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「働く人を守れるか? 残業は月"100時間"」(時論公論)

竹田 忠  解説委員

今回のテーマは、ニッポンのサラリーマンの仕事と暮らし、そして健康に深く関わる大問題、残業の規制問題です。
政府が最重要課題として取り組む働き方改革で、残業は月最大100時間未満にする、ということが決まりました。
事実上無制限となっている残業に、法律で、明確な上限を決めることになったわけです。

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< 何が焦点か? >

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①  しかし、この規制、仕組みが非常に複雑です。
この規制によって、実際の働き方がどうなるのか、考えてみたいと思います。

② また、残業の上限が、100時間未満、となることに対し、なぜ、100時間なのか?
これでは逆に、長時間労働を認めることになるのではないか、という強い批判があがっています。
長時間残業をなくすために、残る課題は何か?
考えたいと思います。

< 現状の問題点 >
先進国の中で、最悪レベルと言われるニッポンの長時間労働。
その大きな要因の一つが、実は、今の規制の仕組みにあります。

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どういうことかといいますと、
労働基準法では、労働時間は、一日8時間、週40時間まで、と決められています。
そして、これを“超えて働かせてはならない”と明記されています。
つまり、残業は、法律上は、原則として禁止されているわけです。
しかし、労使が合意して協定を結べば、残業ができるようになります。
この協定、労働基準法第36条に規定されているために、「36協定」と呼ばれています。

この36協定を結べば、
月45時間、年間360時間まで、残業が出来るようになりますが、この基準は、大臣告示で決められていて、法律のような強制力がありません。
このため、労使が、さらに「特別条項」というものを結べば、これを超えて、事実上いくらでも残業ができるようになります。

特別条項を結べば、残業が事実上、青天井になる。
これこそが、長時間労働を許してしまう、大きな要因です。
そこで、労使がどういう特別条項を結んでも、これ以上は絶対に残業は認めない、という明確な上限を法律で決めよう、ということで、今回の36協定見直しの検討が始まったわけです。

< 上規規制のポイント >
検討の結果が、こうです。

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まず、36協定を結ぶことで可能になる残業時間、月45時間以下、年間360時間以下については、これを大臣告示から格上げして、法律に明記します。
これに違反して、長時間労働を行った場合は罰則を課します。

そして、労使が、これを超えて残業するために特別条項を結んでも、絶対に超えられない、残業の限度時間を月、最大100時間未満、とすることで決着しました。

え、毎月、100時間残業するのか、
そう心配されるかもしれませんが、そんなことはありません。
そうはならないように、この限度時間には、同時に、いくつもの条件がつけられています。
▼2カ月ないし6カ月の平均で、残業は80時間まで、
▼年間の総残業時間は720時間まで、
▼さらに、残業が月45時間を超えるのは、年6回まで、という、大変複雑な条件がつけられています。

これを実際に適用した場合のイメージは、こうなります。
四半期決算ごとに仕事が忙しくなる企業、というのを想定しています。

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例えば、ある社員が、8月に、100時間未満ギリギリ、例えば99時間の残業をしたとします。
では、次の月も、この社員は連続して99時間の残業ができるか、というと、それは不可能です。
なぜなら、2カ月平均で80時間まで、という条件に引っ掛かるためです。

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では、その80時間の残業を毎月続ければいいのではないか、そう思うかもしれませんが、それも不可能です。
なぜなら一年で720時間まで、という条件を超えますし、さらに月45時間を超えていいのは、年に6回だけ、という条件にも引っかかります。
ですから、月100時間未満ギリギリまで残業できる月というのは、実は、こうやって見ると、一年に数回に限定される、ということになりそうです。

< なぜ100時間? >
しかし、たとえ、回数が限られるとしても、月100時間に及ぶような長時間の残業はやはり、問題があると言わざるを得ません。

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なぜなら、残業月100時間は、いわゆる過労死ラインだからです。
残業が月100時間を超えると、過労死の要因の多くを占める脳や心臓の疾患が発症しやすくなることがわかっていて、労働災害の認定基準になっています。
このため、俗に過労死ラインと呼ばれているわけです。

それだけに、残業100時間を認めるかどうかを巡っては連合と経団連で意見の対立がありました。

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連合側は、「残業100時間を認めれば、過労死ライン寸前まで労働者を働かせることを、わざわざ法律で容認することになる。
到底ありえない」と強く反発しました。
これに対し、経団連側は
「企業にとって、どうしても忙しいという時期がある以上、100時間というのは譲れない」として、対立しました。
で、双方が調整をした結果、100時間に「未満」の言葉をつけて、100時間「未満」とすることで、決着したわけです。
しかし、100時間でも、99時間でも、過労死ラインとほぼ同じ水準ということに変わりはありません。

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これに対し、長時間残業の末に過労自殺をした、電通の社員、高橋まつりさん、当時24歳の母親は、納得できないとして、コメントを発表しました。
「人間の命と健康にかかわるルールに
 このような特例が認められていいはずがありません。
 繁忙期であれば命を落としてもよいのでしょうか」
悲痛な訴えが胸に刺さります。

< 100時間を短縮するために >
では、この残業100時間問題、どうすればいいのか?
問題は、この100時間を現場の運用でどう短くしていくか、その具体的な仕組みや取り組みが必要です。

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実は、今回、残業をめぐって政労使でまとめた文書の中に、重要な一文があります。
労働基準法を改正して、指針を定める規定を設ける。
そして、この指針に基づいて、36協定や特別条項について労働基準監督署が必要な助言・指導を行えるようにする、というものです。

どういうことかといいますと、今は、36協定を結ぶことで可能になる、月45時間の残業というのは、あくまで大臣告示ですので、強制力がありません。
しかし、これが法律になって、残業の基本的な限度として明示されれば、なぜ、この法律の限度を超えて、特別条項を結ぶのか、その必要性や、長時間労働の是正の取り組みについて、労働基準監督署が、適切な指導や助言ができるようになります。
民間企業の活動について、行政が口出しすることは本来望ましいことではありませんが、長時間労働の是正がなかなか進まない以上、労基署がもっと目を光らせることはやむを得ないのではないでしょうか?
今後、労基署の体制の拡充も含めて、どういう仕組みにしていくのか、検討を急ぐべきだと思います。

政府は、今回の残業規制について年内の改正法案提出を目指し、準備を急ぐ方針です。
政府の働き方改革が、働く人の命を健康をどれだけ守れるのか、ここからが正念場です。 

(竹田 忠  解説委員)

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