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「オートファジー 大隅良典さんにノーベル医学・生理学賞」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

2016年のノーベル医学・生理学賞を東京工業大学、栄誉教授の大隅良典さんが受賞することが決まりました。
大隅さんは、細胞がいらなくなったタンパク質を分解する、いわば細胞の掃除を行う「オートファジー」という仕組みを解明しました。病気の治療方法の解明にも役立つとして注目されています。
日本人のノーベル賞受賞決定は、2015年の大村智さんと梶田隆章さんに続くものです。
大隅さんの研究の内容と、何が評価されたのか、
大隅さんの受賞決定を通して、科学研究で大切なこととは何なのか、考えます。

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2016年のノーベル医学生理学賞に決まった東京工業大学、栄誉教授の大隅良典さん。

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受賞の理由となったのは、オートファジーの研究です。
オートファジーはAuto=「自分自身」とphagy=「食べる」を組み合わせた言葉で、自分を食べる=「自食作用」とよばれています。

オートファジーは細胞の中で起きている現象です。

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細胞の中には、生命活動で使い終わったタンパク質の“かけら”などがあります。こうした“かけら”があると、膜ができてきます。膜は“かけら”を包みこみます。そして、これを「液胞」が取り込み、この中で分解されます。

このような、仕組みはなんのためにあるのでしょうか。

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ひとつは、栄養が足りない時に、細胞内のたんぱく質を分解して、分解したものを材料にエネルギーを作るということをしていると考えられています。

どういうことなのでしょうか。
栄養が足りない状態にした細胞では、オートファジーが活発に起きています。細胞にエネルギーが供給されないとき、細胞の中のタンパク質のかけらなどをエサのように食べて、それをエネルギーにかえて、いわば「リサイクル」しています。
動物が何日も食べ物がなく、飢餓の状態にあっても生きていられるのは、オートファジーでエネルギーを作っているからと考えられています。
他にも、受精卵は着床するまで、外からのエネルギー供給なしに活動します。着床するまでの間、受精卵内部でオートファジーが働いて、エネルギーにしていると考えられています。
生物、そして細胞が生き抜く上で大切な仕組みであることが分かります。

もうひとつは、細胞の中の浄化、つまり掃除をしてくれるということです。
細胞の中には、古くなったり、悪くなったりしたタンパク質がたまり始めます。オートファジーはそうしたタンパク質を分解・処理してくれます。

これは住宅の部屋の掃除にたとえられます。

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オートファジーは、部屋にたまったごみを掃除して、きれいにしてくれます。オートファジーが機能しないとゴミがたまってしまいます。
オートファジーが働かない場合でも、頻繁に新しい家に建て替えていれば、あまり掃除をしなくても部屋は比較的きれいな状態で、生活できます。
これに対して、長い間、建て替えない家では、掃除をしないとゴミがたまる一方で、住むことができなくなるほど、深刻な状態になります。

細胞も同じで、オートファジーの影響は、寿命の長い細胞ほど大きくなると考えられます。
例えば、腸の細胞は3日~5日で新しい細胞に変わりますから、オートファジーが働かなくても影響は、比較的少なくてすみます。
しかし、寿命の長い細胞、例えば脳の細胞など神経細胞は、ほとんど一生のあいだ変わらないと考えられています。

こうした細胞でオートファジーの働きが十分でないと、細胞の中にゴミ、つまり不要なたんぱく質が大量にたまってしまうことになります。

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アルツハイマー病やパーキンソン病など脳細胞・神経細胞が関わる病気などは、オートファジーがうまく働かなくなっていることと関係していると考えられています。

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こうした細胞でオートファジーを働かせるようにできれば、ゴミが掃除され、病気の治療に結び付く可能性があります。
オートファジーの研究が、病気の原因や治療の解明に期待されているというのは、こういうことです。

大隅さんは、オートファジーについて、お酒やパンづくりに使われる「酵母」を使って研究しました。

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酵母は、単純な細胞で、分裂は2時間、すなわち1世代が2時間と短いことから、世代をまたいだ研究に時間がかからないなど、研究をしやすいものだったといいます。
大隅さんは、1988年に飢餓状態にある酵母を顕微鏡で観察していた時、「液胞」の中で激しく運動している粒をみつけました。実はこれがオートファジーが肉眼で直接、観察された世界初の瞬間でした。そして、1993年に仕組みを制御している遺伝子を発見しました。
さらに、複数の遺伝子がシステムとして働いて、オートファジーという仕組みが備わっていることを突き止めました。

オートファジーは、酵母だけでなく、私たちヒトも含めて動物や植物など細胞に核がある生物が共通して持っている基本的な機能といえ、基礎的な研究なのです。
生命活動に深く関係していると考えられ、病気の治療などにつながると期待されている点が、ノーベル賞につながりました。

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こちらの図は、自然科学系のノーベル賞の日本人の受賞を年代に沿ってまとめたものです。
2000年以降、受賞が相次いでいて、アメリカ国籍の受賞者も含めて、大隅さんが17人目になります。それまでの5人と比較して、受賞が相次いでいることがわかります。
今後も、日本の科学研究がこのように大きな成果を上げていくために、どのようなことが必要なのでしょうか。

2015年、私は東京工業大学の大隅さんの研究室で取材したことがあります。
そのとき、大隅さんは、研究の魅力について「誰もやっていない研究をすることは楽しい」と話してくれました。

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なぜ、オートファジーの研究に行きついたのかということについては、たんぱく質を「合成」する研究が、精力的に行われていたことから、その逆のたんぱく質の「分解」に焦点を当てて研究を進めてみたということでした。
それが、細胞の中のごみを分解するオートファジーにつながったわけです。

ただ、今の大学などの研究環境は、必ずしも大隅さんのような考え方をしている研究者が研究しやすいとは言えないと思います。
研究費を獲得するにも、
▽その研究をすると、どうなるのか、
▽何に役立つのか
を示すことが求められることが多いと感じるからです。
短期的な研究成果を導き出すことが、かつてないほどに求められるようになっていると思います。

大隅さんは、「基礎的研究は、それを進めると何が解明できるかもわからないもので、リスクのあるものだ」と話していたのが印象的でした。
研究に失敗はつきもので、それ抜きに大きな成功はあり得ないということだと思います。

受賞決定後の記者会見で、大隅さんは「チャレンジすることが科学の精神であり、基礎科学を見守ってくれる社会になってくれることを期待したいです」と述べています。
いまの日本は基礎的な研究をどれだけ重要視しているのか。
そうした研究が生まれる環境がどれだけできているのか。

3年連続のノーベル賞受賞に、日本や日本の科学界はわいていますが、オートファジーの研究業績に注目するとともに、将来の科学研究の発展のために何が必要なのかという大隅さんのメッセージも重く受け止める必要があると思います。

(中村 幸司 解説委員)
           

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