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「事件から1年 やまゆり園 再建は」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

相模原市の知的障害者が入所する施設で19人が殺害され27人が重軽傷を負った事件から1年。なぜ元職員がこのような事件を起こしたのか。
真相はわからないままです。事件後閉鎖された「津久井やまゆり園」で暮らしていた人たちは行き場を失い、仮住まいを余儀なくされています。
「やまゆり園」をどう再建するのか、いま、議論が続いています。

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解説のポイントです。

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▽ 「やまゆり園」の建て替えをめぐり示されたのは、元の施設を分散し
小規模化するという案です。しかし長年「やまゆり園」で暮らしてきた本人・家族にとって受け入れるのはそう簡単ではありません。
▽納得して「新たな生活の場」に移るには何が必要でしょうか。
▽そして、障害者が地域で共に暮らすための課題について考えます。

【やまゆり園再建の骨子案】
事件当時、157人が利用していた「やまゆり園」。いま、入所していた人たちはほかの施設での仮住まいを余儀なくされています。このうち、およそ100人が暮らす横浜市の施設では、いまでも夜眠れず、体調を崩す人もいるといいます。環境の変化に必死に慣れようとしている、そんな1年だったと園長は振り返ります。
施設を管理する神奈川県は、部会を設け「やまゆり園」の建て替えについて検討しています。

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今月示された骨子案です。いまの、定員160人の「やまゆり園」を取り壊し分散させます。施設がある元の場所や仮住まいの場所などです。そこに医療などを受ける拠点を中心に少人数で暮らす施設をつくるとしています。これまでは主に2人部屋でしたが、ここでは、原則、個室です。施設近くには一軒家などで暮らすグループホームを設け、希望する人が地域での生活に移行できるよう支援を進めていくとしています。

【なぜ? 分散・小規模化】
なぜ施設を元通りに再建するのではなく、分散・小規模化するのか。
そこには、長年、続いてきた国の政策への反省が込められています。障害者の福祉政策は
戦後、障害者を「保護」するために始まりました。1960年代には「コロニー」と呼ばれる大規模な入所施設が次々と建設されます。「やまゆり園」もそうした施設のひとつです。国も補助金を出して建設を推し進めてきました。しかし、その多くは用地取得の難しさもあって、山あいの地域にあり、障害者を地域から切り離すいわば「隔離政策」だと批判が高まります。

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このため、国は政策を転換し、全国で施設から地域に生活の場を移す「地域移行」を進めているのです。一軒家などで5人程度が暮らすグループホームのほか支援を受けながら暮らすアパートなどがあります。食事の時間さえ自由にならない、制約が多い施設での生活に比べ、ここでは、自由に外出できるなど、ひとりひとりのニーズに合わせた支援が行われます。

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【やまゆり園再建案に家族は・・・】
「地域移行」という国の政策に基づいて示された「やまゆり園」再建に向けた骨子案。
県は現在の入所者だけでなく、将来の利用者を見据えた施設にしたいと説明します。
しかし、家族会からは戸惑いの声があがっています。平均の入所期間は15年余り。半世紀以上、施設で暮らした人もいます。8割の人が障害の程度が最も重い「区分6」です。

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家族は、長年、施設での暮らしに慣れた入所者が異なった場所で生活を始めることに不安を感じています。また、入所した当時、グループホームなどの選択肢がなかった家族にとって、施設はようやくたどり着いた場所だったともいえます。仲間と一緒の平穏な暮らしを取り戻したいだけなのに、施設の将来像と一緒に議論されるのは違和感があると話す人もいます。

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あれだけの大きな事件の被害にあった入所者と家族。傷つき、不安に思うのは当然です。気持ちに寄り添って急がず議論を進めることが必要だと感じます。

【納得できる施設の再生は?】
では、どうやって再建を進めていくのか。
県の部会はなぜ大規模な施設を分散させ、小規模にするのか、丁寧に説明し、納得を得ることが必要だと思います。そしていうまでもなく障害者本人の「意思」を尊重しなければなりません。県は「新たな生活の場」を決める際の意思決定を支援しようとある試みを行っています。普段接している施設の職員や福祉の専門家でつくるチームが、たとえ、ことばでのコミュニケーションが難しい場合でも表情や日常生活の様子から障害者本人がどのような生活を望むのか推定していくのです。重要なポイントは骨子案で提案している小規模施設やグループホームの暮らしを実際に体験してもらうことです。選択肢があっても経験がないと選ぶのは難しいからです。本人だけでなく、家族にも体験してもらうことが納得した上での選択につながるのではないでしょうか。そして、意思は変わることもありますので、一度決めたら終わりではなく、継続的に確認する必要があると思います。

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【「地域移行」にも壁が・・・】
骨子案に選択肢のひとつとして示している「地域移行」。しかし、その実現は簡単ではありません。厚生労働省は平成27年度には5万人余りが施設を出て地域に移っているという目標をたてていましたが、実際は4万1000人余り。その後も目標値を下方修正しています。なぜ、計画通り進まないのか。大きな理由は2つ。まず、障害者の高齢化・重度化が進んだことです。重い障害のある人に地域で支援を行うには人手の確保が難しいのです。「地域移行」を進めようというのであれば、県、そして国は質の高いケアができる人材育成に力を入れ、人が集まるよう報酬を手厚くする必要があります。

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そして、もうひとつ、障害者の地域移行を阻むのは、社会の壁です。障害者の施設やグループホームを建設しようとすると「施設コンフリクト」と言われる反対運動が起きることがあります。建設を断念するなどその影響は深刻です。障害者を長年、大規模施設にいわば隔離してきたことで、障害者と接する機会が少なくなり、差別や偏見が助長された面もあると専門家は指摘します。

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【「施設コンフリクト」どう乗り越える】
「施設コンフリクト」があったものの、その後の取り組みによって地域に溶け込んでいるグループホームが東京・文京区にあります。知的障害者など10人が暮らしています。建設が計画された5年前、周辺住民から「犯罪が増える」「声がうるさい」といった根拠のない思い込みや反対の声が寄せられ、署名活動も行われました。しかし、オープン後は目立ったトラブルはありません。ここには障害者の就労支援のため、お弁当屋さんが併設されています。

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ここに近所の人が足を運び、実際に障害者とも接するようになったのです。グループホームの施設長は「顔が見える関係になったことが不安の解消につながったのではないか」と話します。

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【「地域共生」に向けて】
「津久井やまゆり園」の事件では障害者の命や尊厳を否定する被告のことばに同調する意見がネット上で発信され、衝撃が広がりました。ここに、施設コンフリクトとの共通点を感じます。しかし、文京区のグループホームのケースは、実際に障害者と接し、理解することで同じ地域の一員として生活できることを証明していると思います。自分と同じように他者の個性を認める。そんな当たり前のことが、障害者が地域で暮らす社会の実現につながると思います。

(堀家 春野 解説委員)

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