NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「どう進める 医師の働き方改革」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

政府が進める「働き方改革」に医療現場で動揺が広がっています。
病院で働く医師からは医師の数が足りず労働時間の短縮は難しいとか、働き方改革は医療の崩壊につながるといった声が上がっているのです。この夏には医師の残業規制について国の検討会で議論が始まります。長時間労働が常態化している医師の働き方は変わるのか、そして地域医療への影響はどうなるのか。
医師の働き方改革について考えます。

170719_00mado.jpg

解説のポイントです。

170719_01.jpg

▽医療現場では医師の「過労死」が繰り返されてきました。
▽医師の長時間労働は医療の安全にも影響を及ぼします。
▽そして、限りある医療資源を有効に使うための方策を探ります。

【繰り返される研修医の「過労死」】
患者の命を救うはずの医師が過労で自らの命を落とすケースは後を絶ちません。毎年5件前後、起きています。
ことし5月にも新潟市民病院の37歳の女性の研修医が自殺したのは過労が原因だったとして労災と認められました。
女性は看護助手として働きながら医学部に入学し、外科の専門医を目指して研修を行っていました。
女性の弁護士によりますと、電子カルテの操作記録から、亡くなる直前のひと月の残業時間は176時間と、精神疾患でのいわゆる過労死ラインを超えていました。

なぜ病院側は女性の異変に気づけなかったのでしょうか。
新潟市民病院は救命救急の最後の砦ともいわれる高度な医療を提供する病院です。
研修医にとっては多くの症例が経験できる病院ですが、その環境が長時間労働を生んでいる面もあります。

170719_02.jpg

病院によりますと、女性の残業時間の申請は月の平均で48時間と176時間とは大きく異なっていました。
病院は医師の残業について基本的には医師個人の自己申告に任せていたとした上で、「カルテの閲覧をしていたことはわかっているが、それが業務だったのか、勉強や研究のための自己研さんだったのかわからない」としています。

170719_03.jpg

このケースから見えてきた課題は、医療の現場に労働時間を管理するという考えが欠けていたこと。そして、患者の命を守るには長時間労働は仕方ないと考える医療現場の体質そのもの。それが、自分の健康を犠牲にすることを厭わない医師の働き方につながっていると思います。これは多くの病院に共通することです。

【長時間労働の弊害】
医師の長時間労働は医師自身の健康を蝕むだけでなく私たち医療を受ける側にも影響する問題です。
医師独特の働き方に病院に泊まって緊急の患者に対応する「当直」という勤務があります。

170719_04_0.jpg

病室の見回りなど短時間の業務に限って、そして十分睡眠が取れることが前提となっていますが、実際は、日中働いてそのまま当直に入り、睡眠が取れないまま翌日も手術に入るなど、連続30時間以上働くこともあるといいます。

170719_04_1.jpg

日本外科学会が行った調査では当直明けに手術を行った医師の90%近くが質の低下など当直が手術に影響を与えると答えています。
医師の長時間労働は医療の安全にも直結するということを深刻に受け止めなければなりません。

【長時間労働 解決策は】
これまで当たり前のように行われてきた医師の長時間労働。
しかしそれを見直そうと試行錯誤する病院も出始めています。
東京の聖路加国際病院です。

170719_05.jpg

去年、労働基準監督署の立ち入り調査を受け医師の長時間労働や残業代の未払いについて是正勧告を受けました。

170719_06.jpg

この病院ではまず医師の労働時間を管理することから始めました。独自に基準をつくり目の前の患者に関するものは労働時間として認めるものの研究や学会に向けた準備は自己研さんと位置づけ、残業については必ず上司が管理することにしました。
また、労働時間が長くなる傾向の若手の医師を休ませるため休日の勤務は当直が少ない40代や50代の医師に代わってもらうことにしました。
それでも限界があるとして、医療の提供そのものを見直さざるを得なくなりました。

170719_07.jpg

夜間、救急患者に対応する医師の数を減らし、土曜日に開設する診療科も削減しました。
これまで患者の家族の求めに応じて行っていた手術などの説明も夜間は取りやめました。

170719_08.jpg

これに対し、「これまでどおり対応してほしい」といった意見が寄せられているといいますが、病院は医師の労働時間を短縮するためだとして理解を求めています。
この取り組みをどうみればよいのでしょうか。
医師の勤務管理を取り入れた点は評価できると思います。
しかし、医師の数が比較的多く、都心にある病院だからこそできたという面もあります。
医師の少ない地域では医師の数が増えるまで何もできないかというとそうでもないように思います。限りある医療資源を有効に生かすための対策を考える必要があります。

【医療資源を効果的に使うには】
医療の質を落とさず医師全体の労働時間を短縮するためにはどうすればいいのでしょうか。
まず、医療機関の中でできることを考えたいと思います。

170719_09.jpg

例えば、夜、病院に泊まる勤務をしたら朝には帰れるよう、交代制を取り入れる。
長時間労働は医療の安全にも直結するので可能な範囲で始めることが必要だと思います。
そして1人の主治医が24時間担当の患者を診るのではなく複数の医師が担当し、負担を分散させる。医療機関のトップが決断すればすぐにでもできる対策ではないでしょうか。
さらには傷口を縫った後の抜糸などの処置を医師の代わりに看護師に担ってもらう業務のシフトも検討する必要があると思います。
医師の数が少ない地方ではひとつの医療機関だけの取り組みでは限界があるため、地域全体で考えていく必要があります。

170719_10.jpg

地方では、夜間、少ない数の医師で救急患者を受け入れている病院も少なくありません。
このため、患者の受け入れを断らざるを得ないことも出てきます。思い切って病院を集約化し医師を集めることもひとつの方策ではないでしょうか。患者にとって近くに救急病院があることは安心ですが、少し遠くなっても確実に対応してもらえるほうがメリットがあると思います。

また、比較的大きな病院に患者が集中しないよう軽症の患者はかかりつけ医にみてもらうなど医療機関の役割分担を強化することも必要だと思います。
これまで何度も必要性が取りざたされましたが進んできませんでした。
この機会に地域の実情に応じた医療の提供体制を整備する必要があります。

そして、医療を受ける側の意識を変えることも必要です。

170719_11.jpg

日本の医療は「国民皆保険」制度のもと受診する医療機関を自由に選択できる「フリーアクセス」が最大の特徴です。
低い窓口負担がいつでもどこでも診てもらえるいわゆる「コンビニ受診」につながっているという指摘もあります。便利さの追求が医師の長時間労働や医療現場の疲弊を招いていることにも目を向けなければなりません。

医師の働き方改革は医療のあり方そのものを見直すことにつながります。
高齢化、そして、人口減少が進む中、これまでと同じサービスを受け続けることは難しい局面があるかもしれません。困ったときに頼りになる医療を守るため限りある医療資源について私たち自身が考える時期にきていると思います。

(堀家 春野 解説委員)

キーワード

関連記事