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「2017年 欧州はどこへ」(時論公論)

百瀬 好道  解説委員
二村 伸  解説委員

イギリス政府が17日、EUから完全に離脱する方針を表明しました。ヨーロッパは今年、将来を左右するともいえる重要な選挙が相次ぎ、不透明感をさらに増しそうです。ヨーロッパはどこへ向かうのか、また、アメリカのトランプ政権とどう向きあうのか、百瀬委員と二村委員が政治・経済両面から展望します。

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ポイントは、
① イギリスのEU離脱交渉の見通しと、
② 反EU、反移民を掲げるEUに懐疑的な政党の躍進、
③ そして、アメリカのトランプ政権とどう向き合うか、
以上の3点です。
まず、イギリスのEUからの完全離脱表明をどう見ますか?

(百瀬)
イギリスが単一市場から完全に離脱して、EUとは一から新しい貿易協定を作るという立場ははっきりした。それでもまだ不透明さが残るという印象です。

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(二村)
メイ首相は17日の演説で、「EUの部分的なメンバーではなく、対等の関係を求める」として、単一市場からの撤退、移民の流入制限、そしてEUとの新たな貿易協定締結など離脱交渉でのイギリスの方針を明らかにしました。経済界が求めた単一市場へのアクセスより移民の制限を優先したものですが、国民投票で示された民意に従ったともいえます。経済界は反発していますね。

(百瀬)
新しい貿易協定がイギリスの望み通りになる保証は全くないからでしょう。下手をすれば、EUへの輸出関税が復活したり、基幹産業の金融業の営業が制限されたりビジネスの様相が一変する恐れもあります。メイ首相の演説後に世界の株価が値下がりしたのを見ても、市場は先行きを慎重に見ています。

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(二村)
イギリス政府は3月末までにEUに離脱を通告する方針です。その後2年間の離脱交渉が始まりますが、EU側はこれまで「いいとこ取り」は認めないとして、単一市場にとどまるためには人の自由な移動も受け入れるべきだと主張してきました。結局イギリスは強硬路線を選び、今後企業の移転の動きが加速することも予想されますが、EUにとっても第2の経済規模のイギリスを失うのは大きな痛手ですね。

(百瀬)
交渉ではEUの立場も苦しいといえます。イギリスに譲歩をしすぎると、それなら離脱しようという国がでかねないからです。交渉は難航、長期化しそうで、とても2年で決着するとは思えません。EUとカナダの交渉ですら4年もかかりました。交渉が長引くようだと、イギリスに進出した企業が大陸に拠点を移す動きが加速化するでしょう。一部の日系企業も含めて大手保険会社や銀行の中には移転を真剣に検討しているところもあります。

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(二村)
イギリスのEU離脱交渉以外にもヨーロッパは課題が山積し、厳しい1年になりそうです。3月にオランダで総選挙。4月から5月にかけてフランス大統領選挙、そしてドイツ政府は先ほど9月24日に総選挙を行う方針を固めました。EU創設メンバー6か国の半分の国で重要な選挙が行われるまさに選挙イヤーです。中でも注目はフランスですね。

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(百瀬)
国民戦線という反移民反EU政党が支持を広げています。この政党の大統領が誕生すれば、イギリスのEU脱退に匹敵する衝撃になります。躍進した理由は、今の党首が「極右政党」からの脱皮を図ったことで、創立者だった極右政治家の父親を追放してイメージを一新しました。反移民や反EUの理由として、フランスの理念の擁護を前面に打ち出した戦術も功を奏しています。イスラム教は政教分離や男女平等を認めていないし、EUは官僚が支配する非民主的な組織だと批判し、既成政党の無策ぶりも支持のバネにしています。大きなテロ事件が相次ぎ、景気回復も遅れたことで既成政党に失望した有権者の受け皿になったのです。

(二村)
国民戦線の大統領が誕生する可能性をどうみますか

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(百瀬)
善戦はするが大統領の座にはいま一歩及ばないというのが今の情勢です。選挙は1回目の投票で過半数を制する候補がいないと、上位二人で決選投票となりますが、世論調査をみると一回目で過半数に達する候補はなく、国民戦線のルペン党首と、移民の抑制や公務員削減を公約に掲げた中道右派のフィヨン元首相がトップを争っています。

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仮にルペン対フィヨンで決選投票となった場合、どの調査もフィヨン氏が大差で勝利すると予想しています。フィヨン氏以外の候補が相手でもルペン氏の当選を予測する調査はありません。ただ、世論調査に頼り過ぎると痛い目を見るのは、イギリスの国民投票やアメリカ大統領選挙の教訓です。最後まで情勢を慎重に見極めなければならないと思います。ドイツの情勢はどうなんですか。

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(二村)
メルケル首相率いる与党・キリスト教民主同盟の第一党は揺るがないものの、反移民を掲げる右派政党「ドイツのための選択肢」が連邦レベルで初めて議席を獲得する見通しです。先月のベルリンのテロの後、世論調査の支持率は過去最高の15%をこえ、第3党に躍進する可能性もあります。

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ドイツとフランス、さらに3月に選挙が行われるオランダでも、移民排斥を掲げる自由党が支持率を伸ばし第一党となる可能性もあります。
各国で反EUや反移民を掲げるEUに懐疑的な政党が躍進している原因の1つは、既成政党が国民のニーズに応えられていないからです。冷戦終結後、主要な政党の主張は大きな違いがなくなった上、グローバル化やEUの拡大によって激しい競争が始まり、価値観や暮らし、国家のあり方が大きく変わったにもかかわらず、政治が変化に追いついていけず、民意をくみ上げることができなかったことが政治不信を招いたといえます。

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(百瀬)
私はポピュリズム政党の主張が、一見すると民主主義の擁護を巧妙に装っている点が厄介だと思います。オランダやフランスの政党は、ヨーロッパの人権尊重やデモクラシーを守るために、反移民、反EU、反エリートを訴えています。その意味では、ヨーロッパ的価値自体がこうした政治勢力を生みだしたともいえるのではないでしょうか。だからこそ、有権者から幅広い支持を得ているのだと思います。

(二村)
最後にヨーロッパはどこへ向かうのでしょうか。統合を深化させるのか、それとも崩壊への道を歩むのか岐路にあるEUにとって、イギリスとの離脱交渉の一方で、トランプ政権とどうわたりあうかが当面の焦点です。

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とりわけEUをけん引するドイツとアメリカの関係が注目されます。トランプ氏は「ドイツに支配されたEUからイギリスが離脱するのは賢明だ」と述べ、「他の国々もEUから離脱するだろう」と、およそ同盟国の元首になる人物らしからぬ刺激的な言葉を発しています。メルケル首相とトランプ氏は価値観も異なり、そりが合わないようですが、関係の悪化は地域の安全保障にも支障をきたしかねないだけに、ヨーロッパの一員として各国をいかにまとめトランプ氏と折り合いをつけるか首相の責任は重大です。

(百瀬)
それにはヨーロッパの結束、特に独仏の協調が必要です。しかし、フランスの有力大統領候補は、例えば対ロ制裁解除に前向きでドイツとフランスが対立する可能性もあります。独仏が共同歩調をとることができるか注目点です。

(二村)
欧米主導の世界秩序が揺らぐ中で、ヨーロッパの混乱は国際社会の安定を脅かしかねません。戦後ヨーロッパが享受してきた自由と民主主義、そして寛容で開かれた社会を守るために、政治の役割がこれまで以上に重要になっていると思います。

( 二村 伸  解説委員 / 百瀬 好道  解説委員)

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