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「獣医学部新設 判断保留の先は」(時論公論)

早川 信夫  解説委員

学校法人「加計学園」の来年4月の獣医学部新設について審査する文部科学省の審議会は、認可の判断を保留し、計画の練り直しを求めました。判断が先送りされた意味とその先の課題について考えます。

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まず、加計問題とは何なのでしょうか。
「加計学園」が経営する岡山理科大学が、愛媛県今治市に獣医学部を新設することをめざしているものです。今治市が国家戦略特区の制度を活用して、52年ぶりに国から新設を認められました。ところが、加計学園の加計理事長が安倍総理とアメリカ留学時代からの友人で、こうした関係が新設の判断に影響したのではないかと国会で取り上げられました。安倍総理は「加計氏から頼まれたことはない」と否定し、官邸や事務局を務めた内閣府の関係者は一様に働きかけを否定しています。

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しかし、NHKが今月初めに行った世論調査では、先月の国会での閉会中審査で安倍総理が「ことし1月20日に学部新設の申請を初めて知った」と発言するなどこれまで説明してきたことに対して「納得できない」とした人が78%にのぼり、この問題への疑念を拭いきれないでいます。

国家戦略特区では、新設の方針が認められましたが、大学や大学の学部を新しく作るには、これとは別に、専門家による審査を受け、合格しなければいけません。これが、文部科学省の大学設置審議会です。ことし4月から審議が続けられ、本来ですと、今月中には認可になる運びでした。しかし、審議会は、先週の金曜日、25日に認可の保留という判断をし、結論は先送りになりました。

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審議会は、人事や経営状況など法人としてのプライバシーに関わる問題を審査するため非公開で行われます。そのため、公式には保留にした理由は明らかにされていません。NHKが関係者に取材したところによりますと、審議会は▽学生に対する実習計画が不十分であること、▽新分野として国家戦略特区の期待を受けるライフサイエンスの獣医師などを養成するうえで教育環境が整っていないなどとして改善を求めたということです。とりわけ、実習の期間がおよそ1か月と短いことが問題点として指摘されました。加計学園としては短期間の実習で効率的に教育しようとしたのでしょうが、既存の獣医学部がおよそ4か月間実施しているのと比べてあまりにも短く、動物の命を預かる獣医師養成の基礎がないがしろにされかねないと受け止められたものとみられます。「平成30年度開設」に間に合わせることを前提に、ほかの大学を押しのけて申請した割には肝心の学園側の準備が審査に耐えられるだけ十分ではなかったことになります。加計学園は「審議継続中ということもあり、保留についてのコメントは差し控えさせて頂きます」としています。

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今後は、2か月後の10月末までに改善がなされたと認められれば認可になり、十分ではないと判断されればさらに保留、または不認可となります。法令上は、最大、来年3月まで審査の継続が可能ですが、学生募集などを考えますと、現実には、10月までに決まらないと来年4月の開設がおぼつかなくなります。もし、さらにずれ込むとなると、国家戦略特区の要件として「平成30年度開設」とされた期限は何だったのかということになりますので、これから2か月の持つ意味は重いと言えます。

今回問題になった大学の設置認可とはどのようなものなのでしょうか。
大学を新増設しようという場合、開校する前の年の3月までに文部科学省に書類をそろえて申請しなければなりません。▽大学としてふさわしい教育内容になっているか、▽必要な教員はそろっているか、▽財政基盤や施設は整っているか、審査され、何度かのキャッチボールの末に認可、不認可が決まります。審査には大学の関係者があたりますが、そうした仕組みになっているのは、ピア・レビュー、つまり関係者による相互評価、大学のことは大学のことをよく知る人たちに評価してもらうためです。国家戦略特区のお墨付きとは別に、審査は設置基準に沿ってチェックされます。同じ業界への新規参入を審議するのですから案外厳しく、申請したからすべて通るものではありません。この10年でいったん保留と判断されたのは110件、6~7校に1校の割合、このうちの2割に当たる21校が不認可、または申請を取り下げるなどして、設置に至っていません。

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このように厳しい審査が行われますが、それでも以前に比べて審査は緩和されています。小泉政権時代の2003年に、むやみに大学を作らせないための厳格な審査から、設置基準を満たしていれば設置できるように大幅な緩和がなされました。それ以前は、大学を作るにはトラック1台分の資料を用意する必要があったと言われるほどでしたが、今は、それから比べると、格段に審査が通りやすくなっています。こうした状況を考えますと、今回の加計学園の申請は、満を持して準備をしてきたという割には、準備不足のそしりは免れないことを改めて指摘しておきたいと思います。

今治市の予定地では、来年4月をめざして校舎の建設工事が進められています。建設予定地は、東京ドーム4つ分の広さで、評価額はおよそ37億円に上ります。この土地は、今治市から無償で譲渡されることになっています。さらに、予定される大学の事業費の半分にあたる96億円を今治市が負担することになっています。今は認可されることばかりに目が向いていますが、獣医学部の将来のことを考えますと、開学した先の準備を怠るわけにはいきません。おととし政府は新たな獣医学部の新設を認めるための4つの条件を閣議決定しています。

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その一つに既存の大学・学部では対応が困難なことがあげられています。そうした新分野への期待があるだけに、大学ができて終わりではなく、さらなる教育・研究の充実が求められます。入学した学生が卒業する6年後に、ライフサイエンスや創薬、予期せぬ感染症への対応など期待される新分野を切り開くように育てられるのか、あるいは、これまでと変わらない獣医師養成にとどまるのか、結果には責任が伴います。

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愛媛県の加戸前知事が公務員獣医師を確保したいと最初に獣医学部の新設を求めて文部科学省を訪れたころ対応に当たった当時の担当者は、無理に大学を作るよりは公務員獣医師の待遇を改善するほうが先ではないかとアドバイスしたということです。獣医師養成の現場からは、従来の獣医師では対応が難しい分野に人を送り込むためには、そうした分野が魅力的に思えるような環境づくりをするなど総合的な施策が必要だという指摘があります。52年ぶりに新たな獣医学部が作られても、内実を伴っていなければ、大騒ぎして新しい学部を作った意味がありません。
今回の審査結果が2か月先にどうなるのか、まだわかりませんが、国公立大学の3倍にもあたる高額な学費をとって学生を集める以上は、そうした先を見据えた準備を大学、自治体ともに責任をもってしておかないと、この騒動は何だったのかということになりかねません。

(早川 信夫 解説委員)

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