあります。一方で、がんの死亡率低下や循環器疾患、つまり脳卒中や心臓病の死亡率低下、そして高齢者の社会参加の増加などはなかなか個人の努力でどうにかなるものではありません。そういう意味では、健康日本21は国民運動だと言っても、住民検診を行う自治体や従業員の健康管理をすべき企業など様々な主体が「一緒になって健康づくりに取り組みましょう」といった意味での運動だと言えます。そして、数値目標はむしろ国や自治体が行う施策の効果を評価するためのものと言えるでしょう。

 現在は2013年に始まった第二次10か年計画が折り返し点にさしかかる時期で、目標がどの程度達成されているのか、厚生労働省の専門委員会が中間評価を進めています。そこに集められたデータからは私たちの体と心の現状が浮かび上がってきました。

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 例えば、病気の死亡率を下げる目標について、「目標達成」とされたのは脳卒中や心臓病などのいわゆる循環器疾患です。国の人口動態調査の数字から既に目標を前倒しするペースで死亡率が下がっているとされました。ただし、これはあくまで死亡者が減ったのであって病気の人自体が減ったとは限りません。専門委員会では、治療法の進歩によって脳卒中や心筋梗塞を発症しても命が助かるケースが増えているので必ずしも健康寿命を延ばしたとは言えないと、慎重な評価が必要であることが指摘されました。
 一方、目標が未達成とされたのががんです。がんによる死亡率は高齢化の影響を差し引けば、近年
下がってきてはいるのですが、目標の数値は達成できませんでした。専門家からは、がん検診の受診率をもっと高めて早期発見につなげることや、やはり目標を達成できていない喫煙率の低下をさらに推し進め、未だに多い職場や飲食店などでの受動喫煙を無くしていく必要性が挙げられています。
 続いて、「心の健康」に位置づけられた項目では、目標を達成しているとされたのが自殺者の減少です。以前は年間3万人を超えていた自殺者は2万1千人台まで減っています。ただ、それでも国際的に見れば日本は依然として自殺者がとても多い国です。
 一方、うつ病や不安障害などに相当する心理的苦痛を感じる人は減っていません。成人の10人に1人が今もこうした心理的苦痛を感じながら暮らしている現状が浮き彫りになりました。

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 中間評価の議論の中で、大きな課題とされたのが、病気予防などの基礎にもなる私たちの生活習慣の状況でした。
 例えば食生活。主食とおかず、野菜などを組み合わせた食事を1日2回以上とる人を増やすという数値目標が設定されています。ところが実際は適切な食事をとっている人は6割を切り、悪化しています。運動習慣を持つ人を増やすという目標も横ばいで改善は見られません。健康のために一日に歩く歩数を男性で1日9000歩、女性で8500歩を目ざす目標が掲げられていますが、平均で1千歩以上足りない状況です。そして睡眠不足の人を減らすという目標も達成できていません。むしろ中高年ではさらに睡眠不足の人が増える傾向にあります。背景には長時間労働など、現在の日本社会が抱える問題があると指摘されました。
                                                                             
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 国は中間評価をまとめると共に、今後5年間でさらに改善に向けた施策を進める方針です。しかし、そこには多くの課題があります。
 まず、国民運動であるはずの健康日本21ですが、一般の人たちに知られているとはとても言えません。国が「一日9000歩歩く」とか「塩分を一日8g以下に」など目標数値を掲げても、啓発が不十分なのは否めません。
 そして、住民の健康診断や従業員の労務管理などを通じて活動の推進役となるべき自治体や企業に対しても、より働きかけが必要でしょう。近年、認知症になるリスクや転倒する人の割合などが自治体によって大きな格差、言わば健康の地域格差があることも明らかになっています。
 そうした中、例えば愛知県武豊町では、高齢者が気軽におしゃべりをしたり体操や趣味を楽しめるサロンの整備を進めました。町内のどこからでも歩いて通えるよう、地区ごとに13箇所も整備したのが特徴です。年4回以上高齢者サロンに参加した人は、認知症の発症リスクが3割も減ったと報告されています。こうした独自の取り組みを行う市町村は増えてはいますが、具体的にどうすればいいかわからないという所も少なくありません。効果を挙げている施策を情報共有したり、行動マニュアルを国が示すなどして健康格差の解消を支援すべきではないでしょうか。ある意味で健康長寿を実現するカギは地域が握っているとも言えるでしょう。

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 もう一つ、国民の健康寿命を延ばしていくきっかけとして活用したいのが、2020年の東京オリンピック、パラリンピックです。例えば2012年のロンドン五輪では、イギリス政府やロンドン市が、オリンピックを機に国民の健康を向上させることを目標に掲げ、競技用施設だけでなく地域の運動施設の整備なども進めました。その結果、オリンピック後も定期的に運動をする人が増えたなど成果が報告されています。
 また、2007年には受動喫煙対策として、飲食店など公共の屋内全てを禁煙にする法律も作りました。こうした取り組みは日本も参考にできるのではないでしょうか。

 超高齢社会に突入した日本で、より健康に生き生きと暮らしていけるようにするために何ができるのか?行政・事業者・そしてそれぞれの個人にも取り組みが求められているのは間違いないと思います。

(土屋 敏之 解説委員)

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