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「繰り返された登山講習事故 なぜ防げなかったのか」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

栃木県那須町で登山講習中の高校生らが雪崩に巻き込まれて8人が死亡した事故からきょうで1週間になりました。この事故では、悪天候で登山を中止したのに別の訓練を続けた教師たちの判断が妥当だったのかが、原因調査や捜査のポイントになっています。雪山での登山講習では17年前にも同様の事故が起きて対策がまとめられていましたが、その教訓は十分に生かされずに悲劇が繰り返されてしまいました。なぜ事故を防ぐことができなかったのか考えます。

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解説のポイントは3つです。
▼訓練を続けた判断は妥当だったのか
▼17年前の事故はどのようなものでどんな教訓が残されたのか
▼事故を繰り返さないために何が必要なのか

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【判断は妥当だったのか】
まず今回の事故を振り返ります。
登山講習会は栃木県高校体育連盟の登山専門部が主催したもので、事故が起きたのは2泊3日の講習の最終日でした。未明から雪が降り、朝には膝くらいまで新雪が積もっていました。
引率をしていた教師たちは、天候が悪いため予定していた登山を中止し、深い雪の斜面を登るラッセルという訓練に切り替えました。

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5班に分かれて山に入り、30分ほどかけて先頭のグループが急斜面を登り切って、木がまばらで、やや平らになった部分に到達したところで雪崩が発生しました。先頭グループの生徒7人と教師1人が死亡し、40人がけがをしました。

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教師たちは雪崩の発生を予測できなかったのでしょうか。
記者会見で責任者の教師は、ラッセル訓練を行うことは現場の教師と3人で話し合って決めたと説明しました。そして雪崩の危険性については「北側の急斜面は雪崩の危険があるので絶対に行かないよう教師を集めて相談をしたが、訓練をした尾根筋は絶対に安全だと考えていた」と説明しています。

しかし専門家はこの説明に首をかしげています。
NPO法人「日本雪崩ネットワーク」(にほん)の出川あずさ理事は、事故の翌日に現場を調査しました。

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現場から雪崩が発生した場所を撮影しました。

雪崩は天狗鼻(てんぐのはな)と呼ばれる岩の付近で発生し、画面の左手前の方向に、少なくとも長さ160メートルにわたって猛スピードで流れ下り、生徒たちはこの付近で雪崩に襲われました。

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出川理事は「斜度が30度以上と急なうえ風の影響を受けて雪がたまりやすく、雪を止める樹木もないことから、雪崩が発生しやすい典型的な場所だった」と指摘しています。

また当日救助にあたった救助隊は、山に入る前に雪崩の起こりやすさ調べる「弱層テスト」という試験を行っていましたが、雪崩の危険性が高い状態だったということです。

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また日本山岳ガイド協会の磯野剛太理事長は「雪崩の危険であることは経験のある指導者であれば十分認識できたはずだ。弱層テストを行っていたかどうかもポイントになる」と話しています。

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さらに生徒や教員は、雪に埋もれたときに居場所を発信する「ビーコン」という機器を持っていませんでした。主催者は、今回の訓練はそもそもビーコンが必要になる危険な訓練ではないという認識だったということですが、日本山岳協会の幹部など登山家たちは「では、なぜラッセル訓練に切り替え山に入ったのか」かと首をかしげます。救助にあたった救助隊の副隊長は「雪崩についての知識と経験が不足していると言わざるをえない」と話しています。

インターハイの常連の登山部を指導するなど、経験が豊富なはずの教師たちがなぜこうした判断をしたのかや、事故後の対応など解明すべき点がまだ多く残されています。

【生かされなかった17年前の事故の教訓】
実は、今回と同様に登山講習中に雪崩が起きて受講生が死亡するという事故は17年前にも起きていました。

平成12年の3月、国立登山研修所が主催して北アルプスの大日岳で行われた大学生を対象にした登山講習で大学生2人が死亡した事故です。

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事故は山頂付近で休憩をしているときに起きました。尾根の上で安定していると思っていたところは、雪が庇のようになった巨大の雪庇の上で、これが崩れ落ちて11人が落下し、このうち2人が雪崩に巻き込まれて死亡しました。

この事故では引率していた講師の責任が問われましたが、事故調査などと民事裁判で判断がわかれました。

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事故調査委員会は「雪庇の崩落は特異なもので講師らは予測できなかった、予見可能性がなかった」と結論付け、検察も「罪には問えない」と不起訴にしました。
これに対して遺族が起こした民事裁判では、講師は事故を予見できたとして国に賠償が命じられました。裁判は控訴審で和解が成立しましたが、その条件として遺族は再発防止のための安全検討会を設けて事故の教訓を残すことを求めたのです。この検討会の報告が9年前にまとまっています。

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この中では、
▼講師の経験だけに基づいた判断に頼ることなく、雪崩などの最新情報を山岳ガイドなど詳しい人から収集する
▼研修山域の危険地帯地図を活用する
▼安全担当者が研修コースを先行して歩いて安全を確認するなど
他の雪山での講習にも役立つ数々の安全対策が示されています。
しかしこれを全国の登山講習の主催者に送って共有したり、共通の教本を作成するなど広く活用されることはありませんでした。国立登山研修所の高いレベルの講習のための報告として研修所内だけで活用されるにとどまりました。

今回の事故で、スキー場を管理する那須町はゲレンデ上の斜面ではたびたび雪崩が発生し、シーズン中何度も一部のゲレンデを閉鎖していて、今年も3月初めまで5日間、閉鎖していました。しかし主催者から情報収集の問い合わせはなかったと町の担当者は話しています。

また現場一体の国有林は「雪崩危険箇所」になっていましたが、管理する森林管理署への「入林届」は提出されず、情報収集もありませんでした。

【事故を繰り返さないために何が必要か】
では、事故を繰り返さないために何が必要なのでしょうか。

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▼まずは今回の事故を検証し、原因を徹底的に解明する必要があります。

▼そのうえで学校教育における登山や山岳講習のありかたを検証し、安全管理を見直す必要があります。

▼指導者の育成も課題です。登山界では登山指導者の減少が問題になっていて、日本体育協会の山岳指導員の資格を持つ人はかつて3000人以上いましたが、2000人まで減少しています。背景には山岳団体の組織率の低下や高齢化が指摘されていて、育成体制にも検討が求められると思います。

【まとめ】
登山はリスクを伴いますが、自然を中で体力や判断力などさまざまな力を身につけることのできる場であるという理解のもと、国は去年から8月11日を「山の日」と定めました。今年の記念行事は那須町で行われることになっています。

そうしたなかで、過去の教訓を生かすことができずに8人の命が奪われてしまいました。今度こそ、事故を繰り返さない対策を進めるために、まずは事実関係、さまざまな疑問点の解明を急ぐ必要があります。

(松本 浩司 解説委員)

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