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「国連次期事務総長 グテーレス氏が挑む課題」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員

来年1月1日に就任する国連の次の事務総長に、ポルトガル出身で、長年にわたり難民問題に力を尽くしてきたアントニオ・グテーレス氏が選ばれました。
国連という巨大な組織が“新しい顔”のもとで、どのような課題に迫られているのかを考えます。

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ポイントは3つあります。

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①グテーレス氏とはどのような人物なのでしょうか?
②なぜ国連事務総長に選ばれたのでしょうか?
③どのような課題に挑もうとしているのでしょうか?

国連安全保障理事会は、先週、パン・ギムン事務総長の後任となる第9代事務総長として、グテーレス氏を任命するよう勧告する決議を採択しました。これを受けて、いまニューヨークで開かれている国連総会は、先ほど、次の事務総長にグテーレス氏を全会一致で正式に選出しました。

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アントニオ・グテーレス氏は、ポルトガルの首都リスボン生まれの67歳。
母国語のポルトガル語に加えて、英語、フランス語、スペイン語に堪能です。
コミュニケーション能力には定評があります。

政治家として、かつて7年にわたりポルトガルの社会党政権を率いました。
国連事務総長に一国の首相経験者が就任するのは、グテーレス氏が初めてとなります。

去年暮れに退任するまで10年にわたり国連難民高等弁務官を務め、とりわけシリアをはじめ中東・アフリカ地域で深刻化している難民問題への対応にあたりました。
その間、“実務本位”をモットーに、ジュネーブの本部職員をほぼ半減する代わりに、現場の最前線に投入する人員を増やし、みずからも経費削減のため飛行機のエコノミークラスで、世界の紛争地を飛びまわりました。
しばしば日本も訪れ、政府や企業を精力的にまわって難民支援を呼びかけてきました。
みずからの行動で範を垂れ、組織の先頭に立って引っ張っていくタイプです。

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今回の事務総長選びには、従来になかった試みが導入されました。
立候補者を公募して、初めての公開ヒアリングも開かれました。
事実上の決定権を握る5つの安保理常任理事国が、“密室”の駆け引きで選んできたこれまでの慣行を、少しでも公開型へと近づけようというのです。その過程で、早い段階から有力候補のひとりとして頭角を現してきたのがグテーレス氏でした。

ただ、次の事務総長の選出にあたっては、鍵を握る“3つの条件”が有利と目されました。

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ひとつは“東ヨーロッパ”の出身者。
国連事務総長は、特定の国や地域に権力が集中しないよう大国からは選ばず、1期5年の任期を最長でも2期で退き、地域を順番にまわすのが慣例です。東ヨーロッパは、まだ事務総長が1人も選ばれていないため、今回はきわめて有利なはずでした。

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もうひとつは“女性”。
歴代8人の事務総長は、すべて男性でした。「今こそ初の女性事務総長を誕生させよう」そうした機運が加盟国の間に、かつてなく高まっていました。

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3つ目が“国連機関での行政経験”。
国連は4万人を超える職員と、PKO=平和維持活動も含めると単年度で100億ドルもの予算規模を持つ巨大な官僚機構です。そのトップには、国際法の知識や外交の手腕にとどまらず、高度な行政能力が必要です。
近年は、肥大化した組織を効率化するよう求める声も高まり、国連機関で実際に組織を運営した実績が、重視されたのです。

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では、行政経験が豊かで経歴も申し分ないものの、なぜ東ヨーロッパ出身でも女性でもないグテーレス氏が選ばれたのでしょうか?
そこには、かつての東西冷戦の時代に匹敵すると言われるほど関係が冷え込み、いまの安保理でも対立の場面が目立つアメリカとロシア。この米ロ双方にとって、受け入れ可能な有力候補が、グテーレス氏以外にいなかったという事情がありました。

実際ロシアは、東ヨーロッパの出身者が望ましいと公言していたため、当初は東欧ブルガリア出身の女性候補、ユネスコ=国連教育科学文化機関のボコバ事務局長が有力視されました。しかし、「ボコバ氏はロシアに近すぎる」という理由で欧米各国が難色を示したため、母国ブルガリア政府がボコバ氏の推薦を取り下げ、途中で別の候補に推薦を差し替えるという波乱がありました。

しかも、いま国連が直面している喫緊の課題は、シリアの内戦による人道危機と、難民の大量流出への対応です。紛争や迫害によって住む家を追われた難民や国内避難民は、去年末の時点で過去最悪の6530万人。そうした難民の受け入れは、ヨーロッパで最大の政治問題にもなっています。こうした現状に“即戦力”として取り組める人物は、やはりグテーレス氏を置いて他にいない。地域や性別のバランスを犠牲にしても、現実への対応にもっとも有能な人物を選ぼうという判断で各国がまとまったかたちです。

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現に、候補者を絞り込むため、安保理で従来通り非公開で行われた予備投票では、終始グテーレス氏がもっとも多くの国々から支持を集めました。
グテーレス氏の選出を決定づけた6回目の投票では、拒否権を持つ5つの常任理事国の意向がわかるように、色違いの投票用紙が使われました。
その結果、安保理15か国のうち、グテーレス氏を支持したのは常任理事国4か国を含む13票。敢えて反対はしないという“意見なし”が常任理事国1か国を含む2票。反対する国は零票。米ロの対立で難航も予測された事務総長選びは、こうして事前の大方の見方を覆す早さで決着したのです。

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では、国連の“新しい顔”として、グテーレス氏は、どのような課題に挑むのでしょうか?
テロや貧困、地球環境や感染症対策など、国境を超えた取り組みが必要な問題が、ますます大きくなっている今、国連が直面する課題は、もちろん多岐にわたります。

ただ、国連が本来期待された機能を十分に発揮できない最大の要因は、安保理の常任理事国どうしの“せめぎ合い”にあることは共通しています。大量の難民流出をもたらしたシリアの内戦終結に向けて、国連が為すすべもないように見えるのは、米ロの対立が解けないからでもあります。このため、グテーレス次期事務総長が、期待通りの実績を残せるかどうかは、そうした大国との“距離の取り方”にかかってくることになるでしょう。

国連事務総長に期待される役割には、“行政機構のトップ”と“強力なリーダーシップ”という二つの側面があると言われます。2期10年を務めてきたパン・ギムン事務総長が、今ひとつ存在感に乏しく、評価が必ずしも高くなかったのは、常任理事国の顔色をうかがっているばかりで、指導力にも行動力にも欠けていたからだという批判もあります。
それだけに、後任のグテーレス氏は、リーダーシップを発揮して、事務総長の権威を回復しなければなりません。
その一方で、大国どうしの対立を橋渡しすることで、国連に対する不信感をも払しょくすることが求められているのです。

国連事務総長は、おそらく誰がなっても、きわめて困難な仕事です。大国の一致した協力が無ければ何事も成し遂げることは出来ず、大国の意向に振りまわされて手をこまぬいても、やはり何事も成し遂げられないからです。
国連という組織の存在意義をかけて、従来にも増して重い責務を担うグテーレス氏。安保理の非常任理事国として、その選出に直接かかわった日本も、国連を支えていく責任をあらためて問われることになるでしょう。

(髙橋祐介 解説委員)

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