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「"トランプのアメリカ"と"プーチンのロシア"」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員
石川 一洋  解説委員

今月20日、ドナルド・トランプ氏が、いよいよアメリカ大統領に就任します。かつてない先行きの不透明さが世界を覆うなかで、ほぼ確実に変化が予想されているのが、ロシアとの関係です。今後の米ロ関係の見通しをロシア担当の石川委員とアメリカ担当の髙橋委員が分析しました。

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(髙橋)
まず、ロシアとの関係改善に意欲を見せるトランプ政権の誕生を、ロシア政府は、どのように捉えているのでしょう?

(石川)
ひと言で言いますと、プーチン大統領は、トランプ政権と“取り引きが出来る関係”になりたいと考えています。トランプ氏が“アメリカファースト”、アメリカの国益第一という路線をとるのであれば、ロシアの国益を第一とするプーチン大統領としても、相互の国益の折り合いをつける余地は十分にあるとみているのです。
 
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ポイントは3つ。▼関係改善に意欲を示す双方には、それぞれどんな思惑があるのでしょうか?▼具体的にどの分野で、双方の利害は一致し得るのでしょうか?▼米ロの取引が成立した場合、どのような影響が予想されるのでしょうか?
 
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(髙橋)
トランプ氏とプーチン氏。ふたりのいわば“相思相愛の関係”が波紋を広げています。
アメリカ大統領選挙で民主党陣営のサーバーが何者かによってハッキングされた問題をめぐり、オバマ大統領は、ロシア政府による組織的な関与があったと断定し、ロシアの外交官35人に国外退去を命じ、ロシア軍の諜報機関のトップらに新たな制裁を発動しました。
ところがプーチン大統領は、何の対抗措置も取りません。トランプ次期大統領も、オバマ政権は過剰反応だと公然と批判。抑制的な対応をみせたロシアの判断を「素晴らしい」と称賛し、「プーチンは賢い!」とツイッターでつぶやいてみせたのです。

(石川)
去る者は相手にせず。オバマ政権のもとで、なぜロシアがアメリカにとっての“脅威ナンバーワン”とまで言われるのかが理解できない。アメリカに挑戦しているのは、明らかに中国であってロシアではない。プーチン大統領は、何にでもパラノイアのようにロシアの影を探すのではなく、トランプ氏がロシアの正当な国益を配慮してくれるならば、関係は改善できるというメッセージを伝えたかったのでしょう。

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(髙橋)
確かに、オバマ政権のこの8年間、米ロ関係は、東西冷戦の時代に匹敵すると言われるレベルまで冷え込みました。
このグラフは、そうした関係の悪化が、アメリカ国民のロシアに対する好感度の低下というかたちで、どれだけ跳ね返ってきたのかを示したものです。
オバマ政権の発足当初こそ、対ロシア関係の“リセット”を掲げ、核兵器の新たな削減条約も締結したものの、ロシアでプーチン氏が大統領職に復帰し、シリア内戦をめぐる対立が深まったあたりから、関係は急速に悪化。ウクライナ危機でロシアがクリミア併合を強行するに至って、対話の機運は消え失せました。
そこに登場したのが、オバマ外交をことごとく批判するトランプ氏。トランプ次期大統領にとって、ロシアとの関係改善こそは、オバマ外交との違いを最も強く国民に印象づけられる格好の材料でもあったのです。

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(石川)
プーチン大統領も、反欧米の姿勢を少しずつ弱めています。ウクライナ危機後の反欧米、愛国主義を強調した姿勢から、「新たな成長」を来年3月の大統領選挙のスローガンにしようとしています。そのため若手の登用や投資環境の改善などに取り組む姿勢を示しています。アメリカとの緊張緩和、トランプ政権との建設的な関係構築は、願ったりかなったりと言うところなのです。プーチン大統領は、シリアからの軍の一部撤退を始めました。すでにトランプ政権を睨んだ動きは始まっています。

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(髙橋)
では、双方の思惑が一致したことで、米ロの利害は、どの分野で調整が可能でしょうか?早くも変化の兆しが表れてきたのが、シリア内戦です。
シリアのアサド政権は、ロシアから支援を受けて、北部の主要都市アレッポを制圧。トルコの働きかけもあって先月末、シリア全土で停戦が発効しました。こうしたロシア主導の停戦合意に、アメリカは参加していません。しかし、トランプ次期大統領は、異を唱えないばかりか、過激派組織のIS=イスラミック・ステートに対する軍事作戦で、ロシアと共同戦線を張ることにも前向きです。シリアの内戦が、トランプ政権の誕生によって、これまでとは全く違うフェーズに入ろうとしていることは確かでしょう。

