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「教科『道徳』初めての教科書検定」(時論公論)

早川 信夫  解説委員

 来年春から小学校で新たに教科としてスタートする道徳の初めての教科書検定が終わり、きょう(24日)その内容が明らかになりました。どんな教科書ができたのでしょうか。その特徴と検定で議論になったポイント、そこから浮かび上がった課題について考えます。

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 教科になることで変わるのは、決められた教科書を使い、こどもたちに成績をつけることです。その最初の道徳の教科書、どんな特徴があるのでしょうか。

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 学習指導要領のタガががっちりとはまり、総じて似た色合いのものになっている印象です。今回の教科書検定では、出版社8社から申請のあった教科書すべてが記述を修正した上で合格になりました。新教科ということで、出版社の新規参入があるか注目されましたが、ふたを開けてみると、教科書作りに実績のある、とりわけ、国語の教科書作りに実績のある出版社が多く、読み物教材のストックのある出版社が有利に編集を進めてきたことがうかがえます。

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 具体的な特徴をあげますと、一つは、道徳教育の定番ネタ、人物がそろっていること。フィギュアスケートの羽生結弦選手やテニスの錦織圭選手などこどもたちに人気がある身近なヒーローたちを取り上げる一方で、大人にもおなじみの「金の斧、銀の斧」を全社が取り上げるなど鉄板ネタとされる教材が多くみられますし、二宮金次郎や野口英世など道徳の常連とされる人物も取り上げられています。
 二つめは、文部科学省が教科化を見据えて配布してきたいわば文科省版の教科書「わたしたちの道徳」と共通する教材を取り上げた出版社が多かったこと。文科省版教材をひな型に無難な選択をすることで教科書検定を乗り切ろうとしたことがうかがえます。そうしたことが、総じて横並び、画一的な印象をもたらすのかもしれません。
 三つめは、「考える道徳」「議論する道徳」への工夫。文部科学省は、「読み物道徳」と揶揄されてきた状況を改めて、「考える道徳」「議論する道徳」といった問題解決型の道徳に変えることをめざしてきました。その意図を汲んで、どの教科書も教材ごとに「考えてみよう」「深めてみよう」「話し合ってみよう」と課題を設定しているのが特徴です。中には、分冊を作り、自分で書き込めるようにし、家庭に持ち帰って親子で話し合うことを促す仕立てにした教科書もあります。

 教科書検定でどんなことが議論になったのか、具体的にみていきましょう。

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 4年生の教材「しょうぼうだんのおじさん」という話には、「学習指導要領に示す内容に照らして、扱いが不適切である」という検定意見がつきました。ふだんはパン屋をしているおじさんが消防団員としても活躍しているというエピソードですが、学習指導要領では「現在の生活を築いてくれた高齢者に、尊敬と感謝の気持ちをもって接すること」と規定されているのを理由に意見がつき、結局「しょうぼうだんのおじいさん」と書き換えることで修正が認められました。文章上おじいさんよりはおじさんの方がしっくりきますが、あくまでも高齢者への尊敬の方が大事だというのです。

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 もう一つ、1年生の教材「にちようびのさんぽみち」という話は、日曜日におじいさんと一緒に散歩に出かけた少年が普段とは違う道を歩き、地元のよさを発見するという内容です。その際にパン屋の前を通ったというくだりに意見がつきました。指導要領には「我が国の郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つこと」とされていて、単に身の回りのことを取り上げて郷土に愛着を持つだけでは伝統的な文化や生活に親しんだことにならないという指摘です。その結果、パン屋がお菓子屋に変わり、店先に伝統的な和菓子が並んでいる描写が加わりました。

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 学習指導要領には「感謝」「礼儀」「公共の精神」など22にわたる項目が示されていて、今回の検定では、これらの項目を完全に満たしきらないと合格しないことが明らかになりました。自由発行自由採択の検定教科書とは言え、国が定める国定教科書とそう大きくは違わない。学習指導要領が示している内容をすべて満たしていなければ、クリアとならない。タガがきっちりとはまっているのです。

 どんな課題が浮かび上がってきたのでしょうか。3点あげたいと思います。

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 一つは、先生の指導に自由度はあるのか?運用次第で、自由度がなくなり、型にはめ込んでしまう心配があります。

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道徳教育について、小学校の先生の3人に1人が文部科学省の調査に「効果的な指導方法が分からない」と答えています。教科書ができたことは、そうした迷える先生には朗報かもしれません。ただ、これだけ項目に従って細かく検定がなされ、内容も固められてしまうと、指導に自由度がなくなるのではないか。そうした声が熱心に道徳教育に取り組んでいる先生の間から聞かれます。本来は、こどもたちにとって身近な題材を使って、現場で創意工夫をして指導するものであるはずだからです。文部科学省がそうしたことをハッキリと現場に伝えないと、型にはまったものになりかねません。このままでは、戦前の教育勅語体制下の「修身」の復活につながるという批判の声にも答えることができなくなります。

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 二つめは、本当に「考える道徳」「議論する道徳」になるのか?表面上は、考えたり、議論したりするようになるかもしれませんが、問題解決型とはいっても、結局は正解があってそこにたどりつかせるための話し合いになりかねません。議論しているようで型にはめていく、多様性の尊重という意識から次第に遠ざかっていかないか、気になります。まして、こどもたちに成績をつけるようになると、一つの正解に向けてよい発言をするいわば「気の利いた子」が先生に好まれ、違う意見を持つことで教室にいづらいと感じるこどもが出かねません。

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 三つめは、これでいじめはなくなるのか?道徳を必修にしたからいじめをなくせるほど簡単なことではありません。教科にする議論は、大津のいじめ事件をきっかけに高まりました。善悪を判断できない今のこどもたちに道徳性を身につけさせることでいじめをなくそうというのです。しかし、扱い方次第では、いじめを助長することにならないか心配になる教材もあります。朝寝坊やいたずらを繰り返すこどものエピソードを取り上げこうした「困ったことにならないようにするために、どうすればよいか話し合ってみよう」と問いかけています。これを題材に、規律だけを強調し、背景にある事情、たとえば発達障害があるとか、家庭的な貧困状態にあることが忘れ去られて授業が行われるとこどもたちの間に差別的な感情を生むことにつながりかねません。正しいことを正しいというだけではこどもに届かない。道徳という教科はそうした危うさをはらんでいることを現場の先生には意識してほしいと思います。
 教科書はできましたが、課題はまだ多く残されています。6月からは全国7か所の会場で、教科書と検定結果が公開されます。こうした資料をもとに各地の教育委員会がどの教科書を使うのか、夏ごろまでに決めます。初めての教科書だけに、採択にあたっては大いに議論を重ねてほしいと思いますし、どういった授業をすることがよいのか、こどもたちが息苦しくならないように、十分な配慮のもとに準備を進めてほしいと思います。

(早川 信夫 解説委員)

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