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「奄美・沖縄 世界自然遺産への課題」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

 政府は今月、鹿児島県と沖縄県の島々を世界自然遺産の候補地としてユネスコに推薦する準備を進めています。その課題と展望をこちらの3つのポイントから考えていきます。

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 まず、世界自然遺産への長い道のり。この地域は世界でも希な生き物の宝庫として高く評価されながら、推薦は大きく遅れてきました。それは一体なぜだったのか?突きつけられた課題と、その対策を考えます。そして、観光と保全をどう両立させていくのか?将来に向けたビジョンを探ります。

 「世界遺産」とは、人類が保護して行くべき普遍的な価値を持つものとして、各国からの推薦をユネスコの委員会が審議して登録されるものです。

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 日本には既に20もの世界遺産がありますが、その多くは「文化遺産」としての登録で、「自然遺産」は、屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島の4か所です。そこに、5つめの候補として早ければ来年にも登録が期待されているのが、こちらの地域です。

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 鹿児島県の奄美大島と徳之島、沖縄県の本島北部、いわゆるやんばる地域と、西表島です。沖縄本島北部では、先月返還されたアメリカ軍の北部訓練場跡地も今後、追加が検討されます。
 4つの島、12の市町村にまたがるこれらの地域は、イリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナ、アマミノクロウサギなど世界でここだけにしかいない動植物の宝庫です。それは、これらの島々が数百万年も前に大陸と離れ、海に隔てられて肉食動物がほとんどいない環境で独自の生物進化を遂げた歴史を持つためです。
 こうしたことから、世界自然遺産として守っていく価値のある地域と考えられますが、推薦が固まるまでには紆余曲折がありました。2003年には、知床、小笠原諸島と並んで国内候補に選ばれましたが、知床が2005年、小笠原も2011年に世界遺産になったのに対して、大きく遅れたのです。なぜだったのでしょう?

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 指摘された課題は、貴重な自然環境を保全するための、制度や対策が不十分だというものでした。そもそも、この地域は「琉球諸島」とか「奄美・琉球」といった大まかな呼び名でくくられ、具体的にどこを世界遺産に推薦するのか?という基本的なことさえ曖昧でした。通常、世界自然遺産は国立公園などに指定して、国が保全することを制度上もはっきり示しますが、それも行われていませんでした。これらの地域では希少動物の生息地が人の生活圏と重なっている場所もあり、保全のため利用を制限する線引きは容易ではありませんでした。これに対し、ユネスコからは具体的な候補地を示すように求められて来ました。

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 もう一つの課題は、生態系や希少種を守るための具体的な施策、特に外来種対策でした。よく知られているのはマングースです。かつてハブ対策として持ち込まれたマングースは、2000年代初頭には奄美大島で1万頭、沖縄本島全体では3万頭もいると推定され、アマミノクロウサギやヤンバルクイナを襲うことが問題になりました。罠や猟犬を使った駆除が続けられ、ようやく奄美大島や沖縄本島の北部地域からは完全排除に向かいつつあります。しかし、外来種問題はこれだけではありません。

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 こちらは、鹿児島県が去年まとめた「外来種番付」。生態系にどれだけ脅威かをランク付けしたものです。奄美などの島嶼部でマングース以上の脅威だと「横綱」に挙げられたのはノネコ、つまり野生化した猫なのです。

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 こちらは猫がアマミノクロウサギを捕食している様子を捉えた写真です。専門家が奄美大島の希少種生息地で野生化した猫が何を食べているのかフンを分析したところ、アマミノクロウサギを含む希少ほ乳類が6割以上も占めていました。
徳之島ではこのまま放置すると数年でクロウサギが絶滅する恐れがあるという専門家の試算もありました。また、西表島では、猫からイリオモテヤマネコに伝染病が広がることも懸念されています。

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 こうした中、徳之島では国と自治体、民間団体が協力して、3千匹とも推計されるノネコ・野良猫を全て罠で捕獲し不妊手術をしようという対策がおととし本格的に始まりました。これによって、アマミノクロウサギが一旦姿を消していたエリアにも戻り始めています。
 ただし、罠にかからない猫もいて、そこからまた繁殖するため、対策は今後もずっと続ける必要があります。さらに、徳之島より広く猫の数も多い奄美大島や沖縄本島では、こうした対策で解決できるのかもはっきりしません。
 ひとつ確実なことは、こうした猫問題は、人が飼い猫を捨てたり不妊手術をせず放し飼いにした結果起きた、人間側の問題だということです。肉食獣がいない環境だったからこそ育まれた希少動物を守っていくためには、猫を捨てないことは勿論、手術していない猫は室内で飼うことを義務づけるような条例の強化なども必要になります。

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 このように外来種対策はまだ長い道のりですが、取り組みは始まりました。また、保全すべき地域を明確にする国立公園化も進みました。去年、国は西表島と沖縄本島北部で相次いで国立公園の指定を行い、年末には奄美群島の国立公園化もまとまりました。そして、12月27日、12の市町村のトップが集まり、どのように自然環境を保全していくかの包括的な管理計画がようやく出来上がったのです。これはユネスコへの推薦に不可欠なものです。今月中に、閣議了解を得て、推薦が行われる見込みです。そして、最も順調にいけば来年の夏頃、日本で5番目の世界自然遺産が誕生することになります。
 しかし、それでめでたし、とは行きません。

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 むしろ重要なのはその後です。世界遺産になることで、地元では観光客が1.5倍に増えるという想定もあり、それに伴う産業や雇用への好影響に期待を寄せています。しかし一方で、世界遺産登録後に貴重な自然が損なわれてしまったケースも国内外で見られます。とりわけ、奄美・沖縄地域は海外からもアクセスが良い上、観光客がレンタカーで簡単に入れるような所にも希少生物の生息地があります。現在も希少動物が自動車にひかれて死ぬ事故がたびたび起き、他にも昆虫などの密猟、ゴミのポイ捨てやし尿による生息環境の破壊など、悪化が懸念される問題が山積しています。
 特に重要な地域には、認可を受けたガイドが同行するエコツアー以外は入れないよう林道にゲートを設けて管理するといった、実効性のあるルール作りを急ぐ必要があるでしょう。それが、地元や観光業界にとっても、大事な観光資源を守ることにつながります。
 人類の財産として保全するための世界遺産登録が、自然を損なう引き金になっては本末転倒です。
数百万年かけて育まれたかけがえのない生態系を次世代に受け継ぐことができてこそ、「世界遺産」なのだと、地元は勿論、そこを訪れる私たち外部の人間も改めて意識する必要があると思います。

(土屋 敏之 解説委員)

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