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(石川)
ロシアが注目しているトランプ政権の“キーマン”は、次期国務長官に起用されたエクソンモービルのCEO、レックス・ティラーソン氏です。プーチン大統領の最側近でロシア最大のエネルギー企業ロスネフチのトップ、イーゴリ・セーチン氏と太いパイプがあります。
去年6月の“サンクトペテルブルク経済フォーラム”に合わせて、ロスネフチが開いたレセプションでも、セーチン氏の主客はティラーソン氏でした。12月に来日したセーチン氏と私は1時間ほど話をしましたが、「ティラーソン氏は、信義を守り、決断力のある、取り引きできる人物」と評価していました。
一方、ティラーソン氏も、対ロシア経済制裁を批判する立場を隠しませんでした。
ただ、エクソンモービルは、ロシアや中東など全世界に展開し、その情報収集力は凄まじいものがあり、エネルギー権益を獲得してきました。ティラーソン氏は、まさに鍛えられた情報力を武器にした“タフなネゴシエーター”とロシアでは看做され、それ故に尊敬もされています。彼がどのような外交を展開するのか、米ロが対立と妥協を繰り返しながら、政治と経済をパッケージで考える“実利的な大きな取引”が動き出すかも知れません。

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(髙橋)
そうしたスーパーメジャーのトップを国務長官に配した驚きの人事には、エネルギー開発の規制緩和というトランプ氏がめざす政策転換も、色濃く反映しています。
現に、ほかの閣僚ポストでも、石油・天然ガス開発の規制権限を握るエネルギー長官や、環境保護庁長官、国有地の資源管理を担う内務長官に、いずれも規制緩和に前向きな共和党保守派の人材を起用したのです。
トランプ政権のもとでアメリカは、内外で石油・天然ガスの増産や輸出に力を入れ、資源外交でもロシアと手を結ぶことは厭わない。そうした場面が今後は増えてくるかも知れません。
ただ、NATOの同盟国との関係やミサイル防衛など、安全保障の分野では、アメリカ議会の主導権を握る共和党議員の多くは、ロシアとの取り引きには懐疑的です。このため、仮にトランプ次期大統領が、ロシアに対する制裁の早期解除に踏み切ろうとしても、議会からすんなりと協力が得られるとは限りません。

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(石川)
確かに米ロの取り引きは、恐ろしい側面もあります。ロスネフチとエクソンモービルが、ウクライナ危機前に結んでいた戦略的提携とは、北極海からメキシコ湾に至るまで、全世界で提携しようというものでした。これが実現していたら、エネルギー輸入国である日本は、弱い立場に立たされたかもしれません。もし米ロが政治の分野でも、そうした実利に基づいた提携、あからさまに言えば“野合”を強めれば、日本の利益が無視されてしまう恐ろしさもあります。
米ロが厳しく対立する現状も困りますが、率直に申せば、あまり仲良くなっても気持ちが悪いというのが、ほかの国々の心情でしょう。
ただ、思い起こせば2001年、当時のブッシュ大統領は、プーチン大統領とスロベニアで初めて会談し、「プーチン氏は信頼に値する」と評価しました。しかし、政権2期目には、ロシアとの厳しい対立に直面しました。プーチン・トランプ関係がどの程度まで踏み込んだものになるのか、日本もアンテナを張り、注視しなければなりません。

(髙橋)
当面は、トランプ政権の発足後、初めてとなる米ロ首脳会談が、いつ、どこで行われるのかが焦点です。会談の橋渡しの舞台には、EUやNATOの一員である一方、ロシアとも良好な関係を保ち、トランプ次期大統領にとっては、メラニア夫人の出身国でもあるスロベニアが、再び取り沙汰されています。トランプ氏もプーチン氏も、ともに前例や従来の常識にはとらわれない特徴を持つだけに、両首脳による初の直接会談は、早ければ今年春にも実現するのではないかという観測も流れ始めています。
果たして米ロ関係は、どこまで劇的に変化するのか、世界は目を離せそうにありません。

(石川 一洋 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員)

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