NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「『核兵器禁止条約』と被爆国・日本」(時論公論)

別府 正一郎  解説委員

【はじめに】
核兵器を国際人道法に違反するものだとして初めて禁止する条約が、7日、ニューヨークの国連本部で採択されました。核の廃絶を訴えてきた広島、長崎の被爆者は歴史的な前進だとして歓迎しています。その一方で、日本の政府は、アメリカなどの核兵器の保有国とともに条約作りの動きに反対し、今後も署名することはないとしています。
核兵器禁止条約をめぐる、世界で唯一の被爆国・日本の外交姿勢について考えます。

170711_00mado.jpg

【解説のポイント】

170711_01.jpg

解説のポイントです。
①    まず、採択された条約の内容について見ていきます。
②    続いて、日本政府の反対姿勢を見ていきます。
③    最後に、核軍縮の課題について考えます。

【条約文の内容】
始めに、条約の内容です。

170711_02.jpg

前文には、日本語の被爆者という言葉がそのまま使われ、「ヒバクシャが受けた、容認できない苦しみと被害を心に留める」と記されています。広島、長崎の被爆者が、長年、壮絶な被爆体験を語り続け、核廃絶を求めてきたことへの敬意が込められています。
その上で、「国際人道法に反する」として、核兵器の「開発」や「保有」それに「使用」などを禁じるとしています。さらに、核兵器を使用すると「威嚇」することも禁じています。これは、核抑止の考え方を明確に否定することを意味しています。「威嚇」を明示するかどうかは、核保有国だけでなく、核の傘に依存する国々にも影響を及ぼすため議論を呼びましたが、最終的に盛り込まれました。
条約は、ことし9月から署名が始まり、50か国が批准の手続きを終えた後に発効することになっています。

【国際社会の対照的な反応】

170711_03.jpg

この条約は、ことし3月から、核兵器を持たない120を超える国々が交渉して作られたものです。7日の採決で、圧倒的多数の賛成で採択されました。広島で被爆した、サーロー節子さんが「この日を待ち望んできた。核兵器は、非道徳なものだったが、今や、違法なものにもなった」とスピーチすると会議場は大きな拍手に包まれました。
しかし、そこに、日本政府の姿はありませんでした。これに先立つ去年10月、国連総会の委員会で、条約作りのための交渉を開始するよう求めた決議案が採択された際、日本のほか、アメリカやロシアなどの核保有国、それにアメリカの核の傘の下にあるドイツのようなNATO・北大西洋条約機構の加盟国など、あわせて38か国は反対票を投じ、その後交渉が始まっても参加しなかったからです。

【日本政府の立場】
それにしても、核保有国ならばともかく、なぜ、被爆国の日本が、核兵器を禁止する条約に反対の姿勢をとるのでしょうか?

170711_04.jpg

▼政府が理由としてあげているのが、核開発を続ける北朝鮮の脅威です。日本が同盟国アメリカの核の傘の下にある中、条約には賛成できないとしています。
▼また、核軍縮は、核保有国と非保有国が一緒になって段階的に進める必要があるとしています。

【反対派の急先鋒アメリカ】
その核保有国ですが、条約制定の動きに完全に背を向けてきました。反対派の急先ぽうが、世界で初めて核兵器を使用したアメリカです。

170711_05.jpg

3月27日に交渉が始まると、アメリカのヘイリー国連大使は、会議場のすぐ外でイギリスやフランスなどおよそ20か国の代表と並んで、「北朝鮮が核兵器の禁止に賛同すると思うのか。現実的になるべきだ」と述べて、条約作りに反対するパフォーマンスをぶつけました。
日本の外交筋は、「さすがに日本の代表が、あの場でヘイリー大使と一緒に並ぶわけにはいかなかったが、アメリカの反対の意向は様々なレベルで伝えられていた」として、アメリカから条約に反対するよう働きかけがあったことは認めています。

【被爆者の受け止め】
禁止条約に対する日本政府の姿勢について、被爆者などからは批判の声が出ています。

170711_06.jpg

生後8か月のときに広島で被爆した近藤紘子(こんどう・こうこ)さんは、「政府に失望している。日本は、被爆を経験した国として、アメリカに対しても堂々と禁止を主張すべきだ。今言わないでいつ言うのか」と疑問を投げかけています。

【専門家の意見】

170711_07.jpg

また、長崎大学核兵器廃絶研究センターの鈴木達治郎(すずき・たつじろう)教授は、「北朝鮮に対し、アメリカの核抑止が本当に有効なのか、また、アメリカ軍との協力がかえって緊張を高めないかなど議論が必要だ」としています。
その上で、外交上の影響も懸念されるといいます。日本は、1994年から23年連続で、国連総会に対して、「核兵器廃絶決議案」を提出し、例年多くの賛成で採択されています。鈴木教授は、「核兵器禁止条約への対応によって、世界の核軍縮のリーダーシップをとるという日本の政策の信頼を大きく損ねかねない」と話しています。

【停滞する核軍縮】
最後に、核軍縮がなかなか進まない現状と今後の課題について考えたいと思います。

170711_08.jpg

今から40年以上前、NPT・核拡散防止条約が発効し、核軍縮の軸となってきました。
この条約では、アメリカやロシアなどの5つの国を核保有国と認める一方で軍縮交渉を行うよう義務付けています。その上で、その他の国が核兵器を持つことを認めていません。しかし、現実には、保有国の軍縮は停滞しています。1万5000発近くと推計される世界の核弾頭のうち、9割以上を保有するアメリカとロシアの関係改善の見通しは立っておらず、核兵器の近代化も進められています。その上、インドやパキスタン、北朝鮮、イスラエルなど核兵器を持つ国は増えています。
しかも、今回採択された禁止条約には100を超える国が参加する見通しですが、参加しない国には効力は及びません。アメリカやロシアなどの保有国は参加せず、核兵器を手放すとも考えられない現状では、条約はできても実効性は大きな課題として残ります。

【条約が目指す規範作り】
しかし、推進派の国々は、こうした厳しい現状があるからこそ、そこに風穴を開けるために、これまでとは異なる新しいアプローチも必要だとしています。
それは、核兵器は、人道上許されないものであるという規範を国際的に打ち立てることで、核兵器を使いにくい、持ちにくい状況を作り出そうというアプローチです。それとともに、国際世論が高まり、核保有国に対して軍縮を促す圧力にしたいと考えています。

【求められる日本の行動】
日本の政府は何ができるでしょうか。

170711_09.jpg

日本は、世界で唯一の被爆国として、核廃絶を国際世論に強く訴えることが出来る、特別な存在と見られています。政府も、「核兵器のない世界」を目指すことを日本の責務だと位置づけています。
それだけに、アメリカやロシアにしっかり核軍縮に取り組むよう働きかけるとともに、北朝鮮の核問題の解決に向けて努力する、つまり、NPTの形骸化を食い止めるために、禁止条約を上回るような核軍縮の機運を高めることが期待されます。
求められているのは、やはり、行動です。核兵器を禁止する条約作りに反対し、今後も参加しない以上、その責任はますます大きくなっている、と言えそうです。

(別府 正一郎 解説委員)

キーワード

関連記事