NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「『予知前提』見直しへ 南海トラフ・東海地震対策」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

ニュース解説「時論公論」です。南海トラフで起こる巨大地震の防災対応を検討してきた国の検討会が、「地震予知」を前提にした今の対策を全面的にあらため、新たな防災体制をつくるよう求める報告書をまとめました。40年近く続いてきた取組みの抜本的な見直しを求めるもので国の地震対策が大きな転換点を迎えることになりました。その背景と課題について考えます。

j170830_00mado.jpg

解説のポイントは3つです。

j170830_01.jpg

▼予知前提の対策をなぜ、いま見直すのか
▼報告書が求める「予知を前提としない新たな防災体制」とはどのようなものなのか
▼見直しの課題

【予知前提の対策をなぜ改めるのか】
VTR
6年前の東日本大震災をきっかけに国は南海トラフ巨大地震の対策に力を入れてきました。その一部である東海地震だけは以前から予知を前提とした防災計画が組まれていることから、対応を整理するため有識者による検討会を設け議論を進めてきました。

まとまった報告書の最大のポイントは、「40年近くにわたって続けられている、地震予知を前提とした対策をやめて、新たな仕組みをつくるべきだ」と初めて、はっきり指摘した点です。
どういうことでしょうか。

j170830_02.jpg

南海トラフは静岡県の駿河湾から九州沖にかけて続く海溝で、おおむね100年から150年の周期で巨大地震が繰り返し発生してきました。

前回、70年ほど前の地震のとき、駿河湾周辺だけが割れ残って地震が起こらなかったため、ここで地震が切迫していると考えられました。これが東海地震で、39年前に「大規模地震対策特別措置法」いわゆる「大震法」が作られて、「予知」を前提にした大がかりな防災体制が作られました。

j170830_03.jpg

地震発生の2~3日前に前兆を捉えて内閣総理大臣が「警戒宣言」を発表。これを受けて被害が予想される「強化地域」では地震が起こる前に住民を避難させたり、交通機関を止めるなど厳しい規制をかけて被害を防ごうというものです。

しかし、その後地震の研究が大きく進み、メカニズムや地下の岩盤の動きなどがわかるようになればなるほど、地震を予知することが難しいことがわかってきました。

j170830_04_0.jpg

j170830_04_1.jpg

j170830_04_2.jpg

j170830_04_3.jpg

j170830_04_4.jpg

例えば、東海地震予知の有力な手がかりとされてきた「プレート境界面のすべり」です。
東海地震は地下に引きずり込まれたプレートと呼ばれる岩盤が跳ね返ることで発生します。限界に達して大きく跳ね返る前にプレートがくっついた部分がすべり始めると考えられ、その動き捉えて地震を予知し、警戒宣言を出そうと考えていました。しかし研究が進んだことで、すべり始めても途中で止まって地震が起きない場合もあることがわかってきたのです。

j170830_05.jpg

こうしたことから報告書は、まず
「警戒宣言後に実施される対策が前提としている『確度の高い地震の予測』はできない」と明言しました。つまり「住民を避難させたり交通機関に規制をかけたりするだけの根拠を持った予知はできない」ということです。

そのうえで報告書は、
「大震法に基づく現在の地震防災対策は改める必要があり」、「制度の改善や新たな制度構築を検討すべき」だと結論付けました。

j170830_06.jpg

日本の地震研究は、22年前の阪神・淡路大震災を予知できなかったことで「予知」をめざす研究から地震の起こり方を解明する基礎的な研究に重点を移しました。しかし国は「東海地震については唯一予知の可能性がある」とし、社会も研究者の一部も「予知」への期待を捨て切れませんでした。そこへ想定すらしていなかった東日本大震災が起きて専門家たちがあらためて地震研究の現状と限界を見つめなおした結果が、今回の報告書です。昭和50年代に始まった「予知」をひとつの柱とした国の地震防災が大きな転換点を迎えたということができます。

【新たな仕組みとは】
報告書は地下の異常を監視することをやめろとは言っていません。もちろん監視、観測は続けますが、異常を捉えてさまざまな社会的規制をかける大震法の仕組みには無理があるのでやめて、あらたな仕組みを作るよう提言しているのです。それはどのようなものなのでしょうか。

まず、前触れ無く地震が起こることを前提に、建物の耐震化や津波からの避難対策などに力を入れることは言うまでもありません。

問題は、いつもと違う現象が起きたときに、どう応するのかという点です。地震が起こると「断言」できないものの、地震につながる可能性のある変化や現象が現れることがありうるからです。

検討会は代表的なケースを検討し、対応の考え方を示しました。

j170830_07.jpg

▼まず、プレート境界面ですべりが観測された場合、「行政は警戒体制をとるが、住民の避難など社会全体で防災対応をとるのは難しい」としています。現在の防災計画と大きく違うところです。

j170830_08.jpg

▼一方で、今は計画されていない避難も提言しています。
南海トラフ沿いの巨大地震は、全体で起きる場合と、まず東半分で地震が発生し、間を置いて西半分で起きたケースがあります。前回は2年後、前々回は32時間後に2つめの地震が起きました。このため報告書は東半分だけで地震が起きた場合、3日間は西側の沿岸で津波がすぐに到達する地域の住民を避難させるとしています。

j170830_09.jpg

▼さらに南海トラフ沿いで想定される巨大地震より小さいマグニチュード7クラスの地震が起きた場合、沿岸地域で避難に時間のかかるお年寄りなどには1週間程度、避難してもらうと提言しています。

【防災体制見直しの課題】
報告書は方針の大転換を提言しましたが、示されたのは骨格だけで、具体的な見直しの議論はこれから始まります。40年間積みあげてきた防災体制を大きく変えるのですから国や自治体にとっても企業などにとってもたいへんな作業になります。課題を指摘しておきたいと思います。

j170830_10.jpg

▼まず「大震法」をどうするのか、国は根幹部分をはっきりと示す必要があります。

j170830_11.jpg

▼次に警戒宣言を変えたとしても、地震につながるかも知れない現象が起きたときに、自治体などが防災対応を始めたり、終了したりする合図になる情報は国が出す必要があります。判断をする機関や基準をどうするのか、大きな課題になります。

j170830_12.jpg

▼さらに大震法による規制をやめれば、具体的な防災対応については自治体や企業、住民などが自分たちで考え、行動することが求められます。自治体からは「判断や責任を『丸投げ』されたのではたまらない」と懸念する声も聞かれます。
国はモデル地域を選んで検討をしてもらい、それを受けてガイドラインを作成するとしています。どのような情報を出し、それに応じてどのような対応を求めるのか、国の責任で明確に示す必要があります。

【まとめ】
「大震法の見直しは遅すぎた」という専門家は少なくありません。科学の限界を踏まえて、今できることを最大限に生かして被害を小さくするために防災対策の見直しを急ぐ必要があります。
まず突然の地震への備えに一層力を入れること。そのうえで、あいまいではあるけれども地震につながる可能性のある情報を防災にどう生かすのか、空振りのリスクがあることも含めて社会的な合意を作ることができるのかも、大きなカギになります。

(松本 浩司 解説委員)

キーワード

関連記事