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「駅ホームの安全性向上に何が必要か」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

目の不自由な人が、安心して利用できるようにするには何が必要でしょうか。
2016年、東京で視覚障害者が駅のホームから転落して死亡した事故をきっかけに、鉄道各社はホームの安全対策を加速させることにしています。

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今回は、
▽鉄道事業者が、これからどのような対策を進めようとしているのか、
▽対策に、どのような課題があるのか、
▽視覚障害者が駅のホームを利用する際の安全性向上を図るには、何が必要なのか考えます。

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東京の地下鉄銀座線、青山一丁目駅で、2016年8月、目の不自由な男性がホームから転落して死亡しました。この事故をきっかけに、国土交通省と全国の20あまりの鉄道事業者などが検討会を作って協議し、安全対策をまとめました。

この中では、ハードとソフト両面の対策が示されています。

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ハード対策としては、1日の利用客が10万人以上の駅については、
▽原則、平成32年度までに、ホームドアを設置するとしています。
10万人以上の駅は全国に260ありますが、視覚障害者の転落や接触事故のおよそ3分の1を占めているため、対策を重点的に進めます。
ただ、車両によって扉の位置が異なるなど従来のホームドアで対応できない場合は、
▽新しいタイプのホームドアの設置を検討するか、
▽駅員による誘導などのソフト面の対策を重点的に実施することで転落を防ぐとしています。

10万人未満の駅についても、
▽必要性が高い駅には、ホームドアの設置を進めるなどとしています。

ソフト対策としては、
▽目の不自由な利用者に、声をかけて誘導案内をする、
▽利用者が案内を希望しない場合も、乗車まで見守る、
などといったことが盛り込まれています。

これをどうみるか。
実は2013年に、東京のJR目白駅で視覚障害者が転落し死亡した事故のときも、同じように安全対策がまとめられました。

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それと比べると、
▽あいまいだったホームドアの設置期限を明確にしたこと、
▽転落の直前まで危険に気づかないケースがあることを考え、案内を希望しなくても乗車まで見守るとしたこと、
などは評価できると思います。

しかし一方で、ホームドア設置は、ある程度以上は進まないのではないかという懸念もあります。

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全国に260ある1日の利用客10万人以上の駅のうち、ホームドアがすべてのホームに設置されているのは40駅、一部のホームに設置されているのが42駅です。
これらを含めても、ホームドアが設置できることが概ね確認できているのは、半分程度にとどまるというのが現状です。

何が課題なのでしょうか。

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▽扉の数が異なる車両が止まる場合や、
▽1両の長さが異なる車両が乗り入れている場合は、
扉の位置が合わず、通常のホームドアは設置できません。
こうした状況に対応する新型のホームドアの開発が進められていますが、特に、
▽扉の数や位置が変則的な特急が止まるホーム、
▽関西で多い、長さが異なる車両を持つ大手私鉄同士が相互乗り入れしているケース
などは、対応できるホームドアがないのが現状です。
異なる会社同士を含め、車両の長さや扉の位置を統一し、そうした車両への更新を急ぐ必要があります。

仮にホームドアの普及が進んだとしても、すべての駅に設置されるわけでは、ありません。
そうなるとカギになるのは、ソフト対策です。
誘導案内は、これまでも行われてきましたが、必要に応じて実施するなど運用があいまいなケースがありました。国土交通省は、これを徹底したいとしています。

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視覚障害者が駅を利用する際は、例外なく駅員が誘導案内、あるいは見守るようにすれば、かなりの転落は防ぐことができます。
以前に比べてホームに立つ駅員が少なくなっている中、これを実現できるか。鉄道会社の取り組み方次第だと思います。

そうなると、安全対策の効果はどうなのか。
鉄道各社と検討を重ねてきた国土交通省の幹部からは、「鉄道会社側の意識は高い」と期待する声が聞かれます。
確かに、そうなのかもしれませんが、一方で、鉄道会社側のこれまでの姿勢をみると、どこまで本気か、まだ評価できないと思います。

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たとえば、2013年前に対策をまとめた際、各鉄道事業者は「転落防止策の計画を公表すること」としていました。しかし、6年たった現在、将来的に対策をどのように進めるのか具体的に示しているのは、一部に限られているのが現状です。

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また、ホームドアの設置が進んでいない鉄道会社を取材した際、その中には「ホームの内側を示す線の入った『内方線付きの点字ブロック』を設置してあるので対策は行っている」という受け止めをしている担当者がいました。
過去の事故では、点字ブロックがあっても、それに気づかなかったり、視覚障害者が自分の位置や方向を勘違いしたりして、ホームから落ちているのです。
点字ブロックでは、防ぐことは難しいということをどう考えているのか、首をかしげたくなる回答でした。

対策を実効性のあるものにするためには、視覚障害者の安全対策に対する向き合い方を、少なからず改める必要があります。

鉄道における視覚障害者の安全対策、それは長い歴史を背負っています。

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44年前の昭和48年、当時の国鉄の山手線、高田馬場駅で視覚障害者がホームから転落して死亡しました。駅のホームに点字ブロックの設置が進むきっかけになった事故です。
この事故は裁判になり、国鉄は「視覚障害者の安全対策に努力する」ということで、和解が成立しました。これは国鉄だけでなく、すべての鉄道事業者が受け止めなければなりません。
しかし、その後も転落事故はなくなっていません。
平成21年からの8年間、国土交通省に報告があっただけで視覚障害者の転落件数がこの棒グラフです。このうち死亡した人は、合わせて8人になります。
転落防止対策は、長い間、重い宿題として残されてきているものなのです。

この間、目の不自由な人は、どのようにしてきたのか。
視覚障害者の人たちの集まりで聞いた話が、一つ印象に残っています。

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その男性は、都内にある改札からまっすぐ進むと線路につきあたる駅について、「利用するのが非常に怖い」と話していました。私も知っている駅でしたので、「確かに、ホームの端の点字ブロックに気づかなかったら転落してしまうので怖いだろうな」と思いました。
しかし、男性が怖いと言ったのは、自分が転落するからではありませんでした。

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「もしかするとホームで電車を待っている人を、自分が後ろから突き落としてしまうかもしれないから怖いのだ」ということだったのです。
宿題に答えを出さない間、視覚障害者には自分の身の危険だけでなく、周囲の人の危険にまで思いを致さなければならないという状況を強いてきたのです。
そのことを鉄道事業者も私たちも、もう一度、胸に刻む必要があると思います。

今回まとめた対策。
鉄道事業者は、今度こそ目の不自由な人たちが安心できる駅ホームの実現につなげなければなりません。
私たちも、目の不自由な人が駅員と一緒ではなく、1人でホームを歩いているようなことがあれば、声をかけることはもちろんですが、同時に鉄道事業者が対策を着実に進めているのかどうか、厳しく見ていかなければなりません。

(中村 幸司 解説委員)

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