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「南スーダンPKO 自衛隊『日報』問題」(時論公論)

増田 剛  解説委員

南スーダンの国連平和維持活動=PKOに参加している自衛隊の活動記録、「日報」。防衛省が破棄したとしていた、この「日報」が、保管されていたことが明らかになり、国会論戦の焦点に浮上しています。この問題について考えます。

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今回、問題になっている日報とは、南スーダンに派遣されている陸上自衛隊の施設部隊が、日々の活動状況を記録した文書のことです。問題の発端は、去年10月、ジャーナリストの男性が、部隊が2016年7月7日から12日までに作成した日報の開示請求を行ったことでした。防衛省は、日報を作成する現地部隊と報告先の国内の司令部を中心に文書を探しましたが、破棄されたことを確認したとして、12月初め、不開示とする決定をしました。ところが、この経緯を知った、閣僚経験のある自民党議員が、再調査を求めたことで事態が動きました。改めて探したところ、12月26日、日報の電子データが残っていたことがわかったのです。

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しかし、防衛省の事務方、この場合は、統合幕僚監部で、自衛隊員ですが、この事実を、稲田大臣に直ちには報告しませんでした。データが残っていたことが大臣に報告されたのは、1か月後の1月27日。結局、防衛省が日報を公表したのは2月7日になってのことでした。菅官房長官は「あまりにも怠慢で、適切に対応していない。発見した第1報として、大臣に報告すべきで、厳重注意に値する」と述べました。

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これが、日報の開示に至る経緯ですが、私は、ここに、二つの大きな問題があると考えます。ひとつは、自衛隊に対する文民統制が機能していたのかどうか。もうひとつは、防衛省は「隠ぺい」という疑いを否定できるのかどうかです。

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まず、文民統制についてです。
なぜ、統合幕僚監部は、電子データの存在を確認してから1か月間も、大臣に報告しなかったのでしょうか。▽どの部分を黒塗りにして公表するかの調整に時間がかかったこと、▽年末年始の休暇をはさんでいたことを理由にしているようですが、大臣への説明の準備に1か月もかかったというのは、いくらなんでも遅すぎる印象を受けます。

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文民である政治家=大臣が、自衛隊員を指揮監督し、自衛隊員は必要な情報を政治家である大臣に提供するという、文民統制の原則を理解しているのかと疑いたくもなります。また、このことの裏返しですが、「大臣は防衛省を統率できているのか」と、稲田大臣の指導力を疑問視する声もあがっています。一連の経過をみる限り、こうした声が出るのも仕方がないでしょう。省内の情報共有が不十分で、文書管理も極めてずさん。大臣と自衛隊の双方に猛省を促したいと思います。こうした事態がなぜ起きたのか。徹底した調査が必要で、再発防止策の策定も求められます。

もうひとつの問題は、防衛省が日報を「隠ぺい」したのではないかという疑いが出ていることです。
日報の開示請求が行われた去年10月から、防衛省が日報の破棄を確認し、不開示を決定した12月にかけての時期は、ちょうど国会で、南スーダンPKOに参加する自衛隊部隊の派遣延長の是非、安全保障関連法に基づく新任務「駆け付け警護」を付与すべきかどうかが、焦点となっていました。現地の治安状況の厳しさや、新任務の付与で、自衛隊員のリスクが高まる恐れが指摘されたのに対し、政府が「現地の治安情勢は落ち着いている」という答弁を繰り返していた時期です。ところが、問題の日報では、去年7月当時、首都ジュバでは、政府軍と反政府勢力の間で「戦闘が生起し」自衛隊宿営地の近くでも、激しい銃撃戦があったことが記載されています。

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この日報が速やかに公開され、現地の厳しい治安情勢が明らかになっていれば、派遣延長や新任務付与の決定にも影響を与えていたかもしれません。野党側は「自衛隊派遣を継続するため、日報を破棄したことにしたのではないか。意図的な隠ぺいではないか」と追及を強めています。稲田大臣は先週末になって、日報は、5年前の部隊の派遣開始以来、すべて電子データとして保存していたことを明らかにしました。そもそも、自衛隊にとっても、海外派遣における貴重な体験を記した記録を破棄してしまうことは、プラスではないはずです。政府は「隠ぺいの意図はなかった」と説明しますが、苦しい弁明に追われている印象はぬぐえません。
日報に記載された「戦闘」という言葉についても、論戦が行われています。野党側が、日報の記述をもとに、「現地で『戦闘』があったことを認めるのか」と質すのに対し、稲田大臣は「戦闘という言葉が使われているのはその通りだが、法的意味における戦闘行為ではない。大規模な武力衝突はあったが、国際的な武力紛争の一環として行われる戦闘行為とは評価できない」という説明を続けています。非常にわかりにくい説明です。稲田大臣は、なぜ、このような答弁をするのでしょうか。

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背景には、「国際紛争を解決する手段としての武力行使」を禁じる、憲法9条の存在があります。国際的な武力紛争の一環として行われる戦闘行為、政府が言うところの「法的な意味の戦闘行為」があることを認め、部隊がそれに巻き込まれる可能性を認めることは、9条が禁じる「海外での武力行使」につながり、部隊は、撤収を迫られます。稲田大臣からすれば、「法的な意味の戦闘行為はない」という姿勢を崩さないことが、自衛隊派遣を続けるための譲れない一線となっているのです。

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これを踏まえて、国会審議を振り返りますと、稲田大臣は、ひとつ、気になる発言をしています。「答弁をする場合には、憲法9条上の問題になる言葉を使うべきでないので、武力衝突という言葉を使っている」。9条に抵触しないよう「戦闘」という言葉を「武力衝突」に置き換えていると受け取られかねない発言で、このような発言が認められれば、自衛隊を戦闘に巻き込まないための憲法9条の歯止めが、言葉の置き換えによって形骸化することにもなりかねません。

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こうした稲田大臣の姿勢に、野党側は反発を強め、民進党、共産党、自由党、社民党の4党は、正確な情報を国民に伝えない大臣に、国の安全保障を委ねることはできないとして、稲田大臣の辞任を強く求めています。これに対し、安倍総理は、「稲田大臣は、安全保障政策を任せるに足ると信頼している」と述べ、辞任する必要はないとしています。

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今回の問題が、図らずも、あぶりだしたのは、憲法9条のもとで、自衛隊の海外活動を広げることの難しさです。日本は、9条で自衛以外の武力行使が禁じられている自衛隊を海外に派遣するために、独自の法理論と法解釈を積み上げてきました。「法的な意味の戦闘行為」という概念も、自衛隊の活動が9条の枠内におさまるよう考え抜かれた、日本独自の、ガラス細工のような論理です。

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ただ、これは、ガラス細工であるだけに、世界各地で頻発する武力紛争や、民族浄化といった厳しい現実を突き付けられると、粉々に砕けてしまうリスクをはらんでいます。
国連は、南スーダンの現状について、政府軍と反政府勢力の対立をきっかけに、各地で衝突が相次ぎ、国外に逃れた難民は150万人を超え、一部の地域では「飢饉」も起きているとしています。

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南スーダンに派遣される自衛隊は、あくまで施設部隊であって、他国の軍隊のように、治安維持の任務を期待されているわけではありません。安倍総理自身も言うように、自衛隊が、安全を確保することが難しくなり、任務を満足に果たすことができる状況でなくなれば、憲法上の要請に基づいて撤収という選択肢を検討することも、排除すべきではないでしょう。日本政府の選択が、問われることになります。

(増田 剛 解説委員)

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