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「土砂災害危険箇所 指定と対策を急げ」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

北海道と沖縄を除いて全国が梅雨入りしました。これからの時期、頻発する土砂災害の被害を防ぐため、国は危険な場所を指定して住民に早めに避難をしてもらう態勢づくりを進めてきました。3年前には広島の土砂災害を教訓に対策が強化されましたが、それでも指定されたのは全体の4分の3にとどまっています。なぜ進まないのか、対策を進めるにはどうしたらよいのかを考えます。

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【インデックス】
解説のポイントは、

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▼取り組みは「土砂災害防止法」に基づいて進められています。どんな仕組みで、広島土砂災害の教訓で何が見直されたのでしょうか
▼それでも危険な場所の指定が思うように進まない理由は何なのか
▼そして、対策を進めるために何が必要か、この3つです。

【土砂災害防止法と広島の教訓】

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土砂災害防止法では、土石流やがけ崩れなどの危険のある場所を「警戒区域」に、特に危険の大きいところを「特別警戒区域」に指定します。
「警戒区域」では市町村に対して住民の避難計画やハザードマップづくり、避難訓練などが義務付けられます。また高齢者やこどもの施設などにも避難計画や訓練が義務付けられます。
「特別警戒区域」では宅地開発などが規制されるほか、新築したり建替えたりするときには土砂の直撃に耐えられる構造にしなければなりません。一方、建物を補強したり安全なところに移転したりする場合には補助を受けられることになっています。
砂防ダムなどの大規模なハード対策には限界があることから、避難などソフト対策を中心に被害を小さくしようという取り組みです。

指定はどこまで進んだのでしょうか。対象が全国におよそ67万か所あるのに対して指定が済んだのは49万か所。取り組みが始まって17年がたちますが4分の1が未指定になっています。

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なぜ時間がかかっているのでしょうか?

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都道府県はまず土砂災害の危険のある場所を調査して被害の及ぶ範囲を推定し、特定します。これを「基礎調査」と言います。そのうえで市町村長に意見を聴いて、住民に説明をしたうえで区域を指定し、公表するという手順になっています。
時間がかかっているのは、まず調査対象が膨大だということがあります。加えて指定されると地価が下がるなどとして反対する住民もいて、そうした声を受けた市町村長の了解が得られず県などが指定をためらっているケースが少なくありません。

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そうした中、3年前、広島でまた大きな土砂災害が起きてしまいました。この災害で66人が亡くなった広島市安佐南区の2つの地区では、災害が起こる前に基礎調査は終わり、特別警戒区域などに相当することがわかっていました。しかし指定がまだだったため住民に危険が知らされていませんでした。知らされていれば住民が早めに避難をして命を救えた可能性があります。

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これを教訓に国は基礎調査が終わったらすみやかに住民に公表することを都道府県に義務付けました。区域の指定には時間がかかることから、市町村長からの意見聴取や住民説明などを経ずに、公表を前倒しして危険があることだけは、まず伝えるようにしたのです。

【危険箇所 指定・公表をためらう理由】
その効果は出ているのでしょうか。
改正を受けて、市の反対を押し切って公表に踏み切った県があります。新潟県です。

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新潟県は県内29市町村で調査を行い、危険箇所の公表と指定を進めてきました。しかし唯一、加茂市だけは指定に反対し、基礎調査結果の公表も慎重にするよう県に強く求め、対立しました。しかし県は全域で調査が終わり雨期を迎えることから先月末、反対を押し切って県内で最後まで残っていた加茂市の250か所を公表しました。

では加茂市はなぜ反対しているのでしょうか。主な理由は、

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▼県の調査結果は危険箇所の範囲が広過ぎる
▼地価が下落するなど住民の権利に重大な影響を及ぼす
▼建替える場合、山側に大きな壁を建てなければならず、山際にある料亭や寺院の負担が大きすぎる、などです。

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今回、特別警戒区域指定に相当すると公表された場所にある料亭です。裏山が危険だと認定されましたが創業170年の歴史のなかで崩れたという記録はありません。指定されると、建替えをする場合にはコンクリートの壁を設けるなど土砂崩壊に耐える構造にしなければなりません。経営者は「危険があることを教えてもらえば早めの避難など対策は自分たちできる」として指定を望んでいません。

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また加茂市は県が示した範囲の妥当性について独自の調査を進めています。これまでに範囲が広すぎたり、反対に狭すぎたりするところが21ヶ所見つかり、指摘を受けた県が修正しました。

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公表や指定に戸惑う市民の声を受けて、加茂市の小池清彦市長は「危険のある地域がわかれば警戒区域などに指定しなくても、市として避難対策など法律で求められている取り組みをきちんと進める。指定について県や国は柔軟に対応してほしい」と話しています。

【対策を進めるために】
こうした考えの自治体は加茂市だけではありません。

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総務省行政評価局は土砂災害防止法の進捗状況について17の都道府県の60市町を調査し、先月とりまとめました。
その結果、特別警戒区域に指定する必要があるのに、基礎調査が終わってから2年以上指定されていないところが1万4000ヶ所、10年以上指定されていないところが1200ヶ所あることがわかりました。指定が遅れている理由を聞いたところ加茂市と同様に地価の下落や住民負担への懸念に加え、家屋の移転や補強に対する支援制度が十分でない、過疎化に拍車がかかるという声もありました。

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指定に慎重な自治体にはそれぞれ理由があります。加茂市の場合も県まかせにせず、危険箇所を正確に把握しようという取り組みは評価できますし、警戒区域などへの指定なしで対策を進めるという考え方もあるでしょう。しかし指定することで具体的な防災対策が動き始め、現状、指定なしでできる対策には限界があります。大切なのは住民や行政が情報を共有して計画づくりや訓練、補強などに取り組むことで、そのためにも、やはり指定を急ぐ必要があるでしょう。

では、指定を進めるためには何が必要でしょうか。

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▼まず都道府県は市町村や住民にていねいな説明を重ねることが求められます。指定をスタートに行政と住民が協力して取り組むことで地域の安全が高まることを理解してもらう必要があります。

▼説明のしかたにも工夫が必要です。住民を集めて一方的に説明を行うのではなく、地域に会場を設けて都合のよい時間に来てもらい、個別に職員が相談や質問に応じる「オープンハウス」という方式で成果をあげている県が増えていて、参考になります。

▼また特別警戒区域の住宅の補強や移転に補助をする国の制度がありますが、これに加えて県独自の工夫をしているところもあります。制度を充実させて、利用を促すことも検討すべきでしょう。

【まとめ】
土砂災害はこの10年を平均すると毎年1000件発生しています。広島の教訓を受けて国は基礎調査を3年後までに終わらせるとしていますが、4分の1が残っている危険箇所の指定はまだメドがついていません。住民の命を守ることを第一に考えて、国や自治体は取り組みを急いでほしいと思います。

(松本 浩司 解説委員)

